第24話【イオリの激おこ】
「うわぁ、エリヤ! エリヤ!」
血の雨が降り注ぐ中、ミトラが足を失ったエリヤの下へ走った。地面に落ちて苦悶の声を上げるエリヤに、ミトラが縋り付くようにして両手を伸ばし、エリヤの切断された太ももに触れる。
「ち、血を、血を止めないと……!」
血にまみれながら足に布を巻きつけるミトラに、エリヤが辛そうに微笑んだ。
「だ、大丈夫。お兄ちゃん。生きてただけ良かったよ」
「な、治るよ、エリヤ! 足だって、足だって治せる! 身体も良くなる! 大丈夫だから!」
ミトラが必死に励ましながらエリヤの足を抱き抱えていると、エリヤは地面に身体を倒し、ミトラを見上げる。
その目から涙が溢れた。
「……エリヤは子供じゃないんだよ、お兄ちゃん。ドラゴンには乗れないし、切れちゃった足だってくっ付かないんだよ。ドラゴンに乗れるのは物語の王子様だけ。足を治せるのは王様や貴族の人達みたいにお金を持ってる人だけ」
淡々とそう呟き、エリヤは無理矢理笑顔を作り、笑い声を出す。
「は、はは。大丈夫だってば……だって元々そんなに沢山動けなかったんだもん。足が無くたって、足が……」
泣き笑いだったエリヤの顔が、悲しそうに歪んだ。肩を震わして、自らの足に手を添える。
「……な、なんでこんな……辛いよ、お兄ちゃん。もしかしたらって……思えたのに……!」
そう言って、エリヤは顔を腕で覆って泣き出した。
その横を険しい表情で通り過ぎ、エレレトが剣を抜く。
薄暗い路地で、銀色に光る剣と血に塗れた剣が交錯した。硬く耳に痛い金属の衝突音が響き渡り、イオリの剣が止まる。
片手で切り上げようとした剣を、エレレトが両手で握る剣を使い、下向きに押さえつける。
片手であり、なおかつ力の入り辛い体勢のイオリだったが、エレレトは全身の力を使ってもなお力負けしていた。
「退け、エレレト!」
「ど、退きません!」
恐ろしい形相のイオリに、エレレトは懸命に喰らい付く。徐々に持ち上がっていく剣に歯を食い縛りながら、エレレトはイオリの目を正面から睨んだ。
「また皆殺しにする気ですか!?」
エレレトはそう言うと、自分を睨むイオリの額に頭突きをする。鈍い音が鳴るほどの勢いで頭を合わせ、エレレトが怒鳴った。
「後で傷付くのはイオリさんでしょう!? 退かせてみなさい! 今の私なら、貴方を止められる!」
剣と剣を合わせたまま膠着し数秒、イオリはエレレトから視線を外した。
そして、エレレトの剣を横に逸らし、踵を返す。急に抵抗が無くなってたたらを踏むエレレトを尻目に、イオリは深く息を吐いた。
「……ふん。こんなことなら鍛えなけりゃ良かったよ」
イオリがそう言い残すと、エレレトは膝から崩れ落ちるようにしてその場に座り込んだ。
座り込むエレレトの奥では、何とか死なずに済んだ二人の男が死体の山を乗り越えて逃げていく。
イオリは泣き叫ぶミトラと、血の気の引いた白い顔で空を見上げるエリヤの下へ向かった。
「イオリさん! 早く、早く助けて!」
ミトラが叫ぶと、イオリは深刻な顔で頷き、二人の隣で片膝をつく。
「……すまない。遅くなった」
酷く哀しげな声でそう言うと、イオリは落ちたエリヤの足を拾い上げ、手元に置く。
「退いてくれ」
イオリはそう呟くと、エリヤの足を抱いていたミトラを押し退ける。そして、血止めの布を取り去って切断された足の断面と断面を合わせた。
ぼんやりとしていたエリヤが痛みに声を漏らす。
「後で、好きなだけ俺を殴れ」
イオリはそう言うと、ブツブツと何か呟いた。その言葉を聞いている内に、ミトラの目が見開かれていく。
「い、イオリさん、それは……!」
ミトラが驚愕する中、イオリの手とミリヤの脚がぼんやりと白く光り出した。
光は傷を包み込み、自ら発光するように強く輝く。やがて、光はエリヤの全身を包んだ。体の隅々を光の線が走り、エリヤの肌の表面に不思議な紋様を描く。
