8.おかあさんでもおねえちゃんでもないです
「化け物か……」
「……」
ふう。雑魚め。
俺はライアン君に絡んでいた三人組の二人を一撃で投げ飛ばして最後の一人の襟を掴んで持ち上げながら壁に押し付けていた。
この体の性能からして大男でも子供のように捻ることができるのは、最初の村の超ジャンプでなんとなくわかっていたから簡単だった。掴まれたら掴み返して投げる。蹴られたら蹴りをかわして蹴り返す。それだけでよかった。
「……」
二度と絡むな。っていいたいけど無理なのが辛い。話せないってが地味に効いてくるよな……。
「華奢な見た目の癖に熊みてぇな力を出しやがる……ッ……わ、悪かったから離してくれ! ほんの出来心で……」
ふーん。じゃ罰を与えてやろう。
俺は襟首掴んだまま何もない平地へと歩いてきた。馬屋の裏手。倉庫のさらに裏。何もおいてないところだ。暴れる男を一息に突き飛ばす。面白いくらいに転がっていって、止まった。ぴくりとも動かない。まあ生きてるだろう。
「死んじゃったりはしてませんよね……?」
「……」
後ろからついてきたライアン君が俺にしがみ付きながら言った。俺はうんうんと頷くと、ライアン君の手を握った。心配で見てられん。一緒に行動しないとな。
「あ、あ……なんでもないです」
門のほうまでいこうぜ。視線を落とすとしどろもどろのライアン君がいた。なるほど。至近距離からまじまじと見てみると、女の子にも見える。黒い艶やかな髪の毛を後ろで結わいた褐色肌の年頃の娘、といったところか。
ということで、俺はライアン君と手を繋いで門までやってきた。守衛の兵士がつめている。全員を止めて確認しているというわけではなく、大荷物を持っている商人や、武器を帯びた兵士、あとは適当に気分で止めて確認しているようだった。
ライアン君が盾と剣を持っている。止められるだろうな。
「そこのお前、止まれ。そう、獣人のお前だ。そっちの女もだ」
ほらね? 俺はライアンに目配せをした。
あと女じゃなくて中身は野郎です。
「………」
「あ、あの、僕たちはエド村からやってきた者です。村の防衛に関して領主様にお伝えしたいことがありまして……」
あからさまに胡散臭い目を向けてくる兵士のおっさん。ていうかエド村って言うのね、あの村。
ライアン君が俺を見た。
「こちらの方が村長です」
「……。………!?」
えっ? いつの間に村長に格上げしてたの俺?
俺が疑問符を頭の上に浮かべたのをライアン君がなんと思ったのか、眉間に皺を寄せて頷いてきた。
なるほど。使者じゃ胡散臭いから俺を村長と言うことにして進行するわけか。いいだろう。
「村長はつい最近就いたばかりでして………あ、あと、言葉が喋れないのです。病気で!」
「……」
ほう、いいぞ続けろ。
「ならばなぜお前は村長の言葉がわかるのだ?」
そうら突っ込んできたぞ。
「喋ることが出来ない人の言葉を聞き取る古いまじないが僕たちの村には伝わってまして、村長が何を喋っているのかがわかるんです。ぼ、僕は小さいころから訓練されてますので、村長のお付きとして一緒についてきました!」
一息に捲くし立てるライアン君。嘘がへたっぴだね。挙動不審にも程がある。
兵士がライアン君を見て、俺を見て、それからもう一度ライアン君を見て、手元の地図を暫く見ていた。ドキドキするな。多分俺たちの目的なんてどうでもよくて、地図にエド村があるかどうかを調べるほうが大切なんだろう。
「入っていいが問題を起こすんじゃないぞ」
「ありがとうございます! あ、そうだ……どこに行けば領主様に……」
「領主様は忙しい。お前たちみたいなのには会わない。だがもし村の守りについて話をしたいならば街の衛兵詰め所に行くといい。忠告しておくがこの街はのほほんとしてるがお前さんたちみたいなべっぴんはちょっかいをかけられるぞ」
俺たちは会釈して門を通った。
「べっぴん……? まさか僕、また女の子と思われているんでしょうか……アルスティア様、そんなに僕女の子に見えますか?」
ライアン君に聞かれた俺はウンウンと頷いてみせたのだった。
「………それなら上脱いでおこうかな……」
ライアン君が俯いてぶつぶつなにやら呟きなさる。
……違う意味でウケると思うけど面白そうだから言わないでおこう。いや言えないんだった。
「疲れましたね……」
そうだね。俺たち二人は噴水のある広場で一休みしていた。
噴水の石組みに腰掛けてあたりを見ながらのんびりしていたわけだ。
