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異世界転移してきた冒険者を現地人が見たらこうなる 〜なんかラーメンとかビールがどうとか言ってるんですけど〜  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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第2話【不思議な男】

 血の雨が降る。


 まさに、読んで字の如くとはこの事だろう。


 黒髪の男が走り、剣を振る度にゴブリンは血を撒き散らして死んでいく。無造作に振られた剣が、ゴブリンの頭を、胴を真っ二つにしていく。


 その様はまるで激しい嵐のようで、僕の頭の中に突き刺さるような衝撃を与えた。


 あっという間に周囲のゴブリン達を蹂躙した男の戦いぶりを見て、遠巻きに見ていたゴブリン達は一斉に逃げ出す。


 それを眺めながら、男はこちらに近付いてきた。


「大丈夫か?」


「あ、は、はい! あ、ありがとうございます!」


 慌てて立ち上がり、僕は頭を下げる。間違いなく、Aランクの冒険者だ。いや、もしかしたらこの国に数人しかいないというSランクの冒険者かもしれない。


「ぼ、僕はミトラといいます! あ、あの、お名前を……!」


 そう尋ねると、その人は少し不機嫌そうに口を開いた。


「……イオリだ。女みたいな名前とか言ったらその辺りの木に縛り付けて置いて帰るからな?」


「い、いや、そんなこと言いませんよ!?」


 僕が両手を振りながら慌ててそう言うと、イオリと名乗るその人は疑り深い目で僕を眺めた。


 ふと、僕はイオリという名前を頭の中で反芻し、首を傾げる。


「あれ? イオリさんって他国の方なんですか? この辺りでは聞かない名前ですけど……」


 聞いたことの無い名前であり、響きも何処か別の文化の匂いを感じる。他の国のAランク冒険者だろうか。僕はそんなことを思いながらそう聞いた。


 イオリさんは肩を竦めて深い息を吐くと、剣の先を地面に突き刺して口を開く。


「遥か遠い地の出身だよ。だが、もうこの国に来て五年になる」


 この国に来て五年。イオリはそう言った。


 それなら名前ぐらい知っていそうなのだが、やはり記憶には無い。


 不思議に思いながら首を捻っていると、イオリは僕のことを眺めて口を開いた。


「むしろ、お前が女みたいだな。本当に男か?」


「う……お、男ですよ……よく間違われますけど……」


 若干傷付きながらそう答えると、イオリは「ふぅん」と生返事をしながら何処からかマントを取り出した。


 厚みのある高価そうなマントを手にしたイオリは、それをこちらに向けて放り投げた。咄嗟のことで反応出来ず、マントを顔面で受け止めて背中から倒れ込む。


「わぷ」


「鈍臭い奴だな」


 文句を言われながらも被さったマントから顔を出すと、イオリは小さく笑っていた。


「ほら、付いて来い。街まで連れて行ってやる」


「ほ、本当ですか!?」


 僕が立ち上がってそう声を上げると、イオリは肩を竦めてこちらに背を向けた。


「此処に置いていくのも寝覚めが悪いからな。それにどうせ帰るところだったんだ」


 そう口にして歩き出すイオリの背中を見て、僕は慌てて後を追った。






「……凄いですね、イオリさんは」


「あん?」


 不意に口にした僕の言葉に、イオリは片方の眉を上げてこちらを見た。


 辺りに散らばるオークの死体を横目に見て、乾いた笑いが口から出る。


 ゴブリンを大きくして太らせたような外見の魔物、オーク。ゴブリンが小鬼と呼ばれるのに対して、オークは鼻が潰れて上に向いている為、豚鬼などとも呼ばれている。


 だが、ゴブリンとの違いは顕著だ。子供とも言える大きさのゴブリンと違い、オークは人間と同じくらいの身長はある。身体も厚く筋肉質だ。


 さらに、武器の扱いもゴブリンよりかなり上手い。


 故に、オークの危険度数はゴブリンよりも二つ上であるDランクになる。これはDランク冒険者ならば一体を相手に出来るくらいの強さということだ。


 だが、ゴブリンの時もそうだったが、数が増えるとその危険度数は跳ね上がる。


「信じられないですよ。オーク五体をあっさり……本当にBランク冒険者なんですか?」


「Cランクならオークを一対一で倒せる。Bランクならオーク数体を一人で倒せる。ギルドの作った基準通りだろ。まぁ、穴だらけな基準だがな」


 僕の疑問にイオリはそう答えたが、僕は慌てて首を左右に振った。


「いや、五体相手に数十秒って……あ、でも基準通り、なのかな……?」


 混乱しながらそう呟くと、イオリは真面目な顔で僕を真っ直ぐに見た。


「基準は基準だ。鵜呑みにはするなよ? 実際にはオーク相手でもCランク二人で挑む。結果的には怪我をせずに、武器や防具を傷めない一つ格下の魔物を狩るのが一番効率は良いからな」


「な、なるほど……?」


 冒険者の心得を説いて先を歩き出したイオリに、僕は頭を捻りながら頷く。


 格下が丁度良い……確かに、怪我をしたら回復薬か回復魔術が必要になるし、お金が余計に掛かってしまう。


 あれ? じゃあ、複数のオークを一人で相手にしているイオリさんはBランクより格上になるのではなかろうか……?


