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有能なクエスト管理者

 昼食を済ませた一郎が二階に戻ると、カリアナが換金にきた冒険者から、カードを受け取っていた。

 カリアナはカードをカウンターの石版に置くと、数字の浮かび上がった水晶に手を翳している。


「リエリッタさん、カリアナ先輩は何をやっているんですか?」

「あれは、クエスト報酬の支払いですね」

「クエスト報酬は現金じゃなくて、カードにチャージするんだ」


 クエスト報酬は以前、革袋にコインを詰めて渡していたが、魔道具『カード』による仮想通貨『マジックキャッシュ』での支払いに切り替えられた。


「本人しか使えないマジックキャッシュに変更してから、物取りの犯行は激減しました。今どき現金は、市場の買い物でも使いませんね」


 一郎は、アリッサのツケがきかないクロコの店での買い物以外に、市場で買い物では、小銭のやり取りをしたことがない。

 彼が、この世界の貨幣価値を捉えがたい理由は、そもそも現金取引が少なく、月末のまとめ払や、仮想通貨支払いが主流だからだった。


「領外では、その領地のレートに合わせて、マジックキャッシュで取引できるし、棒貨やコインしか使えない町もあるけど、両替所に行けば現金を引き出せるわ」

「冒険者や旅人には、便利な機能ですね」

「イチローは、もしかしてカード持ってないの?」

「市場の買い物は、アリッサのツケがきくし、個人の買い物は、城でもらった金貨と銀貨で支払っていました」

「金貨で支払った? 馬車でも買ったの?」


 金貨といえば二頭立ての馬車が買える大金であり、リエリッタは、イチローの使い道に興味津々である。


「いいえ、服をオーダーメイドしました」

「イチローは金持ちか! 金貨で服をオーダーメイドって金持ちか! オシャレさんか! エルフの嫁はいりませんか!」

「いえ、貨幣価値が解らなかったので、てへへ」

「テヘヘじゃないわよ……、それカモられているんじゃない? アリッサさんも、そういうところから教えないなんて、ちょっと抜けたところがあるのよね」


 リエリッタは『これあげる』と、一郎にチャージされていない新品のカードを一枚くれた。


「カードは、やっぱり魔法ですよね。僕でも使えますか?」

「カードみたいな魔道具は、道具そのものに魔力があるから大丈夫よ」

「カードは、魔剣と同じ仕組みなのか……。リエリッタさん、魔道具は高いと聞きましたが」

「うちは、お給料マジックキャッシュ払いだし、何枚も要らないから気にしないで。現金があるなら、あとでチャージしてあげるね」

「リエリッタさん、ありがとうございます。僕、大切に使います」


 上目遣いの一郎は、リエリッタの好意を素直に喜んだ。

 リエリッタは一郎の天真爛漫な笑顔に目を細めると、


「私……、ショタに目覚めそう」

「何か言いました?」

「いいえっ、何も言ってませんよ! イチローは十六歳だから、ショタって歳でもないですしぃ〜」

「僕は早生まれなんで、じつは誕生日がくるまで十五歳なんですよ」

「おう……、なんて尊い」


 頭の上で手を煽ったリエリッタは、妄想で美化された一郎の姿を掻き消した。

 冒険者にクエスト報酬の支払いをしていたカリアナは、休憩時間を過ぎても遊んでいる二人を睨み付ける。


「さて雑談はこれくらいにして、私たちも仕事に戻らないと、カリアナに怒られちゃうわね」

「はい」

「依頼者と面談が必要な案件は、二件だけだから、まずは私が手本を見せるから、もう一件は、イチローが聞き取りしてね」


 そう言ったリエリッタは、カウンターの前に並んだ椅子に座っていた、依頼者の男性を声をかけて個室に呼んだ。

 依頼者と面談する個室は、応接テーブルと向かい合うソファ、嵌め殺しの窓が一つ、壁にギルド長の肖像画、飾り気のない殺風景な部屋である。

 大きな風呂敷を抱えた男性は、町を出て馬車で一時間ばかりのところにある村の代表者バティオだった。


「バティオさんの依頼内容は、農作物を荒らすモンスター討伐と書かれていますが、モンスターの種類も規模も解らないと、派遣する冒険者とクエスト報酬が設定できないのです」


 リエリッタは余所行きの顔で、依頼者のバティオと向き合っている。

 彼女が面談が必要と判断した依頼書には、モンスターの種類や規模の記載がなかった。

 ただモンスターの種類や規模が不明な場合は、午前中に依頼者を呼んで、討伐ではなく調査クエストに切替えてもらえば済む話であり、一郎も何人かに依頼書の書き直しをお願いしている。


「イチローさんにも説明しましたが、村は今が収穫期なので、調査してから討伐などと、悠長なことを言ってられんのです。クエスト報酬なら、調査費込みで支払っても良いので、すぐに腕利きの冒険者を派遣してくださいませんか」

「そう言われても−−」

「村の者は、正体不明のモンスターに怯えて、畑に出られないのです。早急に排除してもらわないと、せっかく育てた農作物が食い尽くされてしまう」

「規模が解らなければ、それなりの人数を派遣することになりますので、調査費込みだと、かなり高額になります。農作物の被害は税収を左右するので、国王に直訴して助力を願い出ては如何ですか?」

「カルバン国王に直訴したところで、国境付近の村には、兵隊を派遣してくれません。私が頼れるのは、冒険者ギルドのルイズさんだけなのです」


 バティオは涙目で、リエリッタに懇願する。


「当ギルドでは、どんなモンスターか不明のとき、情報収集の斥候、攻撃と回復の魔法使い、アタッカーの剣士、タンカーの戦士、フルパーティを派遣します。それに成功報酬ではなく、払戻しなしの前金で全額支払いです」

