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異世界で聖女様とか呼ばれる話  作者: キサラギ職員
12/19

12.耳かき(無音)

「……」


 子供ってのは元気だなと俺は思いながら、すーすーと寝息を立てる子供たちを見ていた。

 あの後、一日がかりで救済院の患者を治して回った。腕が折れてようが盲目だろうが十年前に負った傷だろうが健やかな状態に持っていける俺の治療魔術は、あまり言いふらさないほうがいいかもしれないとアイルに言われた。

 まあ、元の世界ですら魔女狩りとかやってた時代があるわけである。こっちでも似たような話があってもおかしくないし、あんまりにも能力が強すぎると治世者にとって都合が悪くなるかも……そんときゃ媚売ってやろう。外見が美女だからな、ころっといってくれると思う。

 で、治した後が大変だった。感謝感激雨あられ。子供が抱きついてくるわ、俺を神様みたいにあがめ始める人もいるわ、かと思えばこうしちゃいられないと走って出て行く人とか、ただでさえ死んだ目をしていたアイルの目がますます死んでいく有様。一日かけて、出て行く人と、残る人を選別して、というところで日が暮れたのでまた明日である。大人のほとんどが出て行った。健康なら仕事を探せるからだ。問題は、捨てられた子供たちだ。彼ら彼女らはもはや親元には帰れなかったから残留することになった。


『報酬については…………村に衛兵を寄越したいのでしょう? 役人には顔が利きますから、それでよろしいかと』


 肝心の村の守りは、どうにか手配がつきそうだった。

 と、死んだを通り越してミイラ化しそうな勢いのアイルが俺の方を見向きもせずに言ってきたのだ。なぜ役人に顔が利くのかはしらないが、出資元不明のこの救済院が実は金持ちの市民向け施設だったりするなら説明が付く。するとアイルと、アルトの家は金持ちなんだろうか。

 

「ままーおしっこー」


 寝ぼけ眼の女の子がベッドからふらりと起き上がると、俺の服を掴んできた。ままじゃないよ、ぱぱだよ。ほーらこっちこっち。

 手を繋いでトイレまで連れて行ってあげる。用を足す間、うろうろしてみようかと思う。なぜって、教会の裏から妙な物音がするからだ。


「ままー?」

「……」

「まま、ねるー」


 女の子がトイレから出てきた。よかった、抱えてやらないと出来ない子とかじゃなくて。俺は物音の正体を確かめるよりも前に、女の子をベッドに送らねば。


「ままー」

「?」

「まま、わたしのままになってくれる?」


 それは難しいかなぁ……言葉が出てこないので返事も出来ない。首を軽く振って布団をかけておでこにキスしてみた。すとん、と女の子は眠りに付いた。

 で、俺は“手遅れ”の患者が寝る――寝ていた、部屋を見回した。子供しか残っていない。大人は出て行ったからな。みんな寝たみたいだし、俺も寝よう。

 広間から出て自室に割り当てられている部屋に向かっていくと、木刀?をかついだ上半身裸のライアン君とばったり出くわした。水浴びをしていたにしては装備が物騒だ。


「あ……その………ちょっと……訓練を……」


 ふむ。俺が首をかしげていると、ライアン君は自分の体を隠すように胸元に腕を持ってきた。そして木刀に結んであったシャツを慌てて着る。


「アルスティア様はとても強くて、僕みたいな弱い人の助けなんていらないと思いますけど、それでも、いつか隣に並んでも恥じないようになりたくて……」


 なんてええ子なんや……。

 俺は思わず抱きつきそうになったが、ぐっとこらえて手を差し伸べるだけにした。

 掴んだ手が豆だらけだった。ふむ。あんまり詰めて訓練しちゃいけないよ。俺は手を引き寄せて赤くなった手の皮を撫でてやった。治療魔術もかけておこう。手をさらに引いて両手で包み込んで、光を直接当てる。ものの数秒で手は完治した。