 そんなことを考えながら唸っていると、イオリが背中越しに話し掛けてきた。


「それにしても、ゴブリンの群れにオークの集団か。ミトラはDかEランクだろう? もう少し森の浅い場所で出来る依頼を受けた方が良いぞ」


 そう言われて、僕は肩を落とす。


「は、はい……でもこの森は凄く深いですから、普段ならゴブリンも一体か二体くらいしか見ない筈なんですけど……」


「……普段はゴブリン一、二体?」


 不意に、イオリが低い声でそう呟いた。僕のうさ耳でなければ聞き逃すような小さな声だ。


「あれ? この森には来たことがなかったんですか?」


「普段はもっと北にいるからな。つい先日流れて来たばかりだ」


 僕が質問を口にした時には、もう声は普通に戻っていた。


「ほら、もう森を抜けるぞ」


「あ、はい! ありがとうございます!」


 木々の隙間から眩しいくらいの光が差し込み、僕の顔を照らす。


 死ぬかと思ったけど、どうやら僕は幸運の女神様に見守られているらしい。


 女神様に感謝の祈りを捧げながら、僕は薄暗い森からの脱出を果たした。





 街に辿り着くと、いつも挨拶をしていた衛兵のおじさんが立っていた。


 この街の衛兵であることを示す青い盾の紋章が付いた鉄の鎧を着たおじさんは、綺麗に整えられた鼻ひげが特徴である。


 おじさんは僕がこの街に来た時最初に会話をした相手である為、僕はよくこのおじさんと世間話をしていた。


「お? ミトラ、どうした? なんだ、そのマント」


 そう尋ねられ、僕は乾いた笑いと共に身を小さくして横を通り抜けようとする。


 だが、先に衛兵による通行許可証のチェックを終えたイオリさんが口を開いた。


「ああ、ゴブリンの群れに囲まれてたから俺が助けたんだよ」


「ちょ、待っ、い、イオリさん……!?」


 イオリのまさかの密告に僕が変な声を出して飛び上がると、衛兵のおじさんは目を釣り上げて僕を睨んだ。


「……お前、まさか森の深いところまで入ったんじゃないだろうな? 事情は分かるが、絶対に無理はしないって約束しただろ?」


 おじさんが怒りに震えながらそう口にして、一歩近づいてくる。


 僕は後退りしながら両手を振って口を開いた。


「い、いや! 浅いところで薬草採ってたんだよ!? でも、急にゴブリンが何十体も……!」


「……なに? 本当か? 浅いところに何十体も、だと?」


 おじさんは僕の言葉に急に声のトーンを落として俯いた。そして、他の衛兵のところへ歩いて行く。


 どうしたのかと思っていると、奥からイオリが手招きしているのが見えた。


「ほら、今のうちに行くぞ」


「え、でも……」


「良いんだよ。門番だって忙しいんだからな。後であのオッさんが暇になった時に怒られろ」


「結局怒られるんですか……」


 耳から力が抜けてヘニョンと垂れた。イオリはそんな僕を見て笑いながら街の一角を指差す。


「ほら、依頼達成の報告だ」


 イオリにそう言われ、僕はハッとして顔を上げた。


「……薬草落としました」


 いや、薬草だけじゃなくて剣も盾も無い。どうしよう。たいして使ってなかったけど、これじゃあこれから街を出る時に困っちゃう。


 僕が愕然としていると、イオリは呆れたような顔で僕を見下ろした。


「マジかよ。というか、武器も何も持ってないもんな」


「剣も盾も落としました……」


「ははは。ウケる」


「意味が分かりません……」


 落ち込んでいると、イオリは声を出して笑って僕の肩を叩き、口を開く。


「後で冒険者ギルドに来いよ。なんか仕事見つけてやるから」


「そ、それは助かります……じゃあ、また一度着替えてきますね」


 僕がそう言うと、イオリは返事をしてから冒険者ギルドがある方向に歩いて行った。


「あ、マント……まぁ、後で返すから良いか。服、ボロボロだし」


 僕は自分の服の状況を考えて更に暗く沈みながら、街外れにある我が家を目指した。


 大通りを歩き路地に入っていくと、建物の雰囲気が変わる。これまでも少し古臭い街並みだったが、この一角は本当にボロボロの建物ばかりだ。


 屋根に穴が開いているくらいは当たり前で、場所によっては壁が崩れたままの場所もある。


 治安が良いとは決して言えないこの場所から出るのも目標だったのだけれど、それも出来るのか不安になってしまった。


 しかし、そうも言ってられない。


 僕の帰りを待つ家族の顔を思い浮かべて、僕は背筋を伸ばす。


 心配を掛ける訳にはいかない。


 出来るだけ自然な感じで笑わないと。


「ただいまー」


 僕はそう言ってドアを開けた。



街並みはイオリ視点で少し触れたいと思います。


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