第9話【ミトラんち】
「こ、こんなにデカいのか」
冒険者ギルドの前に仮置きされたヒドラの素材の山を見て、ヘルエムメルクも目を丸くする。
ハルトは何処か優越感に浸った顔でヘルエムメルクを見ると、口を開いた。
「本来ならAランク冒険者四人で戦う相手だが、今回はAランク冒険者一人とBランク冒険者五人。唯一のAランク冒険者がSランク間近と噂されるエレレト殿であったことが幸いだったが、それにしても大金星でしょう」
「……ふむ。この街一番の冒険者とも言われるセグダディと、弓の名手イエルミエルか。戦闘ならば音無しと言われるクィエも二人よりは下であろうな」
ヘルエムメルクが顎を指でなぞりながらそう呟くと、ハルトが唸る。
「……いや、残念だが、あの三人を足してもやはりAランク冒険者一人に見劣りする、かもしれない」
歯切れの悪い言い方をするハルトに、ヘルエムメルクは目を細めた。
「Aランク冒険者が二人分の戦力が足りないな。あの黒髪の冒険者か……確か、イオリと呼ばれていたな」
「流れ者でして、詳しくは分かりませんが……」
「態度を見ていると、エレレト殿と連れ合いにも見えるな」
「そうですな。他の街の冒険者ギルドからエレレト殿の話を聞く時にイオリの事も聞きましたが、どうやらイオリの旅にエレレト殿が付いて行っているという感じでして……」
イオリとエレレトの関係を聞き、ヘルエムメルクは腕を組んで顎を引いた。
「……何かあるな。色恋沙汰ではない関係だ。そして、イオリという男もAランク相当の冒険者だろう」
「……でしょうな。むしろ、もしかしたら……」
【ミトラ視点】
セグダディさんからの飲みの誘いを断り、イオリさんはエレレトさんと僕を連れて予約していた宿へと向かった。
「……え? 帰るのか? 泊まっていけば良いのに」
宿の前でイオリさんにそう言われ、僕は首を振って苦笑する。
「いや、家族が待ってますから帰ります」
「ほう、それは良いな。なら急いで帰れ。早く帰って武勇伝を話してやれ」
「僕は何もしてないですけどね」
そう言って別れの挨拶をすると、イオリさんが何処からか革の袋を取り出し、中から銀色に光る物を取り出した。
「とりあえず、今日の報酬だ」
「え? ぎ、銀貨……?」
僕が驚いて顔を上げると、イオリさんはそっぽを向いて鼻を鳴らした。
「ふん。誰かさんが馬車の馬に嫉妬してたからな。せめて同じくらいは払ってやるさ。労働基準局に訴えられても嫌だしな」
「は、はは……もう、意味が分からないですよ」
僕は銀貨を受け取りながらそう答えた。でも、緊急依頼に同行したのだから、僕にもこれくらいは貰える権利があるのかもしれない。
少し自信を持って、僕は銀貨を握り締めた。
「……ありがとうございます! これで家族に何か買って帰りますね!」
「おう。明日は昼前くらいで良いぞ」
イオリさんのその何気無い一言で、僕は銀貨を貰った時よりも遥かに高揚した。
「よ、宜しくお願いします!」
明日も、イオリさん達と一緒だ。
僕は大喜びでイオリさんとエレレトさんに手を振り、帰宅した。
途中でお肉を買い、お酒も買った。安い果実酒だけど、いつに無い贅沢だ。
路地の裏に入り、ボロボロの家々を抜け一部が砕けたり剥がれたりしている石畳の道を進む。
細く暗い道だが、僕のうさ耳には何の問題にもならない。
真っ直ぐ進むと、誰かが息を潜めて隠れてる。衣擦れの音や、呼吸音がかすかに聞こえる。
僕は静かに方向転換し、また違う道で家に向かう。
この辺りは治安が悪く、泥棒や強盗は日常茶飯事だ。たまに人が死んでいることもある。
音を立てないように、そっと僕は家路を急いだ。いつもと違う音もあるが、大丈夫だろう。
暫く進んでようやく帰り着き、僕はドアを開ける。
「ただいまー」
僕がそう言うと、誰もいない部屋の中で物音がした。月明かりに照らされた部屋の中には棚と机。後は藁を敷き詰めたベッドくらいしか無い。
