魔剣ウンディーネ
一郎は家から連れ出したトウヤが、真剣な眼差しを向けるので、気不味さで視線を逸す。
「一郎くんは、俺と同類だと直感した」
「直感もなにも、僕らは、この世界に召喚された同じ日本人じゃないですか」
「そうじゃない。君は最初、俺と目を合わせなかったね。こうして呼び出した今も、君は俺に怯えている」
「僕は、トウヤさんを怖いと思いません」
一郎は、バカだと思ってますと、言い返した気持ちを堪えた。
どうやらトウヤは、身バレしたくなかった一郎の態度を誤解している。
「俺の前では、卑屈さを隠す必要はない。俺は異世界転移でチート級の魔力に目覚めたし、サザーランドの国王には、伝説の聖剣グランドシェイカーと、ハーフエルフの美少女従者を与えられた。魔力ゼロで城を追放された一郎くんが、俺にコンプレックスを感じているのは解る」
「自慢かよ」
「人の話は最後まで聞け。君は、こう考えていた。日本で理不尽にイジメられていた高校生が異世界転移したら、チート級の魔力に目覚めて勇者になり、美少女と魔王を倒す冒険に出るはずだった。しかし現実は、異世界転移しても魔力ゼロで城から追放されて、この世界の住人から無能者呼ばわりされる。まあアリッサは美少女だが身持ちが固くて期待外れ、狭い小屋で過ごす毎日にウンザリしている」
「話の前半は、自分のことですよね……って、トウヤさんは、学校でイジメられてたんですか?」
「ああ、俺も日本では、筆舌に尽くしがたいイジメを経験した。だから俺は、君と同類だ」
「僕は、イジメられてませんよ」
一郎は超能力を隠すために、学校や寮で人と関わらないように過ごしていたが、マンガやラノベを回し読みしたり、休日に映画を観に行く友達がいた。
彼の学校にも、不良と呼ばれる生徒がいたし、イジメがなかったわけでもない。
しかし一郎自身も、周囲のイジメ問題も、超能力を上手く使って、こっそり解決してやれた。
「強がらなくても良いんだ。一郎くんは勉強が出来そうにないし、華奢な体付きを見れば体力もなさそうだ。それに異世界に召喚された現実を、平然と受入れているのは、異世界の存在をアニメやラノベで知っていたからだ。つまり君は、いじめられっ子のオタクに間違いないんだ」
「それは、トウヤさんの偏見ですよね」
「俺は一目見たときから、一郎くんを仲間だと感じた」
トウヤは一郎の肩を強く握ると、困惑する彼に微笑んだ。
「一郎くんは、俺の弟子にならないか」
「なぜ僕が、トウヤさんの弟子に?」
「魔力ゼロと言っても、ただの剣技なら覚えられる。俺は暇を見つけて、一郎くんに剣を稽古してやると決めた」
「いや、だからなぜ?」
「君が、俺と同類だからに決まっているだろう。でも正直言うと、この世界の連中には、本当の俺を知られたくないから、弱音を吐けないんだ。その点、一郎くんになら本音で話せる」
トウヤは『弟子が嫌なら友人として』と、一郎に手を伸ばした。
魔力1億7千万以上のトウヤは、弱い自分を隠しており、超能力者の一郎は、強い自分を隠している。
一郎は、トウヤと似た者同士かもしれないと思って、彼の手を握った。
「無能者が勇者と友人なんて、他人が見たら変だし、僕はトウヤさんの弟子で良いです」
「そうか。では一郎くんには、俺の弟子になった特典として、魔剣ウンディーネをあげよう」
トウヤは、腰に差していた日本刀のような剣を鞘ごと抜くと、弟子になった一郎に渡した。
「僕は、剣をもらっても使えません」
「魔剣は、剣そのものに魔力があるんだ。魔剣は使い手の魔力を必要としない半面、使い手の魔力に呼応しないので、俺が持っていても使い道がない。俺の魔力1億7千万より、魔剣ウンディーネの魔力が低いんだ」
「水を司る精霊の名前からすると、水系の魔法が使えるんですか?」
「おおッ、やっぱり解るか! 魔剣ウンディーネは、水系統の中級攻撃まで発動が可能だ。ダンジョンで拾ったんだけど、売払うつもりで持ち歩いていたんだが、売値が高過ぎて買い取れる武器屋がなくてね」
一郎には貨幣価値が解らないものの、武器屋が買取れないほど高価な魔剣なら、物凄く価値のある剣だと解る。
トウヤは、それを知り合ったばかりの一郎に、気前良くくれるのだから、よほど友達がほしいのだろう。
「トウヤさん、ありがとう」
「次に来たときは、そいつの使い方を教えてやろう。とりあえず、アリッサに水系の魔導書を借りて読んでおけよ」
一郎だって魔法には、全く興味がないわけではない。
それに魔剣なるものを手にしていれば、魔剣に託けて超能力を使っても、超能力バレしないで済むのだ。
「では一郎くん、また会おう」
「はい、トウヤさん」
勇者の弟子になった一郎は、マントを翻して立去るトウヤを見ながら、ずいぶんと複雑な関係になったと思った。
一郎が家に戻ると、心配していたアリッサが、手にしている魔剣ウンディーネを見て目を丸くする。
トウヤのくれた魔剣は、中心街に家一軒を買っても、おつりが来るほど高価な品だった。
 