「ええ、そのつもりで100万MCHを用意してきました」

「バティオさん、そのご予算だと、やはり成功報酬の調査クエストを依頼してから、討伐クエストを発注された方が良いですね」


 一郎には、100万MCHの価値が解らないので、リエリッタに銀貨で何枚分なのか? と小声で確認した。

 100万MCHは銀貨一枚、金貨は銀貨二十枚分の交換率だと言うので、バティオの提示金額は、一郎がクロコに口止め料と学ラン一着に支払った銀貨三枚(300MCH)の3分の1である。

 とはいえ貨幣価値の解らない一郎には、クロコに渡した銀貨三枚が、そもそも相場だったのか解らない。


「調査クエストなら、10万MCHでも請負います。それにモンスターがC1クラスの小規模なら、50万MCHでも冒険者を派遣して討伐が可能です」

「そうですか……。でも収穫期を逃せば、収穫量が激減してしまう。せっかく皆から金を掻き集めて、町まで来たのに」


 バティオを気の毒に思った一郎は、彼が依頼書と一緒に提出した農作物の被害状況と、村の位置を確認した。


「リエリッタさん、ちょっとだけ席を外しても良いですか」

「ええ、構いませんよ」


 腹を手で押さえた一郎は、トイレに行くふりで面談室を抜け出すと、バティオの村にテレポートする。

 彼はテレキネシスで上空に浮かぶと、周囲を見渡して畑の位置を確認した。

 それと村は貧しいのか、カーネル城下町のような石造りの建物ではなく、木造平屋の掘立小屋が並んでいる。


「とりあえず、どんなモンスターか調べてみるか」


 一郎はモンスターの種類さえ解れば、バティオスの依頼料も安く済ませられるし、ギルドも派遣する冒険者を選定できると考えた。

 村人が近付かない畑には、緑色の体毛に覆われたイノシシのようなモンスター数十匹と、その背後に同系色の肌をした人型モンスター三匹が徘徊している。


「料金表は、机の上にあったよね」


 地上に下りた一郎は、物体を手元に取り寄せるアポートを使って、クエスト依頼料の相場表を呼び出した。

 それから彼はテレパシーを応用した感知能力で、周囲に先程のモンスター以外が潜んでいないのか確かめる。


「モンスターの種類は、グリーンピッグと、それを操るゴブリン系統のモンスター三匹、討伐料は豚一匹5千MCH、ゴブリン一匹3万MCH、ざっと見積もって派遣料込みで30万MCHだな。バティオの依頼は100万MCHで請負っても問題ないわけだが、どうやってリエリッタを納得させるのか……。まさか『見てきました』とは言えないし、どうしたものか」


 冒険者ギルドにテレポートした一郎が、面談室に戻ると、まだバティオスは予算内で冒険者を派遣して討伐してほしいと、リエリッタに泣きついていれば、彼女も首を縦に振らなかった。


「リエリッタさん、バティオさんから前金で全額支払ってもらって、予算内で編成したパーティを、バティオさんの村に派遣しませんか?」


 埒が明かないと思った一郎は、出過ぎた真似と理解しつつ、強引に二人の商談に割って入る。


「それでは、バティオさんが討伐の成否に関わらず、100万MCHを支払うことになりますよ」

「私は構いません。討伐が遅れれば、それ以上の被害額になります。そんなことになれば、クエストの成否に関わらず、貧しい村は全滅なのです」

「僕も被害状況のレポートを確認しましたが、モンスターの討伐が手遅れになれば、被害額が依頼料を上回るでしょう」


 一郎の説得に応じたリエリッタが、バティオにカリアナの窓口で、依頼料を納めるように伝えると、彼は一郎に何度も頭を下げて面談室を出ていった。

 リエリッタは、眉尻を下げて困った顔である。


「クエスト監理の面倒なところは、バティオさんみたいに、無理難題を通そうとする依頼者との交渉なんです」

「でも予算が合わないなら、フリーの冒険者に回せば良いじゃないですか?」

「正体も規模も不明の討伐クエストは、成否に関わらず報酬がでます。失敗しても報酬が出るなら、フリーターが真面目に働くと思いますか? 成否に関わらず報酬を受取るクエストは、ギルドメンバーの仕事になるんですよ」

「掲示板に貼り出すのは、成功報酬だけなんですね」

「今回はイチローの意見も一理あると、聞き入れましたが、ギルドメンバーを送り出すときは、万全の体制を整えないといけないので、私も引けないんです」


 一郎は『100万MCHなら、きっと儲けになりますよ』と、知ったふうな口を聞いた。


「イチロー、バティオさんの村を襲っているのが、オークの大軍だったら儲けになりませんし、死傷者だって出るかも知れないのよ」

「でも被害は農作物だけだし、モンスターが肉食じゃなければ、人家を襲っていません。僕は予算額の半分50万MCHでパーティを編成しても、たぶん討伐できると思います。そうすればギルドの儲けは、大きいですよね?」

「言われてみれば……。イチローは、そんなことまで考えていたの?」


 リエリッタは目を丸くすると、新人の一郎が依頼書だけでなく、提出された被害状況を把握した上で、バティオの依頼を引き受けたことに驚いた。


「ええ、まあ」

「凄いじゃない! イチローは、私なんかよりクエスト管理者に向いてるよ。この調子で、次の依頼者との面談も、ちゃっちゃと終わらせましょう♪」


 実際には、現地を目で確かめてきた一郎が、話の辻褄を合わせただけである。

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