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第17話【山登り】

「あーっ! やっと解放された!」


 イオリの叫びは山々にこだました。


 その叫び声にうさ耳を畳みながら、ミトラが顔を上げる。


「ど、どうしたんですか、いきなり」


「君は何も思わなかったのかね? この悪路を走る馬車の最悪の乗り心地を……! 身体が弾むせいでケツが痛い! ああ、痛い!」


「そ、そうですか? 楽しかったですけど……こう、ポコポコ跳ねて……」


「うん、馬車の旅って楽しいです」


 そんなミトラ兄妹の台詞に苦笑し、エレレトが木に馬の手綱を縛り付けた。


「イオリさん」


 名を呼ぶと、イオリが何処からか丸い石を取り出し、馬車の側にポンポンと放る。四つの石が馬車の周りに転がったのを見て、エリヤが首を傾げた。


「イオリさん。今のは?」


「魔物よけの石だ。単純に魔物が嫌う匂いが出る。この辺りなら普通はゴブリンが出るか出ないかだからな。あの石だけで馬車は守られる」


「へー。そんなのがあるんですか。確かに独特な匂いですね」


「この石の匂いが分かるのは獣人くらいだな。俺には分からん」


 そんなやり取りをしてから、イオリは山を見上げた。大きな山なのに加え、崖のように切り立った部分や、鼠返しのように抉れて反り返った崖まである。


 その山の威容を眺め、イオリは深々と溜め息を吐いた。


「……仙人の修行場じゃないんだぞ、まったく」


 そう呟くと、イオリはさっさと山へと歩き出した。


「よっしゃ! さっさと登るぞ! 目指すは頂上だ!」


「えっ!? ちょ、ちょっとイオリさん!? 一ヵ月以上掛かるでしょう!?」


「二日で登るぞ!」


「そんな無茶な!」


 ぎゃあぎゃあと盛り上がる二人に、エレレトとエリヤが顔を見合わせた。


「仲が良いわね」


「ですねぇ。お兄ちゃん、楽しそう」


 エリヤが笑うと、エレレトは苦笑して目を細める。


「申し訳ないけど、パッと見が女の子だから何とも複雑ね」


 エレレトのそんな台詞に、エリヤはハッとなってエレレトの顔を見た。


「あ、エレレトさん……イオリさんのこと……」


「ちょっと、違うわよ。なんでそんな微笑ましそうに私を見てるの、エリヤちゃん」


 男二人に対して女二人はそんなやり取りをして盛り上がっていた。






 岩がゴツゴツと突き出した山肌を黒い影が縫うように走る。大きな岩を避けても小さな岩が無数に並んでいるのだが、まるで綺麗に整えられた階段を登るようにその影はスルスルと走った。


「は、は、速っ! 速い、で、す……っ!」


「お? 飛ばし過ぎたか?」


 そう言って、黒い影は徐々に速度を落としていった。


 黒い影の正体はイオリである。そして、その背中にはエリヤが背負われていた。


 切り立った崖の縁に移動してエリヤを下ろすと、イオリはゆったりと崖の縁に足を投げ出して座った。ちょこんと、エリヤも隣に腰を下ろす。


 顔を上げたエリヤは、目の前に広がる夕焼けの空に目を輝かせた。


「うわぁ……! 綺麗……!」


 地上を照らす茜色から藤色、そして深い青へと変わる鮮やかな夕焼け空だ。その中を泳ぐ雲は、まるで絵で描いたように立体感を持って浮き出し、より夕焼け空を幻想的な雰囲気へと変えていた。


