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第4話【エレレト登場】

 受付嬢のところにミトラが向かうと、受付嬢は目を輝かせてミトラを見た。


「あ、ミトラ君!」


 名を呼ばれたミトラは軽く会釈をしながら受付嬢の前に立ち、そっとオークの牙を二つ置いた。


「あら? これは、オークの牙?」


 受付嬢がそう呟くと、ミトラは視線を泳がせつつ口を開く。


「と、と、討伐報酬が欲しい、んです、けど……」


 そんな怪しさ満点のミトラの台詞に、受付嬢は目を細めてミトラの背後を見た。壁の近くにある掲示板の前では、わざとらしく貼り出された依頼の紙を眺めるイオリの姿がある。


「……ミトラ君が倒したの?」


 受付嬢が優しい声でそう尋ねると、ミトラは冷や汗を流して硬直した。


 そして、勢い良く頭を下げる。


「ご、ごめんなさい! 倒したのはイオリさんです!」


 ミトラが白状すると、遠くでイオリが笑い、受付嬢は柔らかく微笑んだ。


「……それじゃあ、オークはイオリさんの討伐記録に残しておきますね」


「はい……本当にごめんなさい……」


 しょんぼりと肩を落とすミトラに、受付嬢は息を漏らすように笑う。


「ふふ。悪い先輩に入れ知恵されたみたいだけど、腕は確かだと思いますし、頑張って色々と教えてもらうと良いですよ。応援してますから。さ、こちらをどうぞ。二階に持って行って報酬と交換してもらってください」


「え? あ、えっと、は、はい!」


 よく分かっていない様子で返事をしたミトラは、受付嬢から木の板を受け取って二階に向かって行った。


 イオリがその背中を目で追っていると、その後ろから小柄な人影が姿を見せる。


「イオリさん」


 少し低めの落ち着いた女の声を聞き、イオリは返事をしながら振り返った。


「予定より随分と早かったんですね」


「ああ、思いの外早く終わったからな。それより、お前もかなり早いんじゃないか? エレレト」


 イオリがそう口にすると、エレレトと呼ばれた女は薄く笑った。


 二十歳前後に見える若い女である。燃えるように赤い髪を肩の高さまで伸ばしていて、癖っ毛なのかピンピンと左右に跳ねていた。服装はイオリよりも革を多く用いた茶色のは軽鎧と、黒い革のグローブとブーツを履いている。細く小柄に見えるが、女性らしい丸みがあることがシルエットから見てとれた。


 イオリが名前を呼ぶと、エレレトのことをイヤらしい目つきで見ていた他の冒険者達が慌てて顔を背ける。


「あ、あぶねぇ……あれが戦火姫(せんかひめ)かよ……」


「馬鹿! その名で呼ぶなっての……!」


 そんな声が静かなギルド内で響き、エレレトの細い眉がピクリと動いた。


「すっかり有名人だな」


 イオリがそう言うと、エレレトは半眼になって首を左右に振る。


「Aランク冒険者だからでしょう。この街にはあまりAランク冒険者がいないみたいですから」


 エレレトが澄ました顔でそう言うと、イオリは苦笑して生返事をした。


「そうか。それで、準備は出来たか?」


「はい。後は馬車を用意して……」


 イオリとエレレトがそんな話をしていると、二階から重い足音が聞こえてきた。


 階段から顔を出したのはハルトである。ハルトは冒険者達の顔を順番に眺め、口を開いた。


「緊急依頼だ! 野郎ども! 全員の顔は覚えたからな! 黙って逃げたりするんじゃねぇぞ!?」


 ドスの利いた声を張り上げてハルトがそう告げると、ざわざわと戸惑う声が響いた。


 そして、誰よりも嫌そうな顔をしているイオリに目を向け、ハルトは白い歯を見せる。


「特に、お前は逃さんぞ?」


「……何でだよ」


 ハルトの台詞にイオリが辟易したようにそう呟くと、エレレトがイオリの後ろでそっと口元を手で隠しつつ笑った。


 ハルトは皆が自分に注目していることを確認すると、咳払いを一つして口を開く。


「……先程、ある冒険者から情報が入った。東の森で、ゴブリンやオークの類が大量に出現しているらしい。住処を追われた低級の魔物が森の浅いところまで出てきているだけなら良いが……もしかしたらもしかするかもしれん」


