犯人と目撃者
遅くなりました。進展はあまりありませんが、次回から事件が起こります。
「はぁ……」
二度目の埋め立て工事を終えた私は、大きくため息を吐いた。
まったく、私としたことが迂闊すぎた。あんなに恥ずかしいミスを二度も犯すとは。とりあえず、化学の時間は当分寝ないと固く心に誓った。
しかし幸いだったのは、クラスの半数以上の生徒が私と同じように爆睡していたことか。特に、後ろの方の席に座っていた生徒はほぼ全滅だった。かくいう私の席も教室の後ろよりにあるので、周囲は(少なくとも八方向にいる生徒は)全員伏して寝ていたように思う。誰かに見られていた可能性は、かなり低いだろう。
その一点に安堵を抱いていた私は、化学の教科書とノートをまとめて、ロッカーに持っていこうと立ち上がった。
その時だった。私は一人の男子生徒がニヤニヤしながら近寄ってきたことに気が付いた。見事にきれいな茶髪と悪戯そうな表情──ザ・不良生徒という感じの彼は、私の前まで来ると、クスクス笑いながら話しかけてきた。
「青風、授業中は面白いとこ見させてもらったよ。いやぁ、ぷぷっ、思い出すだけでも笑えてくる」
「え……? はぁ!?」
笑いを堪えきれない様子で切り出された話を、私は一瞬のみ込めなかった。少し考えて、最悪の事実に思い至った。
──まさか、あの現場を見られていた……?
恥ずかしさに俯いて赤面する私を、男子生徒はさも愉快気に見下ろす。
「こりゃあ大スクープだよなぁ! 『青風彩春氏化学の授業中に池を生成 短時間に二度も……」
「やめやめやめやめ!! その話は止め! 止め!!」
私は慌てて遮った。やはり此奴、例の完全犯罪の現場を目撃していたのか!
「はいはい、止めますよ。いやぁ、しっかし、傑作だったなぁ!」
「もう、笑わないでよ! ……っていうか、なんで赤木君が気付いてるのよ。授業とかいつも寝てそうなのに」
男子生徒──赤木充馬は、それを聞くと少しムッとして、「化学は別だぞ」と口をとがらせた。
「俺、小さい頃から周期表とか見るの好きだったんだ。今でも化学はそこそこの点数とれてるし、何より授業が面白いからな」
あの授業を面白いと言っている生徒は初めて見たかもしれない。
「ほへぇ……意外な一面だねぇ。同じ新聞委員会で活動してたのに、全然知らなかったよ」
そう、見るからに善良な女子高校生である私と見るからに不良そうな赤木君がこんなに親しく話しているのは、同じ委員会で熱心に活動しているからである。私の新聞委員会への熱意は皆さんよくご存知だろうが、実は彼も委員会の会計係として活動しているのだ。ちなみに、私は書記をしている。
そんなわけで、私は日頃から赤木君と接点がある。そのため、彼の茶髪は染めているわけではなく地毛であることも知っているし、しかし行いは不良生徒と揶揄される問題児であるためしょっちゅう染めていると疑われていることも知っているのだ。そうでなければ、私がこんなに親しげに話せるわけがない。
しかし、そんな私でも、彼の得意教科のことはまったく知らなかった。見た目と行いから、どうせ勉強なんて興味ないだろうと勝手に決めつけていることが原因だろう。人は見かけによらないとは、このことである。
「まあ、俺もそんなに言いふらしてるわけでもないし。それはともかく、青風が涎垂らして寝てるのも意外な一面……」
「だからやめなさいってあれほど!」
私が抗議の意を表したところで、授業の開始を知らせるチャイムが教室に鳴り響いた。
「うわ、古文の準備してないよ! 教科書とってこないと!」
私は慌ててロッカーへ向かったので、赤木君との話はそれきりになった。
◇
「まずい……」
狭い部屋の中で、ひとりの人物が焦燥にかられていた。
「早く何とかしないと……まずい……」
目の前のある物を見て、しきりに瞬きをする。それは、必死に思考を巡らせている証であった。
「こんなのがあいつに見られたら……確実に面倒になる……っ」
ややしばらくの間悩んでいたが、やがてはっと息をのんだ。
「そうか……あれを使えば……!」
どうやら、危機を打開する妙案を思い付いたようだった。
それからの行動は早かった。迷うことなく部屋を出ると、目的の場所を目指して駆け出した。