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第18話【イオリって何者?】

 火を囲み、ミトラとエレレトが談笑する。


 空には満天の星空が広がり、少し大きめの焚き火が二人を照らしていた。


「カレー、美味しかったですねー」


「イオリさんが作る料理はどれも美味しいけど、カレーが一番好きね」


「他にも料理作れるんですか?」


「珍しいけど美味しい料理が多いから、イオリさんが料理を作る時は期待して良いわよ」


「わぁ、楽しみだなぁ」


 二人は他愛も無い雑談を終えると、どちらともなく口を閉じ、暫くぱちぱちという火が弾ける音が響く。


 ミトラは後方で寝袋にくるまって眠るイオリとエリヤに視線を向けた。大きな寝袋からはイビキが聞こえ、小さな寝袋からは安らかな寝息が聞こえてくる。


「……不思議なことや聞きたいことは沢山ありますが、とりあえず、一つ質問しても良いですか?」


「なに?」


 ミトラは少し言い辛そうに、イオリを見つめたまま口を開いた。


「……どうして、エリヤを助けてくれるんですか?」


 何かに怯えるように、ミトラは掠れた声でそう尋ねる。エレレトは目を細めて次々と形を変えていく火を眺めた。


「……それを語るには、少し昔話をしないといけないわね」


「えっと、聞いても大丈夫な話、です?」


「まぁ、ミトラ君になら良いか。他の人には内緒に出来る?」


「はい……って、子供扱いしないでくださいよ」


 ミトラが頬を膨らませると、台詞とは裏腹な可愛らしい態度を見てエレレトが吹き出すように笑った。


「ごめんね。それじゃ、戦火姫と畏怖の対象で呼ばれる私の裏話から話すわね」


 そう口にすると、ミトラは居住まいを正してエレレトに向き直った。


「私はね。イーナック王国に住んでたの」


「え? それって、五年前に滅亡した……」


「そう。滅んだ国よ。今は、イーナック王国を滅ぼし、その国土を手にして世界最大の領土を持つに至ったタナハ帝国の弾圧により、王国の国民だった者達は三等市民という区分けをされてかなり厳しい生活を送っているわ」


 エレレトが目を伏せてそう口にすると、ミトラは厳しい表情で顎を引く。


「じゃあ、エレレトさんはその戦火の中で戦ったから……」


 ミトラの推測に、エレレトは苦笑して首を振る。


「いいえ。その時の私は剣なんて握ったことも無かったもの。ただ、家族が殺されて、燃え盛る家から必死に逃げ出しただけよ」


 あっさりとした言い方で凄惨な過去を語るエレレトに、ミトラは息を飲んで口を噤む。


「……私が十数人の兵士達に囲まれて、さぁ、どれほど酷い目にあって死ぬのかという時に、イオリさんが現れたの」


「イオリさんが? じゃあ、イオリさんもイーナック王国の出身なんですか?」


「いえ、その時は初めてのイーナック王国だったから王都の観光をしてたみたいね」


「なんで戦争中の国に観光に行くんですか……」


「私に聞かないでよ。イオリさんは本能で生きてるんだから」


 そう言って、エレレトはイオリが寝ているか確認し、ミトラに向き直った。


「……それで、イオリさんは瞬く間に兵士達を斬り捨てちゃってね。他にも王国の住民に酷いことをする兵士達を片っ端から斬って……それで、その中に千人長っていう指揮官もいたみたいでね。イオリさんは私を連れてイーナック王国を脱出したの」


「凄い! 英雄の逸話みたいじゃないですか。エレレトさんがお姫様でイオリさんが王子様ですね」


 ミトラのそんな言葉に、エレレトは苦笑して溜め息を吐く。


「物語みたいに綺麗な感じじゃないわよ。実際には、斬った相手の血で真っ赤に濡れたイオリさんが凄い声を上げながら剣を振り回してるんだから」


 笑いながら言ったエレレトの言葉にミトラが背筋を震わせる。押し黙ったミトラを横目に、エレレトは再度溜め息を吐いた。


「だから、その時はイオリさんのことが怖くて仕方がなかったわ。殆ど会話も無く、ただ行く場所も無いからイオリさんの後をついて歩くだけで……それでも、イオリさんに頼み込んで剣を覚えて、気が付いたら私もひとかどの冒険者になってたわね」


