第20話【生き血って飲みたくないよね】
連続2話投稿
【ドラゴン視点】
我が目を薄っすらと開けると、そこでは項垂れて落ち込む人間の女と、その横で頭を下げて謝る少年の姿があった。
視線を動かすと、あの良く解らない男が大きな声を出して笑っており、その隣には眉根を寄せた少女の姿がある。
「だから、簡単に飛び跳ねるから逃げ場が無くなるんだってば。格闘ゲームとかしてみたら良いよ。飛び道具をジャンプだけで回避してたら対空技とか空中投げ食らうんだって」
「うぅ……意味が解らないけど申し訳ありません……」
「いや、エレレトさんは多分あそこから逆転出来たんです! ただ、僕が出しゃばって突き飛ばしたから……」
「いや、ミトラ君は私の為に……ああ、でも、まだ駆け出しのミトラ君に突き飛ばされる私って……」
「いやいや、た、たまたまですよ、たまたま……」
落ち込む女と謝る少年を眺めて、少女が男を見上げる。
「ほら、イオリさんが最初から自分でやってれば良かったのに」
「俺、持病で三分以上戦えないんだよ。三分以上戦うと目が赤く点滅して死んじゃうから」
「え!? そ、そうだったんですか……ごめんなさい、私……」
「過ちは誰にでもある。俺の身体のことは秘密だぞ?」
「は、はい! ありがとうございます」
そんな四人を眺めていると、男が我に気が付いた。
「お、目が覚めたか。一応治療したが、まだ痛むなら回復魔術をぶっ掛けてやるよ」
そう言われて、身体の痛みが引いていることに気がつく。他の三人が慌てて立ち上がる中、男は座ったままこちらを見て笑っていた。
『……我は負けたのか』
頭を上げながらそう口にすると、男は軽く頷く。
「おう。一発KOだな。完膚なきまでに。とはいえ奇襲だけど」
『……人間に初めて負けたが、相手がお前で良かった』
そう言って、また横になる。
『さぁ、殺すが良い』
空は美しく、音は静かだ。死ぬには良い日である。
静かに目を閉じると、遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。
「あ、別に殺しはしないぞ」
そして、あの変わった男の声がする。
『……なに?』
我が目を開けると、そこにはこちらを見て笑う男の姿があった。
「血をくれたら良いんだよ。寝てる間に貰った方がそっちも痛くないんだろうけど、無許可でそんなことしたら悪いだろ? 裁判沙汰だよ、裁判沙汰」
『……我の皮や鱗が欲しいのではないか? 牙や角は? その鎧にも、我らの皮や鱗が使われている』
「そんな言い方されたら着づらいだろうが。これは襲い掛かってきたドラゴンを返り討ちにした奴だからな? 襲われたらそりゃ殺りますよ、サクッと。そりゃあもうサクッと」
男の言葉に唸り、顔を上げる。
「血は何処から取ったら良い? 心臓に近い方が嬉しいな」
「イオリさん、なんか怖いですよ!?」
朗らかな様子で言われた男の言葉に少年が声を荒げた。
『……好きなところを切るが良い。我は負けたのだ。全ての言葉に従う』
「重いなー、お前。ヤンデレか? いや、ヤンデレは違うか、ヤンデレは」
男はそう言ってこちらに歩み寄ると、剣で我の首と胴の付け根を斬りつけた。
痛みは然程無い。
どころか、すぐにもその痛みは消失した。
「終わったぞ」
『……なに? もう終わったのか?』
「おめでとうございます。手術は成功です。抜糸も終わりました。今日退院なので受付で費用をお支払いください。五万八千円になります」
『……人間の世界の事は良く解らぬ』
そう言って男を見ると、手元には確かに丸くて長い物がにぎられており、我の血で濡れていた。
「こ、これで妹の身体が……」
少年が男の下へ走ってくると、我の血を見てそう口にする。兄弟か。そう言えば、頭に似たような物が生えている。毛も白いのが同じだ。
「おう。多分な。後は、桂皮と地黄、芍薬、杜仲、やくも草……みたいな成分のやつと、バジリスクの肝……そして、太古にもあった果実酒……」
「……いつも思いますが、何処から出してるんですか」
「四次元ポケットだ」
男は少年と話す間も手を止めず、半月のような形のもので我の血と何かを混ぜる。
背中に手を回して何かを取り出しているが、微かに魔力の動きがある。目に見えない何処かに物を保存する特殊な魔術か。確か、ナンタラボックスとかいったか?
「出来た。よっしゃ、エリヤ。こっち来い。効力は時間を追うごとに落ちていくからな」
「い、イオリさん? さっきバジリスクの肝とか聞こえたんですけど、ゴブリンか何かで試してみたほうが……」
「えー、ゴブリン可哀想。ゴブリン虐待反対」
「いやいやいや! エリヤに何かあったらどうするんですか!?」
少年が怒鳴りながら男に詰め寄ると、男は口の端を釣り上げて半眼になった。
「だから、俺が一番に飲む」
「へ?」
少年が固まる中、男は器に口を付けてあっさりと我の血を飲んだ。
なるほど。予備が何だとか言っていたが、自分で飲む為か。
喉を鳴らして血を飲み干すと、男は自分の腹の辺りに両手を当てて背中を丸めた。
暫く動かずにいたが、やがて一人で頷き始める。
「……うん。大丈夫だ。HPとMPの上限が増えた」
「は?」
「大丈夫だって言ってるだろ。しかし、凄い効力だな。時間が経つ毎に徐々に効力が落ちるし、早めに飲んだほうが良いが」
男がそう呟いて少女を見ると、少女は険しい表情で立ち上がった。
「……飲みます。例えどうなったとしても、皆さんが私の為に用意してくれた物ですから……悔いはありません」
「そんなご大層なもんじゃ無いから早く飲めって」
「は、はい!」
男が手早くまた用意をして少女を急かすと、少女はパタパタと足音を立てて男の隣に立った。
器を受け取り、我の血をじっと見つめる。代わる代わる我の血を観察されたり飲まれたりされるのも妙な気分だが、敗者たる我が何を言っても虚しいだけである。
少女は皆から視線を集める中、そっと、器を口に運んだ。
細く、折れそうな喉を動かしながら顔を上に傾けていき、一息に我の血を飲んでいく。
そして、少女の身体に変化が起き始めた。
作者はスッポンの血を飲んだことがあります。
オレンジジュース割りです。




