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異世界で聖女様とか呼ばれる話  作者: キサラギ職員
15/19

15.マダム

 そして数日後。救済院に長蛇の列を作る市民の治療をやり続けた。千切っては投げ千切っては投げの治療になったね。楽なことはどんな傷や病だろうが治せるので、診断すらいらないことくらいか。

 馬車に揺られること数時間。いや数時間というか半日くらい乗ってた気がする。馬車って思ったより速度が出ない乗り物なのな。ママチャリの巡航速度より遅いかもしれん。乗り心地はよかったよ。鞍に乗って何時間も何時間もより、すわり心地のいいソファと、日差しを遮ってくれる屋根の付いた馬車のほうがはるかにいい。御者に任せれば何もしなくても目的地に着くしね。

 馬車は、御者とアルトが担当してくれた。中は俺とライアン君である。

 何せ半日は乗っているので、眠くて仕方が無い。俺はもちろんのことライアン君も暇そうにしていた。ライアン君が御者をやろうとするとアルトに『御者に任せればいい』と言われていた。そんなに馬の操り方が下手にみえるかなぁとしょげてたけど、断言しよう。君の技術は俺の数万倍は上だし、今馬車を操ってるオッサンの百倍は上手だ。


「これが……はい。これが、馬、という単語です。そうです、こっちが馬車」


 そしてあんまりにも暇なので読み書きを教えてもらっていた。羊皮紙に羽ペンで書いてくれる文字を見つつ、手持ちの羊皮紙に書き写していく。まずは単語から理解していかないとな。なぜかは知らないが言葉は通じるので、分からないものを教えてもらうのは容易かった。これで会話が出来ればいいんだがなぁ。

 まあ、でも、そこそこ長い時間一緒にいるせいか、頷きやジェスチャーだけでも意志の疎通がとれるようになってきた。ライアン君限定で。

 しかし、こうしてライアン君が隣に腰掛けていると、数日前のことを思い出す。衝動的に口を吸いまくった挙句首にキスマークまでつけるという変態行為に及んだわけだが、どういうわけだが今はそういうピンクな気分にならない。

 俺はな。


「………」


 時折俺の方をライアン君が見つめてくるのだが、顔は赤いわもじもじしてるわで非常にやりにくい。いっそ教えない方がよかったかも……でもいずれは知っておくものだしなあ。ライアンパパよ、なぜそういう本を一冊くらいは残しておいてくれなかったのだ。

 おどおどした態度といい、命令には忠実に従ってくれるであろう性格といい、こう、いじめてやりたくなる。


「……」


 腿を擦ってみる。びくんと震える体が面白い。

 意地悪するつもりで抱き寄せてみる。たわわに顔を包んで背中を撫でると、尻尾が痛いくらいに震える。


 はー………………ほうらこっちをごらん。ん? かわいい子。首輪でも嵌めて飼っ



 いかんいかん! ストップだ!

 俺は暴走しかけた思考をクールダウンするために、黒いふさふさした髪の毛の生える頭をぎゅっと抱きしめた。うーん、クールダウン、クールダウン。ステイステイ。

 たまにだが自分の思考が自分のものではない何かになってる気がする。自分の欲求不満が見せる幻覚か何かだろうか。前世の俺はここまで暴走しなかったので、この体特有の病かもしれん。ショタコン? とか? ……とにかく制御しないと。


「くるしいです……」


 oh.ソーリー。締めすぎたね。俺はおっぱいで溺れかけているライアン君を解放した。


「そろそろ着くから準備をするように」


 アルトが御者席から声をかけてきたので、俺とライアン君はそろって荷物をまとめ始めたのだった。





「あら、あなた不思議な香りがしますわ……」


 で、俺たちはあの街(聞いた話じゃセトというらしい。中央という意味があるそうだが、その割りに首都にもなっている街からは離れているとか)から、さるお方の屋敷までやってきた。入り口には護衛が詰めていた。セトの衛兵とは比べ物にならない優美な鎧を着けていた。スイス衛兵を思い出した。あの、バチカンにいるやつだ。

