第23話【転】
旅の準備の為に商会を訪ねたイオリ達に、以前知り合った商人の男が満面の笑みで声をかけてきた。
「おぉ、エレレト殿にイオリ殿! それに可愛いお二人さん!」
「可愛いって……僕もか」
一人そっと落ち込むミトラに気が付かず、商人はエレレトとイオリを交互に見た。
「聞きましたぞ! あのドラゴンの棲む山に行くとか! 出来たらあの山に自生するワシ花とオオバナコ花とシテイ石という鉱石を……」
「もう行ってきたぞ」
「え!?」
興奮しながら語り掛けてくる商人の言葉を遮ってイオリがそう言うと、商人は目を剥いて驚いた。
指を折りながら何かを数え、目を丸くしたままイオリを見る。
「……最短で計算しても山に着いて直ぐに帰るくらいの日数ですが」
「計算合ってるじゃないか」
「合ってる……うん、そうですな。確かに日数は……ん? 合ってるか?」
イオリの言葉に自問自答しながら頭を捻る商人に苦笑しながら、イオリは商会の建物の奥を指差す。
「とりあえず、旅に必要な物を買いたいんだが」
「お、おぉ! これは申し訳ない! ささ、こちらへどうぞ! もうすぐSランク冒険者のエレレト殿とイオリ殿が参りましたぞー!」
「やめんか、恥ずかしい!」
怒鳴るイオリと上機嫌に笑う商人と共に、苦笑するエレレト達が建物の中へと足を踏み入れる。
その様子を、陰から観察する者達がいた。
「先に入った方、もしや兎獣人の男か?」
「恐らく。冒険者のようでしたが」
返事を聞き、馬車の中の男が唸った。灰色の髪を後ろに流した中年の男である。豪華な刺繍が施された白い服に身を包み、胸には菱形の銀のペンダントが光っていた。
馬車は豪華な作りの白い箱型馬車だ。二頭立てのその馬車の周囲には十人を超える兵士達がおり、街中にあって異様な雰囲気を出していた。
周囲には住民も近付いておらず浮いているが、その集団は気にした様子もない。
外を睨んでいたその男は、同じ馬車の中で座る少女に目を向け、口の端を上げた。
「兎獣人の女は三人持っているが、男は極めて珍しいな」
男がそう口にすると、少女は華奢な肩をすぼめて身を小さくした。白いワンピースを着た少女の頭には、茶色のうさぎの耳が生えていた。
少女が指先を震わせるのを見て、男は引き攣ったように歪んだ笑みを浮かべる。
「……そろそろ入れ替えか」
「ひっ」
小さく呟かれた一言に少女は首を竦めて息を飲んだ。その様子を見て、男は面白くて仕方がないとでもいうように肩を震わせて嗤う。
「あの少年が欲しいが、中々難しそうだな」
男がそう呟くと、外に立つ兵士達が顔を見合わせ、静かに頷き合った。
その様子を横目に、男は目を細める。
沈黙の帳が降りた馬車の中で、少女はただ手を握って震えていた。
【ミトラ視点】
Aランク冒険者の中でも圧倒的な知名度を誇るエレレトさん。
彼女はとある戦争でその名を知らしめ、また、余りにも恐ろしい戦いぶりをしたとのことで『戦火姫』と呼ばれるようになった。
だが、怖れられてはいるが、忌避されているわけでは無い。
戦争の中では略奪は付き物らしく、小さな村や町は敵国の兵士達に蹂躙されてしまう。それはお金や食料だけでなく、人の命や尊厳も含めての話だ。
到底理解出来ないけれど、敵国の兵士達にしたら正当な対価のつもりなのかもしれない。殺し合いのせいで麻痺してるのかもしれない。
だが、全てを奪われる側からすればこの世の地獄だ。
そんな地獄を目の前にして、エレレトさんが剣を手にした。圧倒的な魔法剣の力を振るい、略奪を繰り返す兵士達を村ごと燃やし尽くしたのだ。
今にして思えば、同じように蹂躙される側になったことがあるからこそ、襲われる村人達を助けようとしたのだと理解出来る。
ただ、一つ疑問なのは、エレレトさんは比較的冷静で優しい性格であり、そんな光景を目の当たりにしたからといって皆殺しにしたりするだろうか。