 その光景にエリヤは言葉も無く見入り、暫し無言の時間が過ぎていく。


 そこへ、鳥や獣の鳴き声に紛れて、人の声が響いてきた。


「……やぃ……! ……もう! イオリさん、速すぎますよ!」


 文句を言いながらピョンピョンと山を弾むように登ってくるミトラに、イオリは崖の上から視線を向ける。


「良くそんなに飛び回りながら喋れるな」


「う、兎獣人ですからね」


 崖の上まで飛び跳ねてきたミトラは、肩で息をしながらそう口にした。その言葉を鼻で笑うと、イオリはまた崖の下に目を向ける。


「ほら、Aランク冒険者! 遅れてるぞー!」


 イオリがそう叫ぶと、下から大股で登ってくるエレレトの姿が現れた。


 それでも普通に歩くよりも速いくらいだが、イオリとミトラに比べれば明らかに遅い。


 エレレトは呆れた顔を浮かべながらも、しっかりと足元や周囲を確認し、一歩一歩登ってくる。


「貴方達が速すぎるんです。ほら、なんだかんだで丁度良い時間じゃないですか」


 崖の上まで辿り着いたエレレトがそう呟くと、イオリは立ち上がった。


 夕焼け空を背景に、両手を伸ばして息を吐く。


「ふぅ……よし。そんじゃ、ここでキャンプといこう。キャンプファイヤーもやるぞ。小さいけどな。四人でマイムマイムでも踊るか?」


「な、何ですか、その踊りは」


「世界的大ヒットのダンスソングだよ」


 イオリは軽くそう言ってミトラの隣を素通りすると、腕の太さ程の木を数本並べた。


 そして、目にも止まらぬ速度で剣を振るう。瞬く間に木々はブロック状に切り分けられ、横からエレレトが来てその木々を四角く積み始めた。


「え? 今、一瞬で木がバラバラに……?」


 ミトラが驚きの声を上げると、イオリは喉を鳴らして笑い、いまだに夕陽に魅入られたままのエリヤに声をかけた。


「おーい。キャンプするぞー。楽しいぞー?」


「キャンプ? キャンプって何ですか?」


 イオリの声を聞いたエリヤはすぐさま立ち上がり、嬉しそうに笑いながら三人がいる方へと走って来る。


 その様子に苦笑し、イオリはエレレトが並べていく木の小山を指差した。


「火を囲んで皆でご飯を食べて、歌を歌って、踊る。別名、夜営とも言うか」


「夜営は歌って踊りません」


 イオリの説明にミトラが不服そうにそんなことを口にする。


「歌って踊って何が悪い。さぁ、夜営の準備だ。カレーを作るぞ」


「え!?」


 イオリが言った台詞に、エレレトが思わずといった様子で大きな声を上げた。珍しいエレレトの大声に皆が顔を向ける。


 エレレトはその視線を受け、恥ずかしそうに俯いて咳払いをした。


「……ん、んん。カレーは久しぶりですね。楽しみです。凄く」


 そう言うと、率先して鍋や材料の準備を始めるエレレト。それを見て、ミトラとエリヤは顔を見合わせた。


「……カレーって美味しいのかな?」


「いや、僕も食べたことないよ。聞いたことも無いし」


 二人のそんな会話に、イオリは快活に笑って頷いた。


「よっしゃ。それじゃあ作るぞ。ミトラ達は周囲の警戒も頼む」


 指示を出しつつ、イオリはエレレトが並べた木の小山の中に手のひらを向けた。


「『燃えろ』」


 一言命じると、木の小山の中心辺りから白い煙が立ち込め始める。


「ほら、これで息を吹きこめ」


「あ、はい」


 筒を渡されたミトラが指示通り木の中心の辺りに向かって息を吹き込むと、徐々に煙は増え、やがて赤い火がちろちろと見え始めた。


 その様子に、エリヤが首を傾げる。


「……え? 魔術?」


 エリヤがそう呟き、ミトラも動きを止めた。そして、イオリに顔を向ける。


「イオリさん!?」


「うぉ! 驚くじゃないか! なんだ、お前」


「こっちの台詞ですよ!!」


「なんで怒ってるんだよ」


「火がつきましたよ!?」


「ちょっとくらい魔術が使えたって良いじゃないか。差別か? 差別する気か?」


「回復魔術も使えるじゃないですか!? 何でも出来過ぎでしょ!?」


 混乱からか逆ギレするミトラに、イオリが押され気味になりながら反論した。


 すると、それまで他の準備をしていたエレレトが鋭い殺気を放ちながら肉の塊にナイフを刺す。


 肉を刺しただけとは思えない大きな音に、三人は揃ってエレレトを見た。


「……カレー、作りましょうね?」


 美しい笑顔で言われたその一言に、エリヤは固まりミトラは背筋を伸ばして返事を返した。


 しかし、イオリは不満そうに口を尖らせる。


「俺悪くないんですけどー」


 イオリはブツブツと文句を言いながらカレー作りを始めると、エレレトはすぐに普段の落ち着いた雰囲気に戻り、ミトラ兄妹は黙々と言われた作業をこなしていったのだった。


 一時間後、星が輝く夜空にミトラとエリヤの叫び声が響き渡る。


 この日の食事を、ミトラとエリヤは一生忘れないだろう。



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