見習い魔巧技師の逆恨み
「本当にお世話になりました」
見てわかるほどにお腹が大きくなったミネットちゃんが退職の挨拶に回ってきた。
引き継ぎも終わり、新人さんも悪くない動きになってきたのでそろそろ引っ越しなどをするようだ。
「アデリーさん、今日で出勤最後なんで聞きますけど、前に言ってた隠し子連れた妾が現れるかも、って本当の情報ですよね?」
「そちらに密告でも?」
「ええ、だから確認です」
どうやら誰かが彼女に隠し子の存在を教えたらしい。
どんなに隠していても同じ町に住んでいるなら遅かれ早かれ知ることにはなったと思うけれど。
結婚自体を取りやめないということは相手になにかするのかしら。
とりあえず肯定するように頷きつつ、これは結婚祝いってことにしておきましょうか。
メモ帳に相手の名前と所在地を書いて、ミネットちゃんに手渡した。
「相手の子もミネットちゃんのお腹の子も男の子だから揉めそうねぇ」
「あ、男の子なんですねこの子。いいこと聞きました」
「直接行くよりお義父さんお義母さんに入ってもらったほうがいいと思うわ」
「孫に絆されないでしょうか?」
「ないとは言い切れないけれど、ここでミネットちゃんを切り捨てた場合の損害は大きいわ。やり手の商人さんなら情より損得でまず考えると思う」
ミネットちゃんのお義父さんになる商人さんは情も厚いほうだけど、最終的に切り捨てるなら後ろ盾も実家もない妾のほうだろう。
息子は意固地になるかもしれないけれど。
「本当にありがとうございます。全部終わった後にアデリーさんが買い物に来たらオマケしますね!」
「まあ程々にね」
愛が複数あるような男のどこがいいのかわからないけれど、私が狭量なだけで世の既婚女性は相手の大きな瑕疵を知りつつ受け入れたから結婚できたのかもしれない。
例えば昔告白してきた中でお金で解決できる瑕疵を持つ人は断らなくても良かったのかも。
収入が無いのに借金癖のある人でもそれ以外が問題ないなら私の稼ぎで……いや、やっぱりないな。いくら高給取りでも養分になるために働いてるわけじゃないし。
年齢も年齢だし結婚はすっぱり諦めて、子供だけ作る方向にシフトしたほうがいいのかもしれない。
それはそれで普通とは言い難いかもしれないが、珍しいわけでもない。
だけど自分の子供も私と一緒に暮らすと疲れて歪んでしまうかもしれない。
常に中身を見られて隠し事のできない家族なんて害でしかない。
実家の家族が私を見るときの怯えた目を思い出し、私はやはりひとりで生きるべき人間なのかもしれないと思う。
この前も牢屋でバケモノって言われたし。
最近は言われてなかったからすっかり忘れて普通の人間に溶け込めてると思ってた。
バケモノには運命の人なんてきっといない。
……いやいやいや、そんなことないわ。
私が鑑定してもなにもわからない古魔道具みたいに奇跡的になにもわからない男性が存在する可能性は無じゃない。
きっとその人が私の運命の人で、出会える可能性は限りなく低くても決して諦めてはいけない。
暗黒面に飲み込まれて下を向いてたら見逃してしまう。しっかり顔を上げて前を向いていかなきゃ。
落ち込んだところで慰めてくれる人がいるわけではないし、自分で自分を鼓舞しておく。
つまりは今できる仕事を頑張るのみと顔を上げたところで、刺すような視線に気が付いた。
真っ直ぐな悪意を含んだ強い視線だ。
思わず視線の主を探してみると、くすんだ金髪の若者がその場に立っていた。
冒険者にしては線が細い。依頼人かしら?
まだ年若く、学院を出たてくらいの年頃に見える。
というかなんとなく顔に見覚えがあるような?
記憶の糸を手繰り寄せ、例えば去年くらいに見た若者が成長したらこんな感じになるかもしれないとあたりをつける。
うん、そう考えてみると辻褄が合う。
あれと同じ悪意を私は知っている。
鑑定カウンターから出て彼に近付くと、私が寄ってくると思ってなかったのか焦ったように視線を逸らす。
そのせいでほぼ本人だろうと確信してしまう。
「久し振りですねぇ、アロイス君。シノマキの家で会ったっきりですけど、元気にしてましたか?」
確か、女を作って偽物の回路図を盗んで逃げた、だっけ?
こんなところでシノマキの元恋人と再会するとは思いもしなかったよ。
「……どうしてここに」
「それはこちらのセリフですけれど、とりあえず盗難の容疑者として一時的に拘留します」
「えっ」
周囲の男性職員に目配せすると、逃げる間もなくアロイスを拘束してくれた。
前より防犯意識が向上したから随分スムーズに連携できるようになったね。
「アデリーさん、この子は?」
「うちの友人の元弟子です。窃盗を行い、友人の元から出奔したと報告を受けています」
「ちょっと待って。あの回路図は使えない偽物だった。だから僕は悪くない」
「偽物だろうがなんだろうが、盗んだら犯罪なのですよぉ?」
というか思いきり自白している。
一時拘留じゃなくて神殿に連行できてしまうじゃないか。
天才と名高いシノマキに弟子入りしていたとは思えない頭の悪さだ。
弟子はただの名目でほぼ恋人扱いだったのだろうか。
あとで神殿に連絡しておかないと。
あとシノマキにも。もうどうでもいいと思ってるかもしれないけれど一応ね。
「少し似てますけど、この子はアデリーさんの弟さんとかじゃないんですか?」
次にやることを考えているとアロイスを捕まえている男性職員からそんなことを言われた。
「いいえ?」
似てるの?
言われてみれば髪の色は似てるな。あと少しくすんだ緑の瞳も。
顔は似ているのかわからない。アロイスのほうが整っていると思う。
一方アロイスは苦虫を噛みつぶしたような表情になっている。
私に似ていると言われたのが嫌なのだろう。
初めて会ったときからずっと嫌われていたしね。