 ハルトがそう口にすると、冒険者の一人が息を飲んだ。


「だ、大氾濫……」


 その言葉は、まるで水面に生じた波紋のように周りに広がっていく。


「だ、大氾濫だと……?」


「マジかよ。東の森って確か、ローム大森林だろ? あそこから溢れるってどんだけの……」


 口々にそんなことを口走る冒険者達。それを見て、ハルトが目を細めた。


「ふむ……ゴブリンやオーク如きになんと情けない。昔なら、誰が一番討伐するか賭けをして盛り上がったもんだがな」


 ハルトがそう言ってわざとらしく肩を竦めて見せると、何人かの冒険者がムッとした表情で顔を上げた。


「さて、ゴブリンが怖い腰抜け冒険者は放って置いて、緊急依頼を告知するとしようか。まずは、東の森の浅い部分を広範囲に偵察する者、十名。そして、Bランク以上の者数名で森の少し奥を調べて来て欲しい」


 そう言ってハルトがイオリに目を向けると、イオリは顔をしかめる。


「……此処にいるだけでBランク五名にAランク一名か。十分だな」


「ゴブリンが怖いから嫌だ」


「バカ言え、ぶっ飛ばすぞ」


 イオリの呟きはかなり小さな声だったのに、ハルトは素早くイオリの方を向いて文句を言った。


 ハルトの文句に、イオリは両手を挙げて首を振る。





 皆が緊急依頼と、大氾濫に備える為に冒険者ギルドから飛び出していく中、イオリとエレレトはゆったりと外へ出た。


「くそ、段取りをミスったな。早めに動いていれば捕まらなかったのに」


 イオリが悔しそうにそう言うと、エレレトが呆れたように笑う。


「どうせ、近日中には次の街に行く予定だったのですから、最後に依頼を受けても良いじゃないですか」


「間違えたらAランクに昇格してしまうじゃないか」


「もう諦めた方が良いと思いますけど……どの街のギルドに行ってもギルドマスターに目を付けられてますし、隙あらば昇格試験をねじ込んできますよ」


「昇格試験って無理矢理ねじ込まれるようなものだっただろうか……何かが間違っている」


 エレレトの台詞にイオリが腕を組んで唸ると、ギルドからミトラがそっと出て来た。


 そして、イオリの姿を見て顔を上げる。


「イオリさん!」


 ミトラが笑顔で走ってくると、エレレトが一番に反応した。


「……また新しい女の子を引っ捕まえてる」


 汚いモノを見るような視線をイオリに向けながらエレレトがそう言うと、イオリが鼻で笑ってミトラを指差した。


「捕まえたんじゃない。勝手に寄って来るんだ。アランドロンと呼んでくれ」


「何ですか、その人」


「超イケメン。元祖イケメン。モッテモテのイケメン」


「……新しい魔術の詠唱ですか?」


 妙な会話をしている二人に、ミトラが恐る恐る声をかける。


「あ、あの……これ、オークの討伐報酬です」


 ミトラがそう言って銅貨六枚をイオリに差し出すと、イオリは首を左右に振って受け取りを拒否した。


「いらんいらん。こちとらBランク冒険者だぞ。ガチで金が無い時、本気で働けば一日に金貨一枚稼げるんだ。気にせずに受け取っておけ」


 イオリがそう言うと、ミトラは目を丸くして手のひらの上の銅貨を見た。


「で、でも……」


 ミトラが泣きそうな顔で俯くと、エレレトが曖昧に笑った。


「……良いコね。本当に気にしなくて良いわよ。イオリさんは本気出したら一日に金貨百枚くらい稼げるから」


「ひゃ、ひゃくっ!?」


「おい、アホなこと言うなよ」


「嘘は吐いてないと思いますけど」


 イオリとエレレトのやり取りを唖然とした顔で見上げていたミトラだったが、やがて真面目な顔になると、深く頭を下げて口を開いた。


「お、お願いします! ぼ、僕を弟子にしてください!」


 ミトラのその言葉に、イオリは静かに微笑む。


「却下。荷物持ちとして緊急依頼の間だけ雇ってやるくらいなら良いぞ」


「そ、そんなぁ……!」


 イオリの笑顔とミトラの泣きそうな顔を交互に見て、エレレトは眉根を寄せた。


「……イオリさんが優しくない。ということは、そのコは、男の子? でも、兎獣人の男の子なんてかなり珍しい筈……」


 エレレトはミトラの顔を暫く観察するのだった。



もう一人ヒロインがいます。

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