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名探偵イチロー

 一郎は次の依頼者オーバル・クラインを部屋に招くと、リエリッタがバティオの依頼を手配するまで、一人で対応することになった。

 一郎は今日が初出勤であれば、リエリッタが無責任な気もするのだが、クラインの依頼は人探しなので、相手との関係を聞き取りして、犯罪性の有無を見極めるだけの仕事である。


「獣人のミーアスティは、身長150センチほど、茶トラの髪をしたネコ科の少女だ。それに右胸の下にホクロが二つ−−」

「クラインさん、僕は冒険者じゃないので、ミーアスティさんの特徴を教えてくれなくて結構です」


 クラインはソファに深く座り直すと、背もたれに手を掛けて天井を見上げた。


「俺の雇い主は、冒険者ギルドでも人探しが出来ると言うんだが、ギルドに依頼するのは初めてで、勝手がよく解らねえんだ」

「僕が知りたいのは、クラインさんとミーアスティさんの関係なのです」

「ミーアスティとは、恋人だった」

「恋人ですか」

「ミーアスティの肉親でなければ、依頼を受けてもらえないのか」

「そんなことはありませんが、家出人捜索や拉致事件と違って、血縁関係のない方の人探しは、ギルドの判断が慎重なのです」


 人や物探しは、占い師や呪術師に依頼すれば、迅速に見つけられるが、当て物を得意とする彼らには、嘘が通用しなければ、依頼内容により高額な費用を要求される。

 この世界の占い師は、人の心まで見通すので嫌われており、呪術師は、裏社会との繋がりが強く、出来る事なら、お近付きになりたくない存在だった。

 依頼者が人探しを冒険者ギルドに依頼する理由は、専門家に依頼するよりリーズナブルで済むこと、王国公認のギルドなら安全安心なことがある。

 一郎は、これらの事実を知らない。


「人探しは、占い師にお願いすれば良いんじゃないですかね」

「あんた本気で言っているのか?」

「失せ物探し承り〼って、市場に看板が出てますよ」

「占い師は、人の心が読めるんだぞ。そんな気味が悪い奴らには、誰だって会いたくないだろう」

「それが本当なら近寄り難いですね」


 一郎は心を読む占い師が、自分と同じテレパシー使いかもしれないと思った。

 だとするとクラインの言う通り、超能力バレするので近付きたくない。


「クラインさんとミーアスティさんが、出会った経緯を教えてください」

「それを聞いてどうするんだ? 俺の依頼を受ける気がないなら、他を当たるので結構だ」


 クラインが膝に手をついて席を立とうとしたので、一郎は『待ってください』と、腹を立てている彼を引き留めた。


「では単刀直入に質問します。二人が本当に恋人同士なら、どうして人探しが必要なんでしょうか? クラインさんが愛想を尽かされたのであれば、見つけたところで関係を修復できると思えません」


 クラインは、少し困った顔をしている。


「ミーアスティの両親は、多額の借金を抱えていたんだが、俺が肩代りしたことに、気を病んでいたと思う。ミーアスティは、働いて必ず借金を返済すると言って消えたから、彼女は俺に隠れて働いているんじゃないかな。何も出来ない田舎娘が稼ぐ方法なんて、身体を売るくらいしかねえから、俺は心配なんだよ」


