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第14話【短い旅の始まり】

 馬車から顔を出し、エリヤが楽しそうに外を眺めている。そして、その様子を馬車の外から和やかに見つめるイオリ。


「うんうん、楽しそうで何より」


 イオリがそう呟くと、近くで走り回るミトラが口を開いた。


「て、て、手伝ってくださいよ、イオリさん!?」


 ゴブリン五体に追い掛けられているミトラが批難の声を上げるが、イオリは馬車の前で腕を組んで口を尖らせる。


「ゴブリンの十や二十くらいスパパッと片付けろって。ほら、エリヤが応援してるぞー」


「お兄ちゃん頑張って!」


「同時は…! 同時はちょっと…!」


 弱音を吐きながらも一体ずつゴブリンを倒すミトラに、エリヤが目を輝かせて声援を送る。


 街を出て一週間。四度目の戦闘にもなるとエリヤもかなり慣れてきており、ミトラが戦う姿を見ても目を背けることは無くなった。


 馬車の反対側では既に二十体以上のゴブリンを斬り捨てたエレレトが剣の手入れを終え、ミトラの様子を見に出てきていた。


 ミトラの戦いぶりを眺め、エレレトが首を傾げる。


「もう十分正面から戦える力はあると思うけど?」


「いやいやいや、さ、三体なら! それも正面から順番に来てくれたら!」


 エレレトの疑問にミトラが律儀に答えた。


「お兄ちゃん! 怪我したら私が治してあげるからね!」


「エリヤ、まだすり傷しか治せないじゃん……!」


 ミトラの文句にエリヤは頬を膨らませてイオリを見た。


「この前は切り傷を治しましたよね?」


「ん? あ、ああ……深さ二ミリくらいだけど、分類的には切り傷かな……うん」


 イオリが曖昧に笑いながら答えると、エリヤは満足そうに笑った。


 何か役に立ちたいというエリヤの言葉を受けて、適性を見出したイオリは回復魔術と医療的な知識を、エレレトは冒険者としての知識を教えている。


 何故か対抗心を燃やし、ミトラはうさ耳を使っての周囲の警戒と音の聞き分け方を教えようとしたが、既に出来ているので意味は無かった。


 まだ街道に沿って進んでいる為か、旅は順調である。


 冒険者を護衛に雇った行商人もちらほらと見られ、イオリ達はゆったりとした旅路を歩んでいた。


 だが、その旅路を人々の悲鳴が遮る。


「と、トロールが出たぞー!」


「お、おい! あんたらも逃げろ! トロール三体だぞ!」


 注意喚起しながら走ってくる行商人の一団に、イオリは口の端を上げて頷いた。


「よっしゃ、丁度良い練習台が来たな」


 イオリのその一言に、ミトラのうさ耳はぺたりと下に向いた。


「……ま、まさか……」


 そう呟くミトラに輝くような笑顔を向けて、イオリが口を開く。


「俺が一体、エレレトが一体……残りは?」


「……ぼ、ぼ、僕、ですか?」


「頑張れ」


「と、トロールってCランクの魔物じゃないですか!?」


「そうだったか? まぁ、ミトラならギリギリ……」


「僕Eランクですけど!?」


 顔面蒼白で拒否し続けるミトラを見て、エリヤも不安そうに表情を曇らせた。


 そして、街道の奥に目を向け、遠くからこちらに迫ってくる魔物の姿を発見する。


 暗く紫がかった肌の巨人。それが、トロールの第一印象となるだろう。露出した身体はどこをとっても分厚く、皮の表面はひび割れて石のようなゴツゴツとした印象を受ける。


 ギョロリと動く目は知性の光が薄く、凶暴さだけが際立っていた。


 大きさは個体差が大きいのだが、現れたトロールはどれも五メートルを超える中型から大型のサイズである。


「では、お先に」


 エレレトがそう言って駆け出すと、すれ違う行商人一行がエレレトの背を目で追った。


「お、おい!?」


 冒険者らしき男の一人がエレレトの背に声を掛けたが、エレレトは燃えるような赤い髪を地面と水平に流し、一気にトロールへと接近していく。


 トロールが風のような速度で迫るエレレトに気が付いた時、既にエレレトは剣を上段に構えて飛び込んでいた。


「ふっ!」


 気合い一閃。剣の描く白い軌跡がトロールの右脚をすり抜け、風圧が地面を抉る。


 腹に響くような低い声を上げて、トロールは失った脚の方向へと崩れ落ちた。


 そして、両手で身体を支えようとするトロールの首を返す刀で切り上げ、一刀両断する。


 瞬く間にトロール一体を屠ったエレレトに、逃げようとしていた行商人一行が目を剥いて立ち止まった。


 そして、そんな静かな間を素知らぬ顔のイオリが無造作に歩く。


 トロール二体が咆哮を上げて腕を振り上げる中、イオリは長い剣を手に地を蹴った。


 地面が弾けたように爆ぜイオリの姿が消える。土埃が舞うだけになった場所をトロールの腕が轟音を立てて通り過ぎた。


 トロールの一体はエレレトに腕を振るおうとし、もう一体はイオリの姿を探して周りを見回した。


 いつの間に移動したのか、トロールのすぐ真後ろに立っていたイオリは、剣を構えて飛び上がる。


「ラーイラーイ剣っ! チャーシュー大盛りバージョン!」


 イオリが謎の言葉を叫びながら剣を振り上げると、トロールの身体が冗談のように真っ二つに切断された。


 絶句する行商人一行とウサギ兄妹。


 地面に着地したイオリは、残ったトロールと呆然とするミトラを見比べ、一人頷く。


「ちょいハンデがいるか」


 そう呟くと、剣を斜めに振り下ろし、残ったトロールの左腕を切断する。鼓膜に突き刺さるような絶叫を上げるトロールと、それを満足そうに眺めるイオリ。


 エレレトはその様子を頬を引きつらせながら眺めた。


「ミトラ! こいつを一人で倒してみ」


「え、えぇ!? もうお二人で倒してくださいよ!」


「ばっかチーン!練習にならんじゃないか!」


「練習相手が問題ですよぉ……」


 イオリが怒鳴ると、ミトラは泣きそうな顔でそう呟き、剣を手に歩き出した。その哀愁漂う背中にエリヤが不安そうな顔で口を開く。


「お、お兄ちゃん……! 無理しないでね!」


「……が、頑張る」


 エリヤの応援に顔を上げたミトラは、怒りに荒れ狂うトロールを見て口を真一文字に結んだ。


「やるぞ……やるぞ……!」


 身長が低い兎獣人のミトラが巨体のトロールに向かっていく。それを見て、行商人一行が眉根を寄せた。


 ミトラの顔と震える手を見て、怒り狂う隻腕のトロールを見る。


「だ、ダメだ! 勝てる気がしねぇ……! おい、助太刀するぞ!」


「お、おお!」


 行商人一行の護衛をしていた冒険者達は慌ててミトラの下に走り出し、イオリは不満そうに目を細める。


「計算ではギリギリ勝てるくらいだったんだがなぁ……まぁ、共闘の練習になるから良いか」


 イオリはそう口にすると、ミトラに加勢した冒険者達に向かって声を張り上げた。


「攻撃はあんまするなよ! 援護くらいにしろ!」


「へ、へいっ!」


「わっかりました、旦那!」


 イオリの指示に、何故か初対面の筈の冒険者達が一斉に返事を返し、イオリは眉根を寄せる。


「誰が旦那だ、誰が」


 イオリは不機嫌そうにそう文句を口にした。


 トロールはミトラを含む冒険者五人により、一時間後に討伐されたのだった。



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