第8話【街に帰ると…】
景色は暗くなり、空には星々が薄っすらと見え始める。
街では衛兵や冒険者達が緊張感を持った表情で動き回り、一部の商人や住民は街から出ようと荷造りを始めていた。
そこへ、門の上から街の外を見張っていた衛兵の声が響き渡る。
「冒険者達が帰って来たぞ!」
その大きな声は夜の街に良く響き、冒険者ギルドや衛兵の詰所以外からも人が顔を覗かせた。
森の浅い部分に調査に行った冒険者達は既に戻っていた為、残っているのは高ランクの冒険者達だけである。
「お、大きな魔物の死体を運んでるぞ!」
故に、その追加情報が下された途端、冒険者達はどよめいた。
開門の合図と共に巨大な門がゆっくりと開き、豪華な馬車とその周囲を囲む冒険者達の姿が現れた。
そして、奥には不機嫌そうに台車を引っ張るイオリの姿もある。
「おいおい、そりゃあドラゴンか? しかも二体?」
さしものハルトも目を丸くして驚き、馬車の中から突き出した二つのヒドラの頭を眺めた。
「双頭のヒドラだ。ちょうど脱皮したてで動きが鈍くて助かった」
馬車を操るセグダディがそう告げると、ハルトは低い声で唸る。
「脱皮したばかりとはいえ、ヒドラとは……本来ならAランク四人でようやく……」
「Aランクといってもピンキリだし、ドラゴンだって同じだろ? そんな話より、早く素材を持っていってくれ」
ハルトの言葉を遮り、面倒臭そうにイオリがそう言った。
すると、ハルト達の視線も馬車の後ろにいるイオリへと向けられる。
「な、なんだ!? 全部持って帰って来たのか!?」
ハルトのそんな台詞に、イオリは腕を組んで鼻を鳴らした。
「ああ。結局、俺が運ぶ羽目になったんだから、素材は半分俺のだよな?」
イオリがそう言うと、セグダディは困ったような笑みを浮かべる。
「や、いやいや、イオリの旦那。み、皆で倒したんだから、きっちり分けましょうよ。あ、エレレト殿に三割分けてから……」
「えー。エレレトは首切り落としただけだしなー」
「いや、それが決め手ですからね、旦那!」
何処かぎこちないセグダディの言葉に、イオリは嫌そうな顔で頷く。
「仕方ねぇなぁ。俺達だけじゃ厳しかったのは確かだし……」
イオリが引き下がると、イエルミエルが押し黙ったまま顎を引き、目を細める。
そして、皆の様子を眺めていたハルトが両手を打ち合わせて大きな音を立てた。
「よっしゃ! とりあえず、今回の騒動の原因らしき大物は討伐出来たんだ! おら、野郎ども! ヒドラの素材を切り分けるぞ! セグダディ達は一旦俺と来い!」
ハルトの仕切りで、場は動き出す。冒険者ギルドの職員と共に冒険者達は珍しいヒドラの素材に群がり、衛兵達は町民に説明をする為に走った。
ハルトとイオリ達が冒険者ギルドに行くと、ギルドには青い鎧を着た兵士達と、豪華な衣装を着た壮年の男が待っていた。
白髪混じりのダークブラウンの髪を後ろに撫で付けた、鋭い目つきの男だ。
わざわざ酒場の部分のテーブルと椅子を壁際に追いやり、真ん中に豪華な椅子を一脚置いて座っている。
その男を見て、ハルトが口を開く。
「ヘルエムメルク卿。恐らく、大氾濫はありませんぞ」
ハルトが端的な報告をすると、ヘルエムメルク卿と呼ばれた人物は目を細めて顔を上げた。
「なに? では、原因は突き止めたのか。ふむ……その者達が森の奥を調べた高ランクの冒険者達だな」
ヘルエムメルクは落ち着いた声音でそう口にすると、ゆっくりと全員の顔を確認する。
そして、一点に視線を縫い付けられた。
「……そこの見事な赤い髪の美女は、Aランク冒険者のエレレト殿、か」
ヘルエムメルクに名を呼ばれ、エレレトは背筋を伸ばす。
「……Aランク冒険者のエレレトです。ヘルエムメルク侯爵閣下」
エレレトが様子を窺うようにそう告げると、ヘルエムメルクは息を吐くように笑い、首を左右に振った。
「安心したまえ。初対面だよ、エレレト殿。私が一方的に知っているだけだ」
ヘルエムメルクがそう答えると、エレレトはホッとしたように小さく息を吐いた。
ヘルエムメルクはハルトに視線を戻すと、口の端を上げて声をかける。
「流石はハルト殿。まさかエレレト殿を招集していたとは……そのお陰で、被害は最小限に抑えられた、か?」
「まぁ、エレレト殿がこの街にいたのは偶然であったのだが、確かにそのお陰で被害は殆ど無いに等しい結果となりした」
「それで、原因とは?」
「まだ確定ではありませんが、双頭のヒドラが森の奥で発見され、この者達に討伐されております」
「なんと、ドラゴンか……! それは確かにゴブリンやオークの群れ程度、逃げてくるというもの」
ヘルエムメルクがそう言うと、ハルトは深く頷く。
「ヒドラは単独であり、大型です。その場でほぼほぼ余すことなく素材を切り分けていることを考えても、それ以上の脅威が近くにいたとは考えられませんな」
「はは、その場でヒドラを切り分けたのか。流石はエレレト殿、剛毅なことだ。確かに、大型のドラゴンを切り分ける時間、血の臭いを撒き散らして何者にも襲われなかったのなら、間違い無くヒドラ以上の脅威はいないだろう」
そう言って笑うヘルエムメルクに、セグダディが頬を引攣らせてイオリに目を向けた。しかし、イオリは何故か一人だけ残っている受付嬢に手を振っていて、セグダディの視線には気付いていないようだった。
「とはいえ、原因がヒドラで確定した訳ではないでしょうからな。後一週間、彼らには緊急依頼として森の探索をお願いしようと思っていますが……」
「えー、一週間もかよ?」
ハルトの台詞を遮るようにイオリが不満の声を上げた。エレレト以外の他の冒険者達がギョッとした顔でイオリに顔を向ける中、ヘルエムメルクは声を出して笑う。
「はっはっはっは! 中々素直だな! 若い頃のハルト殿を思い出す!」
「おい、ヘルエムメルク卿」
「いや、悪い悪い。安心せよ。緊急依頼は領主が半分、冒険者ギルドが半分用意する決まりだが、今回は追加で私が報酬を上乗せしよう。本来ならヒドラ退治に騎士団を派遣せねばならんところだ。それでも安すぎる」
ヘルエムメルクがそう言うと、イオリは盛大な溜め息を吐き、肩を竦めた。
「仕方ないな。その代わり、ヒドラの素材はこちらが必要な分を分配してからしか売らないぞ。特にドラゴンの皮と鱗が欲しいからな。あ、肉なら全部売ろうか?」
イオリがそう言って笑うと、ヘルエムメルクはまた噴き出すように笑った。
もちろん、他の冒険者達は血の気が引いた白い顔で二人を見ていたが。
「……お肉、そんなに美味しくなかったかな?」
そんな状況で真剣な顔でそんなことを口にするミトラも、ある意味で大物だった。
次かその次の話で最後のメインキャラが出る…筈!