何しろここまでくるのにモンスターに襲われたりゴロツキに絡まれたりで全身クタクタである。村からは交渉が長引くことを想定してそれなりに滞在できるお金を貰っている。もし野宿でも、ライアン君のサバイバル技術なら野営くらいはできるだろう。とはいっても、余り長引かせるわけにも行かない。村がいつ襲撃を受けるかもわからないのだ。
とはいえ、疲れているのも事実。偉い人に話をつけてそれから宿を確保し、までやれる気がしない。
休んでからでも遅くはないかもしれない。
「アルスティアさま、どうしましょう。衛兵詰め所を探さないといけませんよね。もし疲れているなら先にお宿を探しましょうか」
君はどうしたい? と聞きたいが伝わらない悲しみ。休んでからでも問題なかろう。
俺が頷くとライアン君も頷いた。
銀の天秤なる名前のお宿についた。宿というより飲み屋に宿がついてる作りで、一階は飲み食いできる場所になっていて、二階が宿になっていた。
人間もいればエルフもいる。獣人もいる。リザードマンもいる。足の複数生えた蜘蛛のような人?もいる。多種多様すぎて、金髪長身の俺が目立たないのではないかと思ったくらいだ。
獣人は差別されているらしい。するとほかの種族も差別されて当然のはずだが……あるいは、一応国民としては認めているが扱いとして不利があったり、移動に制限がかかったり、ということなのかもしれない。事実獣人の村はまともに兵士を送ってもらえない云々村民が話していたわけで。
しかし人が多いな、この酒場。単純に人数が多いのもあるが、視線を遮る要因も多い。やけに大きい人とか。足が多い人とか。飛んでる人とか。
ライアン君がきょろきょろしていた。
「こんなに人がたくさんいるなんて……カウンターはどこでしょう?」
人が多すぎてカウンターが見えないらしい。蜘蛛の下半身のお姉さんのスカートのせいもある。ライアン君の背丈だと前が見えないだろうな。俺には見えたが。
俺はライアン君の手を引いてカウンターらしき台へ行った。
「っしゃーい」
やる気のなさそうな返事がした。口に爪楊枝を咥えたエルフのお姉さんが出迎えてくれた。バンダナを巻いてエプロンつけて、机に肘ついて暇そうにしていた。金色の髪の毛を肩で切りそろえて両側に編みこみの小さいお下げか。目が死んでいなければ美人なんだが、と思わせた。
「……泊まり? 呑み?」
「え?」
「だから泊まるの? 呑みなの? 世間話してるほど暇じゃねーんだよ」
おお口が悪い口が悪い。ライアン君がびびってしまっていた。俺はどうしたものかと考えた。何せ喋れないからな。
「でそっちのヒトはお母さんかなにか?」
「ち、違います!」
「お母さんでも姉さんでも飼い主でも春売りでもなんでもいいけど泊まるの呑みなのどっちなのどっちもなの前払いね値引きツケなし誤魔化したり血が出る喧嘩やったら川に沈めるぞ」
「ひぃっ」
「はー……おのぼりさんの相手は疲れるなあ。オラ記帳して金払え。何泊? 決めてないならそう書け」
やる気がなさそうなくせに早口で捲くし立ててくる。肘をついたまま微動だにせず。その早口分のやる気をスマイルに使ってほしい。
ライアン君がおどおどしながら旅台帳に記入する間、酒場を観察してみた。
ビール(エールか?)を飲み交わす旅人たち。何やら銀細工らしきものを机に並べて商談する男。酔った男女がふらりと扉から出て行ったかと思えば、疲れ切った顔の一団が入ってくる。
おあぁぁぁぁぁぁぁっ! ファンタジーな世界って感じがする! こう、イノシシが突っ込んでくるようなダークじゃなくてライトな感じの!
「部屋は一つね。ンだよその顔。二部屋分払えるの?」
「それは……」
「今込み合ってるから高いよ。いくらもってる? ……あーこれしかないの? 決まりな。これ鍵。出入り自由。部屋の備品は使ってもらって構わないけど汚したり壊したら弁償な。あとうるさくするな。特に夜」
俺が興奮しながら酒場を見ていた間に話が終わったらしい。ライアン君が鍵を握り締めながら戻ってきた。どうしたん? ん?
「アルスティアさまぁ……おんなじ部屋に泊まるみたいです……」
ふーん……。そっかぁ……。
え? ま、まあ同じ部屋でもいいっしょ。それくらい想定内です。
俺は鍵を受け取ると階段を上がって部屋に直行した。扉を開けて理解した。ベッドの数が合わないことを。そりゃそうだ。部屋にドンとベッドが一つ。これは………男女が泊まることを想定した部屋! しかも男女関係にある男女を想定している……!
俺はため息を吐いた。あの店番に問い詰めるべきか、問い詰めないでおくか、それが問題だ。