「今日は疲れましたね………でも、これで村は大丈夫……ですよね?」


 俺は彼の手を取って寝室に向かうことにした。手を繋いで歩いていると、横から質問をしてきた。

 うんうん頷きつつ中に入る。ちなみにベッドは二つあるので同じ布団の中に入らなくてもよい。寝巻きは持ってないので普通の服のままで寝る。明日にでも服を貸してもらおう。

 俺がさっそく布団に入ろうとすると、なにやらライアン君が自分の耳をもそもそと弄っていた。人間と同じ位置にある耳なので、よくあるイヌミミネコミミのような頭の上にちょんと乗っかっているような感じじゃない。

 ライアン君がベッドに腰掛けたまま、後ろ結いしている髪の毛を解きつつ言った。髪を解くとますます女の子である。


「なんだか耳が痒くて……」


 そっか。じゃ、俺がやってあげよう。いややってみたかったんだよね、獣人の耳の中を見てみたくて。犬の耳って人間とは違うから面白いのだ。

 そこでかばんから耳かき棒を取り出した。村から出てくるときに女性の身支度を整える道具セットのようなものをライアン君のお母さんから貰った中に入っていたのだ。

 膝をというか腿をポンポン叩いてこっちに来るように催促をする。


「えっ……でも」


 ポンポン!


「自分でできますから……」


 ポンポン!!


「うぅ……」


 こないの? きてほしいなー。

 俺がまた腿を叩くと、おずおずとした様子でライアン君が来てベッドに座る。そのまま横に倒れればいいのに、胸元に手を置いて、上目遣いで俺をチラチラ見てくるだけで倒れてこない。

 どーんとこいや! 俺は我慢できず肩に手を置いて腿に頭を倒したのだった。


「耳は弱いのでやさしくお願いします……」


 潤んだ瞳でそう言われるといぢめたくなるぞ! しないけどな!

 ほう、どれどれ! 俺は耳の中を覗き込んだ。確かに犬の耳の中と似ている。人間のそれとは違うらしい。そっと棒を差し込んで掃除を開始。


「ひっ」


 驚かないで。こわくないよ。

 ゆーっくりゆーっくり棒を入れてゴミを掻き出す。動かないように必死でこらえているのか体がぴくぴく震えまくっていて大変可愛らしい。どれ匂いはどうかな!? ってやってしまうのは犬が好きなせいなのだ、決しておかしいことじゃないぞ!! インコ飼ってる人とかインコを口に入れるからな! 嘘じゃないぞ!

 俺が興奮していたのもあるだろうが、ライアン君の耳にもろに息をかけてしまった。


「ひぅ」


 涙目を通り越して泣いているような潤みっぷりの青い瞳がこっちを向く。ごめんね。

 ごみをとってーとってーっと。耳かき棒のゴミをふーっとして飛ばしてーって、あっごめん。また思い切り耳に息を吹きかけてしまった。


「………」


 虫の息のライアン君。俺の方を見てはいるけど、なにかぼーっとしてピントが微妙に合ってない。弄りすぎたかもしれない。


「あ、あるすてぃあさま……も、もうこれくらいで……」


 ん? 反対側あるよね? という意味を込めて自分の頭の反対側の耳を触ってみせる。


「はい………わかりました……」


 ライアン君が妙に従順になってくれる。褐色肌のせいでわかりにくいけどほっぺが真っ赤だった。

 ごろんと反対側を向けてもらう。うむ……くすぐったいな。息が下腹部にかかってくる感じがする。

 なるほど、なるほど。俺はうんうん頷きつつ耳の中を見て回った。ケモノそのものだ。匂いも。そういや尻尾も付いてたよな。ちらりと見てみる。獣人特有の穴あき服からふさふさとした尻尾が覗いていて、ぶんぶん左右に揺れていた。嬉しいらしい。

 ゴミ取り完了。俺は棒を抜くと、目を閉じかかっているライアン君のおでこにかかっていた髪の毛を指で梳いた。


「おわりですか……?」

「……」


 俺はこくりと頷くと、ライアン君を起こしてやった。


「すっきりしました……ありがとうございます」


 じゃあ寝ようか。俺は棒を鞄に戻すと、さっそく布団を捲り始めた。


「寝られるかな………」


 ぶつぶつぶつ。独り言を呟いているライアン君を尻目に、布団にもぐりこむ。


「おやすみなさい、また明日も……」


 うむ。おやすみ。俺はライアン君がいそいそとカンテラを消しに行ったのを見ながら目を閉じた。

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