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初恋は甘酸っぱい(酸っぱい)

 美春の退所処分を知った一郎は、先生を脅迫して処分取消しを迫ろうと考えたものの、そんなことを言い出せば、彼女のストレス実験を阻止した経緯もあり、二人の関係を疑われるだろう。

 先生に美春が一郎の弱みだと思われたら、そこに付け込まれるかもしれない。

 では同期入所の友人として、せめて美春の母親の入院費を継続させようかと、施設の談話室で一郎は悩んでいた。


「私は今週末、一般の養護施設に移ることになったわ」


 一郎と向き合ってテーブルについた美春は、彼が毎日のように飲んでいる缶ジュースを差し出した。


「これは、色々教えてくれたお礼」

「お礼をもらう資格なんてない」

「なんで?」

「僕が余計な真似したから、美春のスコアが下がったのかもしれない」

「そんなことないよ。この世界には、一郎みたいな超能力者がいると解って、私は嬉しかった。ただ私が勝手に、一郎のような超能力者になれないと諦めただけ」

「わかった」


 プルトップを倒した一郎は、微笑んでいる美春を横目に見ながら、缶ジュースを一口飲んだ。

 一郎は美春に超能力をひけらかしたのが、逆効果だったと後悔する。

 一郎は美春が超能力の実在を強く意識すれば、発奮してスコアが改善すると考えて、テレポートやテレキネシスを披露したものの、成績不振の彼女に引導を渡す結果になった。


「お母さんの入院費なんだけど、僕がどうにかする」

「それも気にしないで良いよ」

「だって美春が施設を退所すれば、お母さんの入院費が打ち切られるだろう? 僕なら先生に掛け合って、継続させることができる。なんなら美春の退所処分を取下げ−−」


 美春は『ストップ』と、一郎の唇に人差し指を当てる。


「一般の養護施設に移るのは、私が決めたことだから」

「どうして?」

「私はこの先も、ずっと一郎の友達でいたい。だから一郎とは、貸し借りを作りたくない」

「僕と美春の仲じゃないか? 僕はこんなことくらいで、恩着せがましくしない」

「そうじゃないわ。私は一郎に嫌われたくないから、ここを出ていくの」

「どういう意味?」


 一郎はテレパシーで、向き合っている美春の心を呼んだ。


【お母さんの入院費は、一郎に教えてもらった秘密で、先生を脅迫して継続させたわ。お礼が缶ジュース一本では、一郎に申し訳ない】


 超能力を失った美春は、一郎との約束を破り、入院費の支払いを打切ると言った先生に、彼の超能力を使って殺すと脅迫していた。

 美春は、一郎が考えるより強かな女の子だった。

 しかし一郎だって先生を超能力で脅そうと考えていれば、そもそも先生は、彼が超能力を隠していると知っている。

 美春が相談もなしに、一郎の超能力を盾にしたことは面白くないが、そんなことを負い目に感じて、彼女が去っていくことの方が辛かった。


「お母さんの入院費は、僕も超能力で脅せば継続させられると思うんだ。美春さえ良ければ、今から先生の研究室に−−」


 美春は『先生の言ったとおり』と、ため息交じりに呟いた。


「一郎は、テレパシーで心が読めるんでしょう。だって『僕も超能力で』と、まるで私が一郎の超能力で、先生を脅迫したことを知った口ぶりだったわ」

「ち、違うよっ、僕は『僕の超能力で』と言ったんだ! 僕は、美春の心なんて読まないよ」

「私の心を読めないじゃなくて、読まないなんだね」

「だからなんだよ。もしかして美春は、僕に心を読まれたくないから退所するのか?」


 一郎が美春に手を伸ばすと、


【怖いから触らないで!】

「美春は、僕が怖くないと言ったのは嘘か?」

「どうせ隠しても無駄だから、はっきり言うわ。私は一郎が昔から好き、嫌われたくないほど大好きなのよ。でも私には、一郎に見られたくないところもあるし、知られたくないこともいっぱいある。だから今は、一郎の近くにいたくない」


 机に手をついて身を乗り出した美春は、目に涙を浮かべている。

 彼女は『嫌われるのが怖い』と、言い残して談話室を立ち去った。


「美春も、本当の僕を知れば逃げるんだ。僕は……、こんな力なんて欲しくなかった」


 一郎には心が読めても、女心が理解できるとは限らない。

 日本語が話せても、会話が成立しない人に似ている。

 美春は一郎が本当に好きで、彼らは両想いだったのに、二人が最後に会ったのは、このときだった。


 ※ ※ ※


「イチローさん、おはようございます。酷く疲れた顔してますが、怖い夢でも見ましたか?」

「覚えてないけど、すごく嫌な夢を見た気がする。なんて言うか、胸が苦しい感じ」


 アリッサが『夢なんて起きると忘れちゃいますよね』と、朝食を準備しながら応えた。

 一郎は学ランに着替えて席につくと、アリッサがサラダと柑橘系のフルーツジュースをテーブルに運んでくる。

 ジュースを一口飲んだ一郎は、何かを思い出したように、


「そう言えば、エリアロスの紹介してくれた、クエスト管理の仕事をしようと思うんだ」

「イチローさんは、この世界で働くんですか?」

「エリアロスに言われたとおり、いつ帰れるのか解らないのに、いつまでもアリッサのヒモみたいな生活は普通じゃないよ。ちゃんと働いて、自分の面倒を見れるくらい稼がないとさ」

「イチローさんが、そのつもりなら解りました。あたしからも、ギルド長にイチローさんを採用してくれるよう頼んでみます」

「よろしく頼んだよ」


 そのとき、ドアをノックする者がいた。

 アリッサがドアを開けると、一郎の目に飛び込んで来たのは、魔力1億7千万でおなじみの勇者トウヤだった。

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