その棚が独りでに動き、後ろから小柄な人影が姿を見せる。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「ただいま、エリヤ」
いつもの白っぽい一枚服に、白くて長い髪と長いうさ耳。我が妹ながら綺麗だけれど、どこか消えてしまいそうな儚さがある。
兎獣人の聴力を活かし、誰かが近付いたら隠れるように言っている為、僕が帰った時はエリヤはいつも棚の後ろに作った穴に身を潜めている。
いつも通り、普段と変わらないエリヤだ。エリヤはこちらに歩いてきて、僕の持っている物に気がついた。
「お兄ちゃん、それどうしたの?」
「買ってきたんだ。お肉と葡萄酒だよ」
「凄い!」
エリヤは思わずといった様子で大声を出し、咳き込んだ。背中を丸めて苦しそうにするエリヤに、僕はすぐに手を伸ばす。
背中を撫でていると、少しずつ落ち着いてきたエリヤが笑顔を浮かべた。
「ありがとう、お兄ちゃん。もう大丈夫だよ」
「エリヤは身体が弱いんだから、あまり急に動いたりしちゃダメだよ?」
「もう、子供じゃないのに」
エリヤは困ったように笑うと、ベッドの方へ行き、そっと横になった。
「楽になった?」
「うん」
僕はエリヤの返事を聞きながら鞄からお肉を取り出した。燻製にされた保存用のお肉だけど、やはり良い匂いがする。
お肉を切り分け、葡萄酒を木を削って作ったコップに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「わぁ、美味しそう」
弾むような声を出し、エリヤはお肉に手を伸ばした。それを眺めながら、僕も自分の分を用意して、口に運ぶ。
ギリリと噛み締め、堅い肉を千切っていく。うん。ドラゴンの肉よりだいぶ柔らかい。
エリヤを見ると、しっかりと噛んでお肉を食べていた。
これなら、食べてくれるかもしれない。
そう思い、エリヤに顔を向けて口を開く。
「……今日は、緊急依頼っていう依頼のお手伝いをしたんだ」
「緊急依頼?」
「うん。森の浅い所にゴブリンがいて、凄い冒険者の人に助けてもらったって話、覚えてる?」
「イオリさんって人の話だよね」
「そう。その人とエレレトさんって人と、後三人の凄い冒険者の人達と、森の奥に調査に行ったんだ」
「何でお兄ちゃんが?」
「イオリさんの荷物持ち……って、そこは良いの」
僕が目を釣り上げてそう言うと、エリヤはクスクスと笑った。
「もう……それで、森の奥に入ったんだけど、そこでヒドラっていう凄く大きな魔物に出会ったんだ」
「お、大きな魔物? 大丈夫だったの?」
「うん。それが、凄く怖い魔物なのに、イオリさん達があっという間に倒しちゃってさ。そこで、魔物のお肉を食べたんだ」
「お肉? あ、もしかしてコレ?」
「いや、それは違うんだけどね」
苦笑しながら、鞄からヒドラの肉を取り出す。焼いた後暫く経っているから、もしかしたら更に硬くなっているかもしれないが。
「食べてみてくれる?」
「うん。お兄ちゃんの頑張った証だもんね」
「荷物持ちだけどね……」
僕はわざとらしく落ち込んだふりをしながら、肉をエリヤに渡した。
エリヤは楽しそうに笑いながら、肉を受け取る。
「あはは。でも、頑張ったんでしょ? ありがとう、お兄ちゃん。お肉、食べてみるね」
そう言って、エリヤはお肉を口に入れた。
暫く口の中でモゴモゴとやっていたが、眉を垂れさせてこちらに顔を向ける。
「堅いぃ……」
「端っこだけでも、無理かな?」
「……あ、少しだけ食べれたかも」
「ほんと?」
そんなやり取りをして、エリヤはお肉を口から出した。
「凄く堅いんだね、魔物の肉って」
申し訳なさそうにそう呟いたエリヤに、僕は苦笑しながら頷く。
「でも、これで少しはエリヤの身体が強くなるといいなぁ」
そう口にすると、エリヤは柔らかい微笑みをこちらに向けた。
「きっとなるよ。お兄ちゃんがくれた魔物の肉を食べたんだもの」
「そうだね……なにせ、ドラゴンの肉だし」
「へ?」
僕の一言に、エリヤの目をお皿のように丸くなった。
二人目のヒロイン…!
ここに見参…!