あまつさえ火を放つという徹底ぶり。
何故だろう。そこはかとなく誰かの暗躍が思い浮かぶ。
しかも、本来ならエレレトさんは一部の国から目の敵にされてもおかしくない筈である。冒険者の間では皆殺しだから証人もいない、なんて話になってるけど、それも妙だと思う。
小国同士の領土争いだったとはいえ、やはり変な気がする。
考えれば考えるほど、怪しい誰かが裏にいた気がする。
誰とは言わないけれど。
僕がそんなことを思いながら、干し肉を選んでいるイオリさんを眺めていると、隣に立つエリヤが口を開いた。
「楽しいね」
「うん?」
僕が首を傾げると、エリヤは息を漏らすように笑う。
「ふふ……皆で旅の準備をして、馬車に乗って、きゃんぷふぁいやーして、ご飯食べて……楽し過ぎて、夢の中でドラゴンにも乗っちゃった」
「ドラゴンには本当に乗ったけどね」
「もう、お兄ちゃんたら。私だってもう子供じゃないんだから。ドラゴンに乗ったりなんて出来ないんだよ?」
「いつも素直なのに、何でそこだけ頑ななんだろう……」
僕が頭を抱えていると、エリヤは言いづらそうに口籠もった。
「だ、だって……」
「だって?」
聞き返すと、エリヤは顔を真っ赤にして横を向く。
「い、いいの。夢だったんだから。それでいいの」
そう言って店の外に歩いて行くエリヤに、僕は慌てて付いて行った。
「だ、ダメだよ。僕と一緒にいないと危ないよ?」
「お兄ちゃんと一緒だったら大丈夫なの? 本当?」
「僕はもう冒険者だからね。ちゃんとエリヤを守ってあげる」
そう言うと、エリヤは嬉しそうに笑った。
「大丈夫。私にとってはいつも頼れるお兄ちゃんだったんだから」
「そう? ありがとう」
僕たちがそんな会話をして笑い合っていると、建物の向こう側、路地の入り口に何かが見えた。
足だ。両足の太ももから下の部分が、まるで誰かが倒れているように路地の奥から出ていた。ほっそりとした女の子の足だ。
普通じゃない。
路地裏の奥に行けば死体が転がっていることもあるけれど、こんな大通りのすぐ脇に死体があるなんて……。
「だ、大丈夫ですか……?」
僕が頭を働かせている間に、エリヤがそこへ近づいていく。
「だ、ダメだよ、エリヤ。大通りに死体があったら、普通は商売の邪魔になるし、すぐに退かされるんだ。目立つとこに死体がある時は近くに殺した張本人が……」
そう言ってエリヤの手を握ろうとしたその時、路地から出た足が痙攣するように動いた。
「い、生きてるよ!」
それを見た瞬間、エリヤは駆け出していた。僕だって思わず足が前に出たんだから、止めることなんて出来る筈もない。
だって、その足はエリヤのように白い肌をした女の子のものだったのだから。
「大丈夫ですか!?」
僕とエリヤは同時にそう言って、路地の方へ飛び込んだ。
するとそこには、上半身を縛られて地面に寝かされた女の子と、暗い茶色のローブに身を包んだ大きな男の人達の姿があった。薄暗い路地の中でフードを深く被っている為顔は良く見えないが、どう見ても友好的な雰囲気ではない。
「こ、この子……」
僕がエリヤの手を取って逃げ出そうとした時、エリヤは後ろに下がりながら倒れた女の子を見て驚いた。
視線を下げると、女の子と目が合う。口に布を噛まされ、泣きながらこちらを見ていた。そして、頭には見慣れたうさ耳があった。
「……っ! ぅわぁあっ!」
思わず、僕は大きな声で絶叫し、剣を抜いていた。ローブ姿の男達が腰を落としたのを見て、素早く腰に下げた革袋から硬い鉱石を取り出し、投げつける。
投石は役に立つ為、それ用の鉱石を十個ほど持っていたのだ。
「に、逃げるよ!」
僕はエリヤにそう言いながら倒れている女の子を肩に担ぎ、地を蹴った。
これでも足には自信がある。最近は力も付いてきた。
逃げるだけなら……!
