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第5話【緊急依頼】

「え、エレレト……って!? あ、あの、エレレトさん!?」


「あの、というのはどういう意味なのか、詳しく教えてくくれる?」


 ミトラの台詞に目を鋭く細めるエレレトに、イオリは口の端を上げる。


「怖いんだって。いつも無愛想だから。多分、あだ名は鉄の女だな」


 エレレトがイオリを不機嫌そうに睨む姿を横目に、ミトラは小さな声でイオリに問い掛ける。


「な、なんでエレレトさんが……? お知り合いですか?」


「ん? まぁ、申請も何もしてないけどクランみたいなもんだよ」


「え? あのエレレトさんと……?」


 ミトラは目を丸くして驚いた。


 クラン。少人数ならばパーティーとも呼ばれる冒険者同士で協力関係にある集団のことである。


 冒険者稼業は怪我をして一定期間以上働けなくなることもある為、冒険者ギルドに登録した同クラン内の者達は全員が同様に暮らしていけるよう均等に報酬が分配される。


 これは冒険者ギルドを通して行われる為、違う街にいるクランの仲間にも適用される。


 この性質上、クランは基本的に同等のランクの者達が集まり、クラン内で年間でのノルマなどを設けるところが多い。


 尚、多くのクランでは互助会のような役割も付け足しており、クラン内の誰かが亡くなった場合、他の誰かが死亡者の葬式を行い、遺族に死亡者の金品や遺品を届けることになっていた。


 いつ死んでもおかしくない冒険者という仕事柄、殆どの者はDランクになったら身近な者とクランを作り、ギルドに申請している。


 ただ、ミトラはまだ薬草採取などしか出来ない駆け出しなので、クランには属していなかった。


「そ、その……僕もクランに……あ、いや、何でもありません」


 イオリの視線を受けて、ミトラは口籠る。


 クランに入るには、各クランの年間の報酬のノルマを稼げることが最低条件であることが殆どである。


 故に、ミトラは言い出す前に諦めたのだった。


 それを見て、イオリは肩を竦めてから歩き出した。街にはもう知れ渡っているのか、行き交う人々が忙しない。


「何処へ行くんですか?」


 ミトラが心配そうに周りを眺めながらそう尋ねると、イオリは大通りを指差して口を開いた。


「とりあえず、宿を予約しとかないとな。なにせ近々街を出るつもりだったから、馬車を手配してる最中だったんだよ。馬車は森に行くまで使うから良いが、宿が無いのは困りそうだ」


「……宿? え? この街から出るんですか?」


 ミトラが驚くと、イオリがあっさり頷く。


「おう。まぁ、この手の緊急依頼なら多分一週間以内には片がつく。そしたら次の街に行くぞ」


「そ、そうなんですか……」


 落ち込むミトラを見て、イオリが笑いながら肩を叩いた。


「安心しろ。緊急依頼でしっかり稼がせてやるさ」


 イオリがそう言っても、ミトラの表情は優れなかった。その横顔をエレレトが無言で眺め、首を傾げる。


「……やっぱり女の子?」







 次の日、準備を終えた冒険者達がギルドの前に集まると、ギルドからハルトが出て来て檄を飛ばした。


「今回は調査だ! 無理はするな! だが、詳しく普段との違いを調べて来い!」


 ハルトが依頼内容を口にすると、冒険者達が威勢の良い返事をする。


「おー……」


 そんな中でイオリが気の抜けた返事をすると、周りにいる冒険者達が抗議するような目で睨んだ。


「い、イオリさん……睨まれてます……」


 睨まれた当人に代わって萎縮するミトラがそう口にするが、イオリは気にせずにエレレトを振り返った。


「よし。そんじゃ高ランク組は俺の馬車でいくか。乗り合いだ。ようこそ、イオリタクシーへ。初乗りは銅貨八百枚」


「高いっ!?」


 イオリの台詞にミトラが驚愕すると、それを見ていた女が腹を抱えて笑い出す。軽装の革の鎧を着た、頭の上から犬のような耳を生やした女だ。


「あっはっはっは! ほんと、イオリさんは意味分かんないこと言うよね!」


 女がケラケラと笑っていると、耳の長い金髪の男が眉根を寄せた。まるで人形のように整った顔立ちと華奢な身体が特徴の種族でエルフと呼ばれる者だ。


「……この街に来て一年も経たないBランクが何を偉そうに。指揮を執るなら一番ランクが上の者がしたほうが納得出来るというものだろう」


 エルフがそう告げると、エレレトが腕を組んで首を捻る。


「私に指揮を執れ、と言っているように聞こえるが、私はいつも単独で行動していたから、あまりそういうことは得意じゃないのよ」


 エレレトのそんな台詞に、エルフはそっと息を吐いて周りを見た。視線の先には鈍い銀色に輝く鎧を着た男達の姿がある。


「エレレト殿がそう言うなら無理強いは出来ないが、それなら私はセグダディ殿を推す。最もこの地域に詳しいセグダディ殿が一番良いだろう」


「いやいやいや、俺はイオリの旦那で良いと思うぞ。一つの街に引きこもってる俺より、色々な街で依頼をこなしてきた旦那の方が経験が……」


 セグダディと呼ばれた髭面の男がそう言うと、イオリが口を尖らせて顔を背けた。


「ご指名だぞー。セグダディがやれー。俺はどうせ外様だからドラクエみたいに後ろから黙って付いていくから気にすんなー」


「ほら見ろ、イエルミエル! 旦那が拗ねちまったじゃねぇか!」


「……セグダディ殿、本気でそのイオリという大人げ無い者に指揮を任せるのか? これは緊急依頼だぞ?」


 エルフの男、イエルミエルがそう尋ねると、他の冒険者達が顔を見合わせ、頷く。


「俺は旦那で良いぜ」


「私もー」


 セグダディ達のその言葉に、イエルミエルは訝しそうにイオリを一瞥し、深く溜息を吐いた。


「皆が良いなら、私も文句は無い」


 高ランク冒険者達のそんなやり取りに、ミトラがオロオロと怯えているのだった。






 黒い毛並みの大きな馬の見事なたてがみを眺めながら、ミトラは口を開く。


「……なんか、凄く立派な馬車ですね……」


 ミトラがそう呟くと、馬車の椅子の部分に座ったイオリが仏頂面で首を左右に振った。二頭立ての箱型馬車の中にはイオリとエレレトを含む六人の冒険者が座っていたが、まだまだスペースには余裕があった。


 だが、イオリは不満そうである。


「タイヤが悪い。思い切り地面の凹凸を拾うし、車輪は軋むし……やっぱり石橋さんのタイヤが一番だろ」


「こ、この馬車によく文句が言えるな……」


「相変わらずよく分からないこと言ってるなぁ、旦那は」


 イオリの発言に、馬車の中から他の冒険者が口々に文句を言う。


 エレレトは苦笑しながら綺麗な馬車の壁や天井の部分を見回した。


「貴族が使うような良い馬車ですよ。一日で銀貨一枚取られるんですからね」


 エレレトがそう告げると、ミトラが悲しそうに馬を眺める。


「……僕よりお金を稼いでるんですね、このお馬さん……」


 ミトラの虚しい呟きに、同乗者は誰も言葉を発することはできなかった。



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