第13話【イオリとエリヤ】
【イオリ視点】
ボロい、というか一見すると廃墟といった様相の建物を眺めて、俺は小さく息を吐く。
だが、住んでいるのが兎獣人の兄妹ならば納得は出来た。
獣人は奴隷として高く売れる傾向はあるが、兎獣人はその中でも一際高く売れる。殆どが女で、まず間違いなく可愛らしい小柄な容姿の者であることが原因だろう。
まったく、金にモノを言わせたロリコンは恐ろしい。
そんな者達から隠れる為の兎の巣が、この崩れかかった家なのだ。
しかし、ミトラは気が付いているのだろうか。希少価値が高いのと、そういった趣味の者からの要望が多いこともあり、兎獣人の少年は更に高値で取り引きされるという事実を。
いくらこの街が平和であれ、いずれミトラ達を狙う輩は現れるだろう。
ミトラがBランク以上になれば、早々捕まることはあるまい。だが、今みたいに弱い時に、実力のある者に狙われれば、ミトラはすぐに捕まるだろう。
ミトラがいなければ妹も死ぬ。どちらかが捕まれば、それを人質にされてもう片方も捕まる。そんな未来が容易に想像される。
「ただいまー」
と、ミトラの明るい声で、俺は現実に戻された。
「……どうぞ」
「ああ、お邪魔するぞ」
「お邪魔します」
ミトラに促され、俺たちはそっと室内に入る。
こじんまりとした部屋だ。殺風景と言っても良い。藁を敷いた粗末なベッドと、小さなテーブルがあり、棚と椅子がある。ゴミや雑貨が無い為、生活感が感じられなかった。
「……? 妹さんは?」
エレレトが不思議そうにそう尋ねると、ミトラは苦笑しながら口を開いた。
「出てきても大丈夫だよ、エリヤ」
ミトラがそう口にすると、壁の側の棚が動いた。棚と壁の間に隙間が出来、そこから小柄な少女が顔を出す。
白く長い髪、透き通った白い肌、そしてピョコンとうさぎの耳が頭の上にある。
というか、あの棚の後ろに穴があるのか。本当に兎の巣みたいだな。
「あ……い、いらっしゃい、ませ……」
緊張が強張った顔だけでなく、発せられた可愛らしい声からも伝わってくる。
確かに、高値で売られるだけはある。儚くも美しい、華奢で小柄な少女だ。
「エリヤ。この人達は僕がお世話になってる、冒険者の人達だよ。イオリさんと、エレレトさん」
ミトラがそう紹介すると、エリヤは何とか笑顔になり、ゆっくりとお辞儀をした。
「初めまして、エリヤです。お兄ちゃんがいつもお世話になってます」
「イオリだ。よろしくな」
「エレレトよ。よろしく、エリヤちゃん」
挨拶を交わし、ミトラに顔を向ける。
「よし、後は任せた」
「……は、はい」
ミトラは俺の言葉に少し暗い表情で返事をすると、エリヤをベッドの上に座らせ、これまでの経緯を説明した。
エリヤは静かにミトラの話を聞き、口を開く。
「……私の薬……?」
エリヤがそう呟くと、ミトラは頷く。
「エリヤは、どうしたい? エリヤは身体が弱いから、無理と少しでも思うなら止めた方が良いと思う。行かなくても……」
「行きたい」
ミトラの台詞を遮り、エリヤはそう言った。ミトラが口を噤むと、エリヤは強い眼差しで顔を上げる。
「お兄ちゃん、ごめんね。心配してくれてるのに……でも、私は行きたいよ。もし、薬が無かったとしても、その冒険をやり遂げたら、私は今より強くなってると思うの」
それだけ言うと、エリヤは眉をハの字にして顎を引いた。
「……わがまま言ってごめんなさい」
そんなエリヤの謝罪に、俺は口の端を上げる。
「自立したいって事だろう。我が儘なんかじゃないさ。なぁ、ミトラ」
「……そう、なんでしょうか。僕には分かりません。ただ、少し寂しくて……でも、エリヤが少し大きく見えるようになった気がします」
切なそうに笑うミトラに、エリヤが涙ぐむ。
「ち、違うの、お兄ちゃん。お兄ちゃんに守ってもらった毎日も凄く幸せで、凄く嬉しかった。でも、私も自分の手で何かを成し遂げたい。自信が欲しいんだよ」