 そこからが長かった。門をくぐって馬車がパカパカ進んでいくわけだが、いつになったら付くのか分からない。

 やっと屋敷に着くなり偉そうな格好をしたオッサンにこういわれたのだ。どうか奥様のことは内密に、と。

 豪華な部屋に通されると、物憂げな表情で窓から外を見ている女性がいた。つやつやのホワイトアッシュのウェーブのかかったドレス姿の女性が窓から外を見ていた。その横にはネグリジェを着込んだ女の子がいる。

 ……いや、違う。男の子だ。女装をした見た目麗しい子が、奥様とやらの横でデカイ団扇を持って仰いでいる。しかも三人も。なんで男かとわかったって、ライアン君という性別不明な見本があるお陰さ。


「うふふ、そっちの子もとても“いいにおい”がするわ。ぼうや、こっちにこない?」


 奥様とやらが蠱惑的な笑みを浮かべてライアン君を呼ぶ。

 む? 妙な力を感じる。俺はなんともないんだけど、生ぬるい甘ったるい感覚がする。人間の力じゃないなこりゃ。このヒト、魔女とか、魔族とか、そういう感じの血が入ってるのかもしれない。


「……あ」


 ライアン君を見てみると、ぼーっと風邪でもこじらせたような真っ赤な顔になっていた。目も虚ろでおかしい。俺が咄嗟に肩に手を置いてみるとはっと瞬きをした。


「ごめんなさいねぇ……つい、おいしそうで……」


 そこで俺はその奥様とやらの目に光が無いことを理解した。こっちを見てはいるのだが、ピントが合っていないのだ。


「さて、本題に入りましょうか。聖女様? 喋ることができないのだったかしら。頷くか首を振るか……そっちのカワイイ子が翻訳するのかはお任せするわ」


 俺の方を見ている――ようで見ていない。子供から火のついたキセルを受け取ると、ぷかぷかとふかし始める。


「名乗り忘れていたわ。わたくし、マダム・マリサ。本当は長い名前があるのだけれど……“みんなは”マダムと呼ぶわ。ご覧の通り目が見えないの。そう、子供のころに病気を患ってしまってね。でもあなたが噂通りなら……できるのではなくって?」


 みんなね。恍惚とした表情で佇むお供の男の子たちのことかね。

 できるし、断る理由も無い。ただそうね。あんたと俺はともかく、何かねっとりと熱い視線を送ってくる女装の男の子たちとライアン君を一緒の部屋にいさせると悪いことがおきそうだから、一緒にいることは前提だ。

 ということを伝えたいんだが口が聞けないので、俺はライアン君の肩に手を置きつつ頷いた。


「嬉しいわ……それにしても、あなたほどの力を持つ……その強大なオーラを持つ人が聖女ねぇ………むしろ……」


 マダムが俺の方を見てそんなことを言ってくるけど、いまさらアレよ聖女様ロールプレイから無法者への切り替えはつらいものがあるでしょ。

 俺はライアン君を伴ったままマダムの近くに歩いていった。近くで見ると、とても美しい人だ。真っ白い肌といい、艶々とした唇といい、シルバー? 灰色? の髪の毛といい。まあ、俺には勝てないんだけどな!


「ぁぅぅ……」


 なぜか御付きの男の子達がライアン君を見てくる。この部屋の男密度高いよな。俺も中男だからな。

 俺は目を閉じたままのマダムの手を取ると、どうしたものかと観察してみた。とりあえずいつものように屈んで両手を重ねて祈りをささげるようなポーズで治療魔術を作動させてみる。


「あぁ……ありがとう。本当に治るなんて信じられないわ。けれど、あなたほどの……いえ、やめておきましょう」


 暫くしてマダムが目を擦った。そして俺をピントの合った瞳で見てきた。視力が回復しているらしい。喜びを隠せないのか俺の手を握ってきた。


「あなたの力は本物みたいね。いいわ、ご希望通りあなた達の村の問題については対処させていただきます。ところでそっちの男の子。ライアン君って言ったわね……お姉さんのお部屋にこない?」


 ……やらせはせんぞ!! 俺はライアン君を引き寄せて腕で顔を覆って首を振った。この子は俺のものだ。いや俺のものというか! あんたに任せると女装させるでしょ!


「と、ともかく! 約束は約束ですからね!」


 ライアン君が大声を張り上げたのだった。

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