第22話【街で……】
【イオリ視点】
山をドラゴンの背に乗って降りたお陰で、朝にはもう馬車で帰路につくことが出来た。
まぁ、馬が落ち着くまで時間はかかったが、馬車が動き出してからは一人ずつ眠れたので楽なものだった。
だが、馬車の中でエリヤが目覚めたことで、空気は一変する。
「……ん」
目を開け、身体を起こしたエリヤにミトラがすぐに反応した。
「エリヤ、起きたの?」
ミトラがそう尋ねると、エリヤは顔を上げる。
「うん、おはよう」
のんびりとした挨拶を返し、エリヤは馬車の中から外を眺めた。
「もう数日で街に帰るよ。この前宿に泊まった街だけど」
「あ、そうなんだね」
「……エリヤ、身体はどうだい?」
ミトラがそう尋ねると、馭者をしていたエレレトが二人を振り返った。
「……うん。前より凄く良くなった気がするよ。皆、ありがとうございます」
エリヤがそう言って頭を下げると、ミトラがホッとしたように胸を撫で下ろした。
その様子を眺めて、俺は首を傾げる。
おかしい。
俺の推測では、もう現段階で以前の二割から三割は体力が底上げされている筈だ。
なにせ、俺が調べた限りでは、神話に登場する勇者はあの薬を飲んで魔王と戦う力を得ている。それまでの逸話では恐らくSランク冒険者相当の力を持っていた勇者が、千神酒を飲んでからはまさに突出した戦闘力を手にしたのだ。
戦った魔物との戦績を比較しても、最低でも倍以上強くなった計算となる。物語故に過剰に書かれていたとしても、五割増しくらいには強くなるはずだ。
薬の効果自体の検証も済んでいる。
単純に、俺の各能力が二割強ほど向上しているからだ。飲んだ直後は二倍以上にはなっていただろう。
だが、エリヤの様子を見る限り、あまりステータスの向上を実感してなさそうである。
いや、プラシーボで気分や体調が良くなったとは感じているようだが、それ以上では無い。
「……一生で一回しかチャンスは無いからなぁ」
俺は口の中でだけ小さく呟き、二人を眺めた。まさか、神話の薬が効果を発揮しなかったなんてことは無い、と思いたい。
ならば、効果が出るまでに時間がかかっているだけなのか。
「暫く様子を見るか」
そう判断し、俺は馬車の向かう先に顔を向ける。
しかし、結局街に辿り着いてもエリヤに変化はなかった。強いて言うならほんの僅かに身体が強くなったが、誤差の範疇といえるだろう。
俺達は先日の商人に教えてもらった宿に泊まり、数日の休んでからミトラ達が住んでいた街に戻ることにした。
そんなことを考えながら個室で夜中に酒を呑んでいると、誰かが部屋の戸をノックする音がした。
現れたのはミトラである。
ミトラは不安そうな表情で俺を見上げ、口を開いた。
「……あの」
「まぁ、中に入れ」
俺はミトラの言葉を遮ってそう言うと、個室の奥へと戻る。この宿で一番良い個室を借りたので、中はそれなりに広く、テーブルと一人がけのソファーが二つ、それに三人がけのソファーもある。
一人がけのソファーに座り、もう片方のソファーを指し示すと、ミトラももう一つの一人がけのソファーに座った。
テーブルの上とベッドの横にはオレンジ色の光を揺らすオイルランプがあるが、それでも少し薄暗い。
「あの、イオリさん。エリヤのことなんですけど……」
「エリヤの身体のことか」
そう聞き返すと、ミトラは眉根を寄せて俯いた。
「……はい。エリヤの身体は、まだ治らないのでしょうか。いえ、以前よりは遥かに良くなっていると思います。ただ、思っていたより……」
「確かにな」
俺はそう言って、テーブルの上に置いていた資料を広げた。古書の写しであり、イーナック王国の王家が秘蔵していたものである。
「これは……?」
「エリヤに飲ませた薬の内容と効果が記してある」
そう答えると、ミトラは本を手に内容を目で追った。
そして、見る見る間に表情を変えていく。