しばらくして光が弱まっていくと、皆がエリヤの体の変化に気がついた。
「……ん……」
目を細めていたエリヤが、眠りに落ちるように身体の力を抜き、気を失った。
静かに寝息を立てるエリヤを、ミトラは信じられないものを見るような目で見た。
「……脚が治ったのは良かったが……」
イオリはそう言ってエリヤの傷跡も無い綺麗な足を見て、次にエリヤの顔を見る。
白かった髪やうさぎの耳は、見事な黄金の色に染まっていた。光が形になったような輝く黄金色に、皆が困惑したように押し黙る。
だが、ミトラは涙を流し、エリヤの頭を優しく撫でた。
「……生きてる。良かった……」
そう呟き、ミトラは静かにエリヤの頭を撫で続けた。
次の日、宿屋の一室でエリヤが目を開け、寝らずにエリヤの様子を見続けたミトラが顔を上げる。
「エリヤ……」
そっとミトラが名を呼ぶと、エリヤは顔を横に倒してミトラを見た。
「……お兄ちゃん?」
エリヤの頭を見たミトラは目を瞬かせる。
エリヤの目は深い緑色に変わっていたのだ。乱れた金色の髪をそのままに、エリヤは上半身を起こした。
そして、そっと自分の足を見る。そこには、怪我一つない足があった。
「……私の足」
エリヤは心の底からホッとしたように胸に両手を当てて息を吐く。
その時、ふとエリヤは顔を上げた。
「あれ?」
エリヤはそう呟くと、急にベッドから下りて立ち上がる。
「え、エリヤ……危ないから急に……」
慌てるミトラに顔を向け、エリヤは自分の足を見下ろす。
「お兄ちゃん……治っちゃった……」
「う、うん。イオリさんが治してくれたんだよ。僕も驚いたよ。それよりも、とりあえずそこに座ろう?」
ミトラがそう言うと、エリヤは顔を左右に振ってから顔を上げた。
「違うよ、お兄ちゃん! 私の身体が全部治ったの! 凄いよ! 身体が浮きそうなくらい軽いんだよ!?」
興奮したエリヤの言葉に、ミトラは飛び上がって驚く。
「ほ、ほんとかい!?」
「うん! どうしてだろう……あのお薬が効いたのかな?」
「分かんない! でも良かった! 良かったね、エリヤ!」
不思議そうなエリヤに抱きつき、ミトラが飛び跳ねて喜んだ。
部屋の外では、涙ぐむエレレトが嗚咽を漏らしており、イオリは静かに微笑んでいた。
「……良かった」
「ああ。それにしても金髪になって、ようやく千神酒の効果が……? どういうことだ」
「良いじゃないですか。今日はご馳走を食べましょう」
「……まぁ、そうだな。中々食べれないものを探してみるか」
「はい!」
二人は笑いながらそんな会話をして、宿を後にした。
ネタバレ
裏設定ですが、エリヤの状態について。
エリヤの病気はゲーム的なファンタジーならではといったものとして考えました。
もし、HPとMPがあるとしたら、HPはエネルギーで、身体がエネルギータンク。心臓や脳がエンジン。
なので、全身を血管のような管が走り、エネルギーが行き渡っている。腕を切り落としたらその分のエネルギーが失われる為ダメージ大。
そう思うと、HPが少ない人はエネルギーも少ないので虚弱体質。エネルギーを通す管も細くて弱い。
エリヤが千神酒を呑んでも効果が薄かったのは、エネルギータンクが少なくてエネルギーを運ぶ管も細いからです。
しかし、今回のイオリの極大の回復魔術をその身に受け、普通の人以上に大量のエネルギーが身体を駆け巡り、管も強制的に太く、強くなりました。
その為、千神酒の効果が一気に出た、というイメージですね。
尚、髪の色を変えたのは【スーパーイリヤ】のタイトルを考えた時からやりたかった金髪の超人への変化です。ごめんなさい。
ちなみに、ゲームでは定番の防御力ゼロの速度過多キャラクターは除外して考えています。
長々と語りまして、申し訳ありません。
基本コメディーよりでいきますので、最後は皆幸せになりますのでご安心ください。