 顎に手を当てた一郎は、クラインの顔を見つめると、封印していたテレパシーを使うことにした。

 彼は友人でもなければ、知人ですらない、単なる依頼者に過ぎないからだ。


「解りました。当ギルドは、ミーアスティさんの捜索クエストを承ります」


 クラインの言葉には嘘がなかったが、真実とも言い切れないニュアンスが含まれていた。


「ありがとう! ミーアスティが見つかったら、すぐに知らせてくれ」

「では書類にサインして、支払い窓口で成功報酬の三割を着手金として納めてください。着手金は返却されないので、ご注意ください」


 クラインは、その場で書類にサインすると、慌てた様子で部屋を出ていった。

 ため息をついた一郎は立上り、部屋に飾られたルイズの肖像画の前に歩くと、モザイクガラスで描かれた絵を眺めている。

 彼はおもむろに人差し指を折り曲げて、モザイクガラスを叩いた。


「ルイズさん、たぶんリエリッタさんも、そこで見ていますよね」

「イチロー、オレたちが見ていると、いつから気付いていた?」

「この肖像画の裏にある部屋はギルド長室だし、簡単な仕事だとしても、教育係のリエリッタさんの監視もないまま、新人の僕に一任するとも思えません」

「イチローは、なかなか鋭いな」


 シャーロック・ホームズばりの推理を披露した一郎は超能力を使って、壁の裏側に立っている二人を感知しただけだが、それっぽいことを言って超能力の存在を伏せている。


「しかしイチローの洞察力が確かなら、なぜクラインの依頼を受けた? 奴はミーアスティの所在を知るために、嘘をついていると、オレは感じたぞ」

「クラインは獣人の少女を両親から金で買受けたのに、まんまと逃げられて、自分のところに連れ戻したいのでしょう」

「そんなところだろうな」

「でも冒険者ギルドは、ミーアスティの意思がなければ、所在が解っても開示しないのに、なんで金を払って捜索クエストを依頼したのか。ルイズさんは、気になりませんか?」


 ルイズは暫くの沈黙の後、面談室にやってきてソファに座った。

 隣りにあるギルド長室から、リエリッタの気配が消えたので、ルイズは一郎と二人きりで話したい様子である。


「考えられるのは二つ、依頼者のクラインが契約書の内容を理解していないか、ミーアスティを利用して、オレの冒険者ギルドに一芝居打つ」

「クラインは、ギルドでの人探しを雇い主に聞いたと言ってました。彼をギルドに差し向けた人物がいるなら、後者の可能性が高いと思います」

「イチローは、そいつが何を企んでいると思う?」

「そこまで解れば、クラインを泳がせません。ここから先は、ルイズさんの領分だと思います」


 一郎は捜索クエストを断れば、クラインの背後にいる人物が解らなくなれば、先手を取ることも出来ないと考えて、何かしらの企みがあると心得た上で、ミーアスティ捜索の依頼を受けた。


「イチローは今日が初仕事だと言うのに、何でも知っている気がしてな。お前は、オレが思っていた以上にデキる男だ」


 一郎が事務所に戻ると、ちょうど退勤を知らせる鐘の音が聴こえた。

 リエリッタとカリアナは残業もせずに、さっさと帰り支度を始めている。

 この世界の住人は、遅刻におおらかだし、残務を気にせず帰宅するようだ。


「イチローさん、迎えにきましたよ」

「アリッサ」

「お仕事お疲れ様でした」


 一郎が階段を下りると、アリッサが一階の酒場まで迎えにきていた。

 アリッサが笑顔で迎えると、一郎は倒れ込むように身体を預けた。


「今日は本当、疲れたんだ」

「イチローさん……、みんなが見ていますよ。恥ずかしいから、離れてください」


 一郎は人生で始めて働いたのだから、なんだかんだ気疲れしていたらしい。

 彼はアリッサに抱きつたまま、寝落ちしていた。


「はッ!?」


 一郎が目を覚ますと、知らない天井である。

 一階の酒場で寝てしまった一郎は、ギルドの宿泊所で寝かされていた。


「やあイチロー、目が覚めたかい」

「あ、ルイズさん……が、なぜ僕と同じ布団に?」

「お前がアリッサに抱きついて寝ていたから、オレが運んでやったんじゃないか?」

「そうでしたか、ありがとうございます」

「反応が薄いなあ」

「この展開には、さすがに慣れました」


 ルイズの胸に顔を埋めた一郎は、二度寝することにした。

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