「自信が欲しい……そんなこと考えてたんだね」
何故かエリヤがフォローする度にミトラが落ち込んでいく気がする。
純真で優しい兄妹である。お互いがお互いを大切に思い、それ故に微妙な擦れ違いが生じている。ぶっちゃけ、言いたい事は言ったら良いのに、なんて思うから俺はデリカシーが無いと言われてきたのだろう。
この世界ではデリカシーが無い男が九割なので俺は標準的だが。
「まぁ、とりあえず同行が決定したなら荷物を纏めるとしよう。ギルドマスターに挨拶だけして、出発だ」
「え!? もうですか!?」
「急げよ? 二人分の買い物が増えたんだからな」
そう言うと、ミトラは慌てて準備を始めたのだった。
住処を引き払い、まず向かったのは服屋である。布屋に行くと服を作ってくれるのだが、それは上流家庭の買い方である。一般の者達は古着などを買うのが普通だ。
俺はいつも布から買ってたのだが、今回は時間が無いので古着である。
店内は綺麗な布のコーナーと雑多に並んだ古着のコーナーに別けられており、値段などは書いていない。古着のコーナーを見ていると、エリヤが目を輝かせて服に手を置いた。
「……初めて来ました」
エリヤの小さな呟きに、俺は首を傾げる。
「この店にか?」
「あ、いえ、この街の店はどれも行ったことが無くて……凄く大きくて綺麗なんですね」
そう言って、エリヤは嬉しそうに店内を見回す。大通りを歩いている時もそうだったが、どうやら殆どの時間を家の中で過ごしてきたらしく、何を見ても嬉しそうにしていた。
「……よし、好きなものを買え。エレレト、一緒に選んでやって」
俺がそう言うと、エレレトは笑いながらエリヤの側に歩み寄り、服を選び始めた。
「ミトラも好きな服を選んで良いぞ。子供服の棚から」
「……一応、大人の服から選びたいです」
ミトラは遠くを見つめながらそう呟いた。なんと我が儘な。エリヤは子供の服のコーナーから選んでるのに。
服屋の次に向かったのは冒険者ギルドである。ガラの悪い輩もチラホラいる為エリヤは不安そうだが、エレレトが側にいて絡んでくる馬鹿はいない。
ミトラが冒険者ギルドに入ると、あの受付嬢がパッと顔を上げた。
「あ、ミトラく……」
ミトラを贔屓する受付嬢が嬉しそうに名を呼ぼうとし、固まった。姿勢はエリヤの方に向いている。
受付嬢は両手で自分の口を押さえ、目を丸くした。
「み、み、ミトラ君!? そ、その子は……」
「あ、おはようございます。こっちは僕の妹のエリヤといいます」
「い、妹さん!? か、かわ、かわわわ……!?」
受付嬢はワタワタと動き回りながら意味の分からないことを口走る。どうやら、可愛い兎っ子が増えたせいで一時的にパニックになったらしい。
「……ギルドマスターに挨拶してくるぞ」
俺がそう言っても、受付嬢は正気に戻らなかった。うん、付き合ってられん。
俺達が二階に上がりギルドマスターの部屋に入ると、いつものように少し綺麗な格好をした山賊のような雰囲気のハルトが鉈を片手に椅子に座っていた。
「おお、もう間も無くAランクのイオリ君。お、エレレト殿にミトラ君……と、君は……」
「エリヤです。以前はお世話になりました」
ハルトは頭を下げるエリヤをジッと見つめ、深く息を吐いた。眩しそうに目を細め、ホッとしたように笑う。
「そうか……うん、この二人なら大丈夫。いや、それどころか最良の選択だろう! Bランク以上になったら必ずこの街に戻ってくるように!」
「は、はい!」
ハルトの言葉に、ミトラは大きな声で返事をした。
流石は冒険者ギルドのギルドマスター。俺達を一目見ただけで事情を察したらしい。エリヤのことを知っていたのは予想外だったが、話が早くて助かる。
「まぁ、俺はAランクになんてならないし、ミトラ達がこの街に戻るとは限らんが……」
「思ったことが口から出とるぞ、イオリ!?」