「……これは、英雄達が実際に飲んだ、薬? ちょ、ちょっと待ってください。こんな、こんなものが実際に……イオリさん、これを何処で……?」
動揺するミトラに、俺は肩を竦める。
「成り行きでな。どうせ奪われるならってことで、きちんと持ち主の代理人らしき奴から許可は貰ったぞ。他にも……」
そう言いながらアイテムボックスからネックレスや指輪を取り出すと、ミトラは目を丸くした。
「ど、どれも凄く高そう……というか、今のは何処から……」
驚くミトラを放置して、俺は本を取り上げてページを捲る。目的のページを開き、ミトラが読めるように方向を変えてテーブルに置きなおした。
「ここに書いてあるように、あの千神酒は一種の万能薬でもある。身体能力の向上に解毒、場合によっては死んでさえいなければ石化すら治るんだ」
「は、はい」
「……一緒に飲んだ俺は、飲む前に比べて今で五割以上は身体能力が高くなっている。これ以上は多分強くならないが、それでも効果は既に出てるんだ」
「え? イオリさん前より強くなってるんですか? もう殆ど化け物じゃ……」
「なんでソッチなんだよ。英雄とか他の言い方があるだろうが」
「あ、ご、ごめんなさい……思わず口から……」
「本音じゃねぇか、この野郎」
俺は文句を言って笑い、息を吐いた。
決定的な一言を聞きたくないのだろう。ミトラの態度を見る限り、そんな風に感じられた。
「……とりあえず、別の方法も考えてみよう。呪いとか、そういった方向も考えられるしな。千神酒の効果から考えても毒や病気といった線ではなさそうだ」
そう告げると、ミトラの顔から血の気が引いた。
「の、呪い……?」
「自分達が住んでた地に他にも似たような奴はいなかったか? 症状としては体力や免疫の低下が主だが」
そう尋ねると、ミトラは俯く。
「似たような……確かに居ましたが、多くの人は長く生きることが出来ませんでした。大体、二十年前後生きたら良いくらいで……」
「兎獣人だけか?」
「いえ、種族に関係は無いと聞きましたけど……ただ、エリヤの場合は少し違っていて、まだ元気な方だそうです。だから、多分二十五年は生きられるだろう、と」
二十五年。
ミトラが少し寂しそうな顔でそう言った。
この世界では長生きする者はかなり長生きだが、恐らく平均を出すとかなり低くなるだろう。
奴隷も存在するし、餓死者が出るような貧しい村でも当たり前のように国家補償も無い。
唯一の救いは回復魔術で骨折程度ならば楽に治せることだが、魔物という存在のせいで帳消しである。
だが、平均寿命が低いことを考えても、二十五年の生は短い。
「……しかし、種族に関係無く現れる奇病か。アルビノってわけじゃ無いし、生まれながらに因子を持っていることが原因究明の鍵だな」
そう呟き、俺は外を眺めた。
雲一つない夜空が広がり、月が二つ浮かんでいる。
俺はその光景が好きであり、嫌いでもあった。
素晴らしい夜空、素晴らしい星空だ。しかし、美しいその景色が、ここは地球では無いと伝えてくるのだ。
会いたい家族に、もう一生会えないと毎日俺に告げてくるのだ。
嫌いにもなる。
視線を窓から外し、ミトラを見る。ミトラは不安げにウサギの耳を倒し、俯いていた。
ミトラには愛する妹がいる。愛する妹を失わない為に必死になっている。
ならば手を貸さないわけにはいかないだろう。
ミトラには、まだ家族がいるのだから。
俺がそんなことを思いながらミトラを眺めていると、ミトラがこちらを見上げた。
「……ど、どうかしたんですか?」
不安げにそう言ったミトラに、俺はグッと口の端を上げて返事をした。
「馬鹿」
「なんで!?」
怒るというよりも驚くミトラに、俺は笑いながら応える。
「俺がいるんだ。心配することなんか何も無いんだよ」
俺がそう言うと、ミトラは目を丸くし、そして笑った。
「……はい!」
次話から多分テンポアップ!
多分!




