ストーカーと俺
大学に入学して、ひと月。
高校とは違う授業にも慣れてきた頃、俺、當間暁斗はある同級生に目を付けられた。
別にいじめられているとか、そう言うわけではないのだが、その女、榊原茉莉花はやたらと俺に近づいてくる。
ゆるふわウェーブの髪にロリータファッションの茉莉花は、可愛らしい外見とは裏腹に、ひたすら俺をつけ回していた。
直接の害はないが、気味が悪い。
常に見張られているような、振り向いたら後ろにいるような、そんな茉莉花が怖かった。
「暁斗くん、暁斗くん、暁斗くん、暁斗くん、暁斗くんっ!!」
怖い以外の感想が思い浮かばない。
そして悲劇は起こる。
直接、俺に手出ししてこないから油断していた俺も俺だった。
駅のホームで同じゼミの女子に会い、話をしていただけなのに。
いつの間にか後ろに茉莉花がいて、俺を見ていた。
その目は光を失ったように暗く、狂気に満ちていた。
「あはっ」
茉莉花の笑い声が聞こえる。
じわりと、熱く燃えるような痛みが腹部に走った。
痛む腹に視線を落とすと、そこには包丁が。
柄を握っているのは茉莉花の手で。
叫びたかった。逃げ出したかった。
でも声は出ず、口からこぼれたのは赤い血だけ。
視界がチカチカと明滅している。
――ああ、俺は死ぬのか。
ぼんやりとした頭でそう思うと、目の前にいる茉莉花の顔がぼやけて見えた。
――こいつのせいで……。
もう、何だかよくわからない。
ただ最後の力を振り絞り、俺は茉莉花を突き飛ばした。
一緒によろけ、俺達は二人揃って線路に落ちていく。
そこに丁度、駅を通過する貨物列車が来たようだ。
けたたましい汽笛とブレーキ音。
真っ暗になった視界。何も見えない中で、最後に聞いた音だった。