第21話【スーパーエリヤ】
ドラゴンの生き血を飲んで動かなくなったエリヤに、ミトラが恐る恐る口を開いた。
「え、エリヤ? 大丈夫?」
そう尋ねると、エリヤはゆっくりミトラ達を振り返る。
「ヘニャ?」
「は?」
エリヤの何処から出たのか分からない妙な声に、ミトラが首を傾げた。
「わぁ……お兄ちゃんが一杯いるー」
「僕がいっぱい!?」
エリヤの言葉にミトラは慌てて周囲を確認した。
それを見て、エレレトが眉根を寄せる。
「……酔った?」
「なんてベタな」
イオリは肩を揺すって笑い、ふらふらと揺れるエリヤの頭を片手で押さえた。
「……酔ってるだけだな。毒にもなってなさそうだし、予想通り身体も強くなったな」
「ほ、本当ですか!?」
イオリの言葉にミトラが声を上げる。すると、エリヤが眉間にシワを寄せて頬を膨らませた。
「もう、うるさいー」
エリヤは間延びした声でそう言って、ミトラの頭に手のひらを縦にして落とした。
鈍い音が響き、ミトラは頭を押さえて地面を転がった。
「い……っ!? え、エリヤが物凄い力を……!?」
痛みに呻きながら、ミトラは手刀を構えたエリヤを見上げて涙を流す。
「う、うぅ……良かった、良かったよ……エリヤ、こんなに元気に……」
頭を両手で押さえたまま、ミトラは嗚咽し始める。肩を震わせて泣くミトラに、酔っ払ったままのエリヤは口を尖らせてミトラの隣に座った。
「も〜、お兄ちゃんは泣き虫なんだから……やっぱり私がいないと駄目だねぇ」
エリヤはそんなことを言いながら、ミトラの頭を優しく撫でる。
「うん、いつもありがとう、エリヤ……本当、良かった……」
ミトラが泣き笑いの顔でエリヤを見上げると、エリヤは慈愛に満ちた優しい顔で笑った。
泣くミトラと慰めるエリヤを眺め、エレレトが涙と鼻水を垂らす。
「……泣き過ぎ」
イオリが呆れた様子でそう呟くと、エレレトは鼻を啜りながら涙を拭った。
「……ぐす。泣いていません」
「完全に嘘じゃねぇか。お巡りさん呼ぶぞ、おい」
「意味が分かりません」
イオリがツンと顔を背けるエレレトに苦笑していると、エリヤが目を両手で擦り始め、やがてその場で横になって寝てしまった。
ミトラは一瞬驚くが、安らかな寝息をたてるエリヤにホッと胸を撫で下ろし、眠るエリヤの頭に手を置いた。
「……ありがとうございました、イオリさん」
感謝を述べるミトラに、イオリが口を開く。
「言っておくが、今の状態は一時的なブースト状態だ。まぁ、一時間くらいのもんか。だが、上限は上がっているからな。数日掛けて徐々に馴染むだろうさ」
「ご、ごめんなさい。良く分からなかったんですが、身体は……」
「ステータスで言うなら二倍だな、多分。ミトラより体力が多くなるかもな」
「そ、そうですか」
ミトラは嬉しそうに目を細め、一度深呼吸をすると、イオリとエレレトに向かって頭を下げた。
「このご恩は、僕の生涯を掛けてお返しします」
「お、奴隷宣言。貴重な兎獣人の少年がそんな発言したら人生終わりだぞ」
「い、い、イオリさんを信用しています……」
「おい、何で少し自信無さげなんだよ」
イオリが不服そうに文句を言うと、ミトラは苦笑いをして顔を上げ、
「……冗談ですよ。ちゃんと信頼していますから」
そう言った。
真っ直ぐと目を見て言われたその言葉に、イオリの方が照れ臭そうに視線を逸らす。
エレレトはその様子を見て、また涙を拭った。
「悪かったな」
エリヤを背負ったイオリがそう言うと、ドラゴンは目を細めてイオリを眺める。
『まったくだ……だが、良いものも見れた。人間と言えど、親兄弟を思う気持ちは同じということか……』
「お前にも兄妹がいるのか?」
『いる……が、暫く会っていない』
「会える時に会っとけ。出来たら酒を飲み交わして沢山話をしろよ? 会えなくなって後悔しても遅いんだからな」
『……四百年を生きた我に、随分と偉そうなことを……』
ドラゴンはそう呟くと、喉を鳴らした。
『……だが、不思議と心の臓に響いた。しかと覚えておこう』
愉しげに言われたそのドラゴンの言葉に満足そうに頷くと、イオリは片手を上げて口を開く。
「そんじゃあな。もう用事も済んだし帰るわ」
別れの挨拶を口にすると、ミトラとエレレトも荷物を背負い、立ち上がった。
それに合わせてドラゴンも四つ脚を地面について身体を起こし、長い首を立て、口を開く。
『乗れ……麓まで連れて行こう』
「……え?」
「……は?」
ドラゴンの一言に、ミトラとエレレトが目を丸くして固まる。
「お、気がきくなー。流石は年の功!」
お気楽な様子のイオリは嬉しそうにそう言うと、何のためらいも無くドラゴンの背に飛び乗った。
「ゴツゴツして乗りにくいぞ」
そんな文句を言いながらドラゴンの背を歩き回り、翼の付け根辺りでようやく落ち着いた。
「ちょ、ちょっと!? イオリさん!?」
「ど、ドラゴンに乗るんですか!? というか、乗れるんですか!?」
ミトラとエレレトがワタワタと動き回りながらそう言うと、イオリはドラゴンの翼の横から顔を出して二人を見下ろした。
「送迎サービスがあるなら利用するだろ。普通なら飛行機代くらいは掛かるだろうに、多分タダだぞ?」
「お金の問題じゃありませんっ!!」
イオリのとぼけたセリフに二人が同時に突っ込んだ。イオリは苦笑すると、ドラゴンの背を指差す。
「いいから乗れよ。駄々こねるなら置いてくぞ」
そう言われ、二人は顔を見合わせると、慌ててドラゴンの背によじ登った。
冷たい風が吹き、何処までも広がる地上の景色にミトラとエレレトは瞬きすら忘れる。
「寒い……! 寒過ぎる!」
一方、イオリは懐に抱えるようにしてエリヤを抱き、分厚いマントに包まっていた。
そのうち、イオリの胸の前で顔を出して眠っていたエリヤが、そっと目を開く。
「……お空の上?」
ぼんやりとした表情で、エリヤがそう口にした。イオリはその声に気が付き、エリヤのうさ耳の生えた頭を見下ろした。
「おお、起きたか。今はドラゴンの背中に乗って山を降りてる最中だぞ」
イオリがそう告げると、エリヤは自分を膝の上で抱えるイオリを仰ぎ見て、次に地平線へと目を向けた。
「わぁ、綺麗……物語の中に入っちゃったみたい」
うっとりと、エリヤをそう呟き、暫くその空の光景を眺める。やがて目を瞑り、静かに語り出した。
「……冒険者になって必死に働くお兄ちゃんが、すごく自然に、まるで昔に戻ったように笑ってる。それだけでも、イオリさんとエレレトさんには沢山ありがとうって言いたいです。そして、一緒に連れていってもらって……本当に毎日が楽しくて、幸せで……こんな時間がいつまでも続けば良いのに……」
そして、エリヤはまたゆっくりと眠りの世界へと落ちていった。
エリヤの頭を撫でるイオリは、何処か寂しそうに遠くを見つめていたのだった。
果たして、エリヤは元気になるのか。
まだまだ続きます。