直後、僕は風切り音を聞いて飛び上がり、膝を曲げる。女の子を抱えている為高くは飛べなかったが、僕の足の下を紐のような物が通り過ぎたのは見えた。
回避した。
そう思った矢先、すぐ隣で悲鳴があがる。
「あっ」
エリヤの声だ。僕は慌てて背後を振り返りながら速度を緩めた。
見れば、片方の足を鞭で絡み取られて倒れたエリヤの姿があった。
「え、エリヤ!」
僕が完全に立ち止まると、ローブの男達はエリヤを囲むようにして立った。
「に、逃げて、お兄ちゃん」
震える声を聞いて、僕は折れそうなくらい奥歯を噛み締める。
大通りだ。人通りはそれなりだし、この女の子はもう大丈夫だと思う。
「ま、待て!エリヤを放せ!」
僕は女の子を地面に下ろしながら叫んだ。
すると、男達はエリヤの両腕を掴み、吊るし上げるように持ち上げた。
「や、止めろ!」
殆ど悲鳴のような声で叫んだ。すると、男達は楽しそうに目を細め、顎をしゃくる。
「兎獣人の男か。よし、売ったら高そうだな。交換なら応じてやろう」
「わ、分かった。だから、エリヤを放してくれ」
僕がそう言うと、後ろから聞き慣れた足音が聞こえてきた。
「……お前ら、何やってんだ?」
「い、イオリさん」
聞いたことも無い冷たい声に目を向けると、イオリさんは男達を見据えて向かってきていた。後ろでは、エレレトさんが縛られた女の子を解放しようとしている。
イオリさんが現れると、ローブの男達が大きな音で舌打ちをした。
「交換するって話になったんだ。そこの兎をこっちに蹴り飛ばせ。そしたら、こっちの兎をそっちに投げてやる」
物や奴隷を扱う時と同じ言い方に、僕の胸が痛んだ。
だが、エリヤが助かるならば、僕は奴隷でも物でも良い。イオリさんがいてくれたら、エリヤは大丈夫だ。
しかし、僕が足を踏み出して男達の方へ向かおうとすると、イオリさんが僕の肩を掴んだ。
「い、イオリさん!」
僕が怒って振り返ると、イオリさんはこちらを見もせずに口を開く。
「おい、お前ら。そこにいるのはあのエレレトだぞ? 死ぬ気か? 自殺志願者か? それなら迷惑にならないように森の中で素っ裸で寝てろよ。この星に還れよ、馬鹿共」
イオリさんがそう言うと、男達はエレレトさんの存在に気が付き、僅かに動揺した。
「戦火姫だと? なら、多少利益が減っても仕方がないか」
そう呟くと、一番前に立つ男が剣を抜いた。
そして、何のためらいも無く、エリヤの足に向かって剣を振った。
「うぁ……っ!?」
声にならない声を上げて、両手を掴まれて吊るされたエリヤが身体を震わせた。
冗談のような大量の血を吹き出し、エリヤの足の片方が地面に落ちる。
「え、エリヤっ!? ぅ、うぁああっ! エリヤ! エリヤが!」
僕の喉から血を吐くような声が出た。自分でも何を言ってるのか分からない。肩を握るイオリさんの手を振りほどこうともがくが、出来ない。
「さぁ、今すぐにその兎を寄越せ。そうしないとこっちが先に死ぬぞ?」
勝ち誇ったように男がそう言った瞬間、僕の肩を掴む力が無くなった。
「このクソ野郎どもがぁあああっ!」
まるで獣のような、いや、獣の咆哮が響き渡った。
テンポアップ。
更新が早くなるのでは無く、ストーリーの展開が早くなるのです。
……嘘は言ってないのです。




