モテ期到来かも
「僕が望むのは水流の壁、僕が命じる魔剣ウンディーネッ、水を湧き出せ! ウォーターフォール!」
一郎は、下段に構えた魔剣ウンディーネの刃を上に向けて斬り上げたが、何も起こらなかった。
「一郎くん、ちょっと違うぞ。ウォーターフォールは、水流を叩きつける魔法で、今教えているのはウォーターウォールだ」
トウヤは、休暇中の一郎を訪ねて、魔剣ウンディーネの使い方を指導している。
一郎は先程まで、トウヤの構えた剣を水流で叩き落とすウォーターフォールを習っていたので、言い間違えてしまった。
「水系統の呪文は、ややこしくないですか? 上段のウォーターフォール、下段のウォーターウォール、それに中段がウォーターボールって、初級攻撃の発動呪文が似ていますよ」
「まあ呪文は本来、人が魔力を消費して魔法を発動するキーワードだから、魔導書さえ理解していれば、自分なりにアレンジしても使える。でも魔剣ウンディーネの場合は、魔剣に蓄積された魔力で魔法を発動するので、正確に唱えないと不発になるのだ」
「トウヤさんの聖剣グランドシェイカーは、中二臭い呪文で発動していますが、そういう理屈だったのか」
「俺だけじゃなくて、魔力がある人間は、自分がイメージしやすい呪文にアレンジしているし、俺のように全属性の魔力が使える術者になると、魔導書を熟読して混合魔法や新魔法を作ることもできる」
「混合魔法?」
トウヤは『例えば』と、一郎に手を煽って遠退ける。
「我が欲するは希望を奪う漆黒にして疾風の刃、我が命じる聖剣グランドシェイカーッ、闇に舞い踊れ! 堕天使の晩餐!」
トウヤが聖剣グランドシェイカーを斬り上げると、遠く離れたところに黒い竜巻が発生する。
「一郎くんッ、これが風と闇属性の混合魔法『堕天使の晩餐』だ! 風属性の竜巻が周囲の敵を斬り裂きッ、そして闇属性の作り出す暗黒空間に吸収されるのだ!」
「なんて中二臭い攻撃だ」
「わっはははは、俺は最強だ!」
トウヤが拳を握ると、黒い竜巻が消えた。
「勇者の俺は、炎、風、土、水の四大元素、光と闇の全属性魔法が使えるんだが、得意なのは炎と風、そして闇なんだ。混合魔法の場合、炎と風のように隣合う元素では作れないのだが、光と闇は、他の四大元素との混合魔法が作れる。俺は、闇属性を極めてやるぜ」
「闇属性が得意なのは、トウヤさんらしいのですが、一応勇者なんだし、光属性を極めた方が良い気がします」
「なぜだ? 闇属性の魔法はかっこいい」
「でもトウヤさんは、悪魔と戦うんだから、光属性との混合魔法を作った方が良くありませんか?」
「クソッ、言われてみればその通り! 悪魔には、光属性の魔法が有効な気がするぜ! しかし闇属性の魔法の方が、俺には向いている気がする!」
一郎は、やっぱりトウヤをバカだと思う。
「僕は回復魔法を使ってみたいのですが、魔剣ウンディーネは、攻撃魔法しか発動できないんですかね」
「一郎くんは、どうして回復魔法を使いたいのだ?」
「怪我とか自分で治せると、便利じゃないですか」
一郎は超能力を使えば無敵だが、トウヤのように、骨折した指を治すことが出来ない。
彼は魔剣ウンディーネで回復魔法が使えるなら、攻守において完璧だと考えた。
「水系統の治癒効果のある魔法は、ヒーリングウォーターだけど、あれはセルフケア出来ないね。剣を媒体にした魔法は基本、使い手自身に効果を与えない」
「あれ、トウヤさんは聖剣で回復魔法を発動してましたよね?」
「聖剣と呼ばれる魔法剣は、魔力の伝導率が高いので、杖や錫杖の代替えができるんだ。紅い水銀の水溶液があれば、魔法陣から幻獣だって召喚できるぜ……。俺は、一郎くんに回復魔法を見せたかな?」
「アリッサから聞いたんですよ」
「なるほどね。この世界には、ヒールポーションのような回復薬はあるけど、体力と魔力を回復するだけで、怪我を治癒する効果がない」
「そうですか」
では魔剣のような魔力を持った杖が手に入れば、回復魔法を使うことも出来るのか、と一郎は考えた。
しかし魔力を秘めた魔剣ウンディーネは、トウヤがダンジョンで見つけたと言っていたし、冒険者だったアリッサですら、実物の魔剣を見たことがなかったらしい。
一郎は回復魔法が使える魔力を持った杖を買うとしても、かなりの高額だろうと思った。
「トウヤさん、魔力ゼロでも回復魔法を唱えられる杖はないですか?」
「そんな杖があるのか解らんが、ダンジョンで魔力を秘めた杖を見つけたら、一郎くんに持ってきてやるよ」
「ありがとうございます」
「さて俺は、そろそろリャーナと合流して悪魔探しに戻るけど、次回はピクニックに行かないか?」
「ピクニック?」
トウヤは一郎が次の休暇のとき、アリッサとリャーナも連れて、町の外でモンスター討伐しようと誘ってきた。
町の近くには森と湖があるのだが、D等級の雑魚モンスターしかいないので、魔剣ウンディーネを使った腕試しに最適らしい。
「女の子たちと一緒にモンスターと戦うなんて、異世界ものの醍醐味ですね」
「悪魔が土から作ったモンスターからは、アイテムドロップもあるし、俺とリャーナがいれば安心して狩りができる」
「楽しみにしてます」
「あ、でも触手系のモンスターは、ダンジョンにしかいないから、そっち系は期待するなよ」
「残念です」
二つ返事で了承した一郎だったが、トウヤを迎えにきたハーフエルフのリャーナと目が合うと、首を傾げた彼女にも、マジシャンズブラックの正体を知られていたことを思い出した。
「トウヤ様、なぜマジシャンズブラックと談笑しているの? と、リャーナは困惑しています」
「ははは、リャーナはバカだな。一郎くんは、魔力ゼロでカルバン王に城から追放された無能者だぜ」
「でも、そっくり」
「あいつも黒髪で黒い服を着ていたが、もっと金銀ギラギラの悪趣味な服だった。リャーナは、カレーライスとライスカレーの違いが解らないくらいバカだから仕方ないが、俺の弟子を悪魔呼ばわりしないでほしいな」
「確かにカレーライスとライスカレーの違いは、リャーナには解らない」
バカはお前だけどな、と一郎は思ったものの、トウヤがバカのおかげで、リャーナもしぶしぶ彼とマジシャンズブラックが別人だと認めたようだ。
「あ、そう言えば、トウヤさんが気を利かせてくれたおかげで、アリッサがお出かけ前にキスをしてくれるようになりました。その節は、ありがとうございました」
「俺は前回、アリッサに一郎くんのシフト表をもらっただけだぜ。君に、お礼を言われるようなことをした記憶がない」
「うん?」
アリッサは、トウヤに日本の風習を確かめていなかったようだ。
「と言うことは、いってらっしゃいのちゅーは、アリッサの意思だったのか? それってアリッサが僕のことを……。ルイズさんは置いといても、リエリッタさんには結婚を迫られているし、ベラトリアさんにも好かれている気がする。アリッサだって、もしかすると、もしかするんじゃないかな」
一郎は、トウヤとリャーナの後ろ姿を見送りながら、人生初のモテ期到来を予感していた。




