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背伸びしたのは世界で、猫はただの空気

作者: みここ

ありえたことかもしれない未来までの話。

 彼女は猫を欲した。なぜ猫だったのかはわからないが、叶えられることはできるだけしたいと誓ったのだ。だから探した。探して探して探した。

 ようやく見つけた猫は元は白だったのだろう、煤で黒く染まった体の節々から斑点のように模様を描いていた。それを見た真奈は久しぶりにその笑顔を見せるが、次の瞬間にはもとに戻っていた。しかしそれで十分だった。

「それじゃ、パパはもう行くよ」

 最期の願いを叶えた僕は、ぼろぼろの小屋から出る。返事はなかった。

「たとえこの命に代えても、真奈だけは守る」

 決意めいた言葉を残し僕は歩き出す。



 それはある日突然起きた。災害という括りでは表せないほどの打撃を受けた。元の規模からすれば人類は滅びたといっても過言ではないくらいに。かろうじて残ったラジオという通信媒体によると、各地でさらに死傷者が増え続けているらしい。何が起きているのか今でもわからない。しかし愛するものを失った僕にとっては些細なことでしかない。残る大切な子のためにできること。それだけが今必須の案件なのであった。

 遠くで爆撃のような稲妻が走る。二十秒ほどすると、その衝撃と音は僕の身体を震わせた。あれは天罰だ。人類の進歩に対する反動だ。不可逆的な世界による逆走なのだ。

 成長を願う親の想いは、斯くして世界より嘲られた。いつからだろう、言葉巧みに話していた娘が、表情すら変えなくなってしまったのは。

 思えばまともに話したのは二歳頃が一番多かったのではなかろうか。そんな悲しいことはないか。

 ふと風の流れる向きが変わったことに気づく。あれが近づいている気配だ。

「あれさえなけりゃな」

 透明化が解けたのだろう、突然姿を現した巨大な浮遊する塔は次第に地面に落ちていき轟音と共に大地に突き刺さった。僕の計算通りだ、ラジオで流れた災害の場所からこれが向かう先はある程度予測を付けることができたのだ。しばらくしたらこれはまた浮遊し始め、世界を壊しながら次の新天地へと飛び立つだろう。その前にこれが一体何なのか突き止めなければならない。

 あらかじめ用意しておいたバイクを走らせ、塔まで向かう。視界に入ってはいても、あまりにも巨大すぎて距離感が掴めない。幸い頂点だけは見えていたので、無限に伸びていないことだけはわかった。

 死ぬかもしれない。まだ誰もあれには近づいていないのだ。いや、あるいは向かった者もいるかもしれないが、出てくる人は一人も聞いていない。それもそのはず、あれこそが世界に現れた災厄そのもので、国の力をもってしても、振りまく害悪を止めきれなかったのだから。

「無力かもしれない。でももう誰も頼れない」

 僕はいつだって楽観的に生きてきた。そんな時代を生きてこれた。しかし真奈は違う。希望を抱けない未来なんて、そんなの悲しいじゃないか。だから変えて見せる。無謀で愚かなパパが居たこと、しっかりと覚えていてほしいな。

 もう届くはずのない言葉を宙に遺す。既に塔の入り口は目の前にある。僕は振り向くことなく、その敷居を超えた。

自由は体の中にある。平等は心の中にある。理不尽はどこにでもある。

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