 そう言って懐かしそうに目を細めると、ミトラに顔を向ける。


「私の想像もあるのだけれど、イオリさんは困った人……いえ、行き場を無くした人とかを見捨てられない性分みたい」


「行き場を無くした人……」


「私の想像だからね? イオリさんから直接聞いたわけじゃないけど、多分イオリさん自身も理由があって故郷に帰れないんじゃないかな」


「故郷に? 何処なんですか?」


「……分からないわ。実は内緒で探してみたことがあるけど、間違いなく遥か遠くの国ね。それこそ、もしかしたら海の向こう側かも」


「そんな遠くから……海って大蒼海ですよね? ごく稀に漂流物が流れ着く……」


「多分ね。大蒼海の向こう側から流れ着く漂流物には不思議なものばかりだから」


 エレレトがそう言うと、ミトラは曖昧に頷きながら揺れる火に目を向ける。


「……大蒼海の向こう側じゃ確かに帰れないですね」


 複雑な表情でそう呟いたミトラは、ふと顔を上げてエレレトを見た。


「あれ? イオリさん一人でエレレトさんを助けたんですか? 兵士さんって戦闘訓練ばかりだから最低でもCランク冒険者くらいの強さがあるって聞いてたんですけど……」


 ミトラが頬を引攣らせると、エレレトは難しい顔で唸る。


「隊列を組むとやっぱり凄いけどね。能力差があり過ぎて何とも言えないわ。ただ、指揮官クラスの人はBランク冒険者以上の人も沢山いると思うわよ」


 ミトラが「なるほど」と頷く。


 数秒考えて、眉根を寄せたミトラが首を傾げた。


「……さっき指揮官も一人斬り捨てたみたいな話をしてましたよね? いくらBランクのイオリさんでも沢山の兵士と戦って指揮官まで……」


「凄いわよね。あの時はDランクだったけど」


「D!? 詐欺だ! 絶対にAランク以上の実力があるじゃないですか!?」


「結局、ランク分けなんて曖昧なものなのよ」


 二人がそんな会話をしていると、夜空に不自然な突風が巻き起こった。木々が軋むほど揺れ、火が倒れそうなほど斜めに伸びる。


「な、何かに凄い唸り声が……!?」


 ミトラが立ち上がりながらそう口にすると、同時に、寝袋の一つもムクリと起き上がった。


「来たか……!」


 何故か足のところで左右に割れた寝袋で立ち上がると、イオリは寝袋に入ったまま周囲を見回す。


「お、起きてたんですか!?」


「そりゃこの暴風を受ければ起きるだろ。あ、エリヤは寝てるか」


 イオリはそう言うと、寝袋から抜け出して剣を構えた。


「さて、どのタイプのドラゴンか。この風を見る限り、翼竜なのは間違いないだろうな」


 嬉しそうな顔で剣を振り回して素振りをするイオリに、エレレトが眉間に皺を寄せて立ち上がる。


「翼を持つタイプだと、我々は不利ですね。魔術師も弓使いもいませんから」


 エレレトがそう告げてイオリをジッと凝視すると、イオリは面倒臭そうに顔を顰めた。


「なに? もしかして俺に倒させようとしてる? 多分Aランクの上位かSランク相当のドラゴンだよ?」


「私ではすぐに負けてしまいますね」


「もう殆どSランクでしょ、エレレトちゃん」


「……今回のドラゴンをネタにして私をSランクにしようとしているのでしょうが、そうはいきませんよ」


 二人が謎の掛け合いを始めると、ミトラが慌てて両手を振った。


「ちょ、ちょっとちょっと!? もうすぐ側にいますよ!? ほら、旋回してきてますから! 音が凄い速度で近付いてきてますから!」


 ミトラが必死にそう叫ぶと、エリヤも寝袋を着たまま起き上がった。


「ん……わ、凄い風……!」


 寝ぼけていたエリヤも、強風に吹かれて強制的に覚醒する。


 ミトラ兄妹がわたわたとしている内に風の向きが変わった。横から叩きつけるように吹いていた暴風が、上空に向かって吹き上がるように変化し、空の半分を覆っていた雲に穴が開く。


 その穴から、風を全身に受けながらそれは姿を現した。


 一対の巨大な翼を広げ、左右に広がるツノを生やした青と白の鱗のドラゴンだ。長い首と尾を揺らし、ドラゴンは大気を揺るがす咆哮を上げる。


「十……いや、二十メートル級か。ギリギリSランク相当だな。ガチで分析するならエレレト十人くらいいて互角か」


「ほら、やっぱり」


 イオリの分析にエレレトが勝ち誇ったように口を出した。イオリは面倒臭そうに舌打ちすると、剣を手にドラゴンを見上げる。


 呑気な二人に、ミトラとエリヤが両手を振り回しながら声を上げる。


「に、に、逃げましょう! 早く!」


「Sランクのドラゴンなんて騎士団が総力を挙げて防衛に徹するくらいの相手ですよ!?」


 慌てる二人に、エレレトが諦観の篭った目を向けて首を振った。


「諦めなさい。いつものことよ」



※エレレト視点の過去回想でした。

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