第16話【行商人の歓待】
街に着き、行商人の案内で泊まった宿で、四人はテーブルを囲んでいた。
テーブルの上にはまだ湯気が上る料理が並んでおり、ミトラとエリヤの二人はそこから視線を外す事が出来ないでいた。
その様子に微笑み、イオリは口を開く。
「よし。久しぶりのご馳走だ。さっさと食べるとするか。いただきます」
「いただきます!」
イオリの言葉をミトラとエリヤはすぐに復唱し、木製のフォークに手を伸ばした。
二人は迷う事なく、揚げた鶏肉にフォークを刺す。パリッとしたカリカリの皮にフォークの先が刺さり、肉汁が滲み出すのを待たずに口に運んだ。
柔らかい肉を歯で嚙みちぎり、はふはふと熱い息を吐きながらも、しっかりと味わって肉を食べていく。
「美味しい……!」
「こんなの初めて……!」
二人が思わず感嘆の声を上げると、エレレトも鶏肉を一口食べ、微笑んだ。
「確かに、とても美味しいですね。かなり良い宿のようですし、本当に奮発してくれました」
エレレトがそう言いながら隣を見ると、視線を向けられたイオリは鶏肉を食べながら頷き、周りを見た。
木造りの趣のある宿である。明るい色合いの木の壁や床が優しい雰囲気を感じさせる。テーブルや椅子も年季が入っているが、それがまた居心地の良さに繋がっている。
その宿の景色に満足そうに口の端を上げ、イオリは手元に置いていた木のコップを持って口に運んだ。
「あぁ、薄い。でもすっかり慣れちまったな」
そう言ってエレレトを振り返ると、口の周りに泡を付けたまま、イオリは無邪気な笑顔を見せた。
「中々良い奴だった。あのおっさんが住んでるんなら、この街に何かあったら助けてやるか」
エレレトはそう言って笑うイオリに頷き、目尻を下げる。
「……あの商人さんは幸運でしたね」
「確かにな」
多くを語らずとも二人は全て分かっているとばかりに笑い、ミトラとエリヤは不思議そうにそんな二人を眺めた。
が、すぐに料理に目を向けて食事を再開する。
「〜〜〜っ! 美味しいっ!」
「あぁ、あったかいスープ……」
「こっちも、ほら! 凄く良い匂いがするよ、このパン」
時折口にされる涙を誘うような台詞に苦笑し、イオリはまた木のコップを口に運んだ。
喉を鳴らして中の液体を飲み干し、熱い息を吐いてコップをテーブルの上に置く。
「……やっぱ、生ビール飲みたいなぁ」
イオリが小さな声でそう呟く姿を、エレレトは無言で盗み見ていた。
【ミトラ視点】
次の日の朝、この街の冒険者ギルドに行くと、あの冒険者達と会った。
「あ! イオリの旦那とエレレトさん!」
「おはようございます! おぉ、ミトラ君とエリヤちゃんも!」
冒険者の人達は後ろにいる僕達にも気が付き、声をかけてくれる。
「おはようございます!」
わいわいと皆が挨拶を交わしていると、他の冒険者達も遠巻きにこちらの様子を窺っていた。
「あれが戦火姫か……」
小さな小さな声で呟かれたその言葉に、僕とエリヤは顔を見合わせる。その声には怯えの色が含まれていたからだ。
エレレトさんは聞こえていないようだったが、多分、それについては触れない方が良い気がする。
僕がそんなことを考えていると、イオリさんが口を開いた。
「ちょい大型の魔物の討伐依頼とか無いか? 金になりそうなやつ」
「大型の? 最近は魔物の被害が出ても殆どゴブリンかオークでしたからねぇ」
「あんまり大型の依頼って見ないよな」
困ったようにそんなやり取りをする男達。だが、一人が思い出したように「あ」と声を発した。
「そういえば、もう何年も前にドラゴンの討伐依頼が出てたよな」
「ああ、中型のドラゴンが近くの村まで降りてきたから騎士団まで出張って冒険者を募ったやつか? 結局、警戒しながら人数集めてるうちにドラゴンの方が山に戻ってしまって不完全燃焼したな」
男達の会話に、イオリさんは口の端を上げて納得したように頷いたのだった。
食料などを揃えて街を出て、イオリさんは上機嫌に街道を進む。何故か来た道を帰る方向に。
「前に言っていた山に向かうんですか?」
嫌な予感と共に僕がそう尋ねると、イオリさんは頷く。
「おう。前から当たりをつけていたんだよ。やっぱり居たな、ドラゴン」
「ドラゴン……いや、僕はもう驚きませんよ。神話にある、ワイバーンの卵を奪って逃げるとかそういうことでしょう? 走るのは得意ですからね。エリヤと一緒に一番に逃げ切りますよ」
そう言うと、イオリさんは意地の悪そうな微笑みを浮かべ、山の方角に顔を向けた。
「まぁ、似たようなもんだな……はっはっは……」
イオリさんのその態度に、馭者をしているエレレトさんが険しい表情でこちらを見る。
「ミトラ君もエリヤちゃんも、覚悟はしておいて」
「え?」
「……イオリさんがこんな顔をしてる時は、何回か死ぬくらい危険な事態になるから」
「あの、僕は多分一回しか死ねないです……」
「私も一回死んだらもうダメかなぁ……」
僕達がそんな会話をしていると、イオリさんは朗らかに笑ってこちらを振り返った。
「やっぱ、冒険者なら冒険しないとな?」
「僕のランクにあった冒険なら大歓迎ですよ?」
「おお、ぴったりだぞ。Eランクに相応しい任務だ」
「はい、嘘です! 絶対に嘘!」
僕がプリプリと怒ると、イオリさんは本当に楽しそうに笑った。酷いと思った。
街道から外れ、馬車は草の隙間から土が露出した獣道を進め始める。
イオリさんは面白くて優しいけど、かなり不思議な人だ。色々と不安だし、酷い仕打ちをするし、文句も言いたくなったりはするけど、それでも、気が付いたら一緒に笑っている。
この人に付いていこうと決めたからには、迷わずに付いていこう。
僕はそう思って、口を開いた。
「まぁ、行きますけどね」
僕がそう呟くと、イオリさんは目を丸くしてこちらを見ていた。
その驚いた顔を見て少し胸がスッとした。
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