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第10話【起点】

【イオリ視点】


 路地を歩き、飛び出してきた男を見て立ち止まる。


「おら、金出しな。通行料だよ、通行料」


 そんな台詞に、俺は自分でも驚くくらい苛立った。


「……退け」


 低い声でそう呟くと、俺と目が合ったその男は腰を抜かして地面を這い、壁際に退いた。


 男を一瞥してから通り過ぎ、大通りへと出る。


「……どうします?」


「何がだ」


 エレレトの質問に、思わず低いトーンのまま答えてしまった。


 大通りの真ん中で立ち止まり、エレレトを振り返る。


「すまん。ミトラの話か?」


 俺が改めて聞き直すと、エレレトは困ったように笑った。


「そうですね。ミトラ君と、エリヤちゃんという妹さんの話、です」


「……さてな。ドラゴンの肉が効くと良いが」


 そう答えると、エレレトは難しい顔をして一歩近づき、俺を見上げる。


「……イオリさんなら、どうにか出来るんじゃないですか?」


 真剣な表情。


 エレレトは真っ直ぐにこちらを見つめて、そう口にした。


「バカ言え。俺は神様じゃないんだ。出来ることと出来ないことがある」


「……私は、たまにイオリさんが神様なんじゃないかと疑っていますが」


「誰かー、此処にバカがいまーす」


 エレレトに背を向けてそんなことを言っていると、俺の服の裾が掴まれた。


「冗談ではありません」


「むぅ……なんというクレイジーガールか」


「また変なことを……」


 冗談で流して立ち去ろうとすると、目の前にエレレトが現れた。回り込んだのか。ラスボスみたいな奴だ。


「これは私の勝手な思い込みかもしれません。間違っていたなら思い切り殴って下さい」


「俺が思い切り殴ったら界王様の所まで行くんじゃないかね?」


「……イオリさんは、もしミトラ君やエリヤちゃんに希望を持たせて、それで出来なかったら……とか考えてませんか? 二人が絶望してしまったら、と……」


「……よし、歯を食いしばれ。マジで全然違うわ、ボケー」


 腕を振り回す真似をして戯けるが、エレレトは表情を崩さなかった。


「……殴るならどうぞ殴ってください。何度も怒られてきましたが、結局一度もイオリさんは私を殴ったりしなかった。良い思い出になります」


「え……ドン引きなんですけど……何そのグッドメモリー」


 茶化しても戯けても、エレレトは引こうとせず、ただ、真っ直ぐに俺の目を見ている。


 そして、遂にこちらが根負けすることになった。


 俺は頭をガリガリと掻きながら、深く溜め息を吐く。


「……例えば、末期ガンの人間に、ガンが治るかもしれないと思わせる。だが、結果としては無意味だった。ごめんなさい……なんてな。そんなこと言えねぇよ。本気で、マジで、ガチで、俺には出来ることと出来ないことがあって、何となく分かるんだよ。あのエリヤって子は、俺には治せない」


 本心である。


 俺は本心でそうエレレトに告げた。ガンなどと言われても理解出来ないだろうが、言いたい事は伝わった筈だ。


 だが、エレレトは依然として厳しい表情を崩さず、こちらに歩み寄る。


 そして、口を開いた。


「……絶対、ですか?」


 魔法の一言を言われた。


 恐らく、この街で俺とエレレト以外には分からない、二人にしか通じない魔法の言葉だ。


 俺は何か言い返そうとして口を何度か開けたり閉めたりしたが、結局、笑ってしまった。


 笑って、笑って、笑って、空を見上げる。


 信じられないくらい綺麗な星空には、月が大小二つある。明らかに幅が広すぎる天の川みたいな帯状の銀河もある。


 まさに異世界だ。


 そうであるならば地球の常識なんて知ったことか。科学が無くてもこちとら魔法があるんだ。


 俺は深呼吸を一度して、視線を下ろした。


 そこには、まだ俺の事を見続けていたエレレトの姿がある。俺を信じ切った目で睨んでいる、エレレトの姿だ。


「いいか、エレレト。絶対無理、なんてあり得ない。絶対無理なんて言葉は絶対に無いんだ」


 俺がそう言うと、エレレトはあの頃のように嬉しそうに、無邪気な笑顔を見せた。


「っ! はいっ!」






【過去のエリヤ視点】


「ねぇ、お兄ちゃん。なんで、今日はあんなにお月様が輝いてるんだろうね?」


 太い樹に寄りかかり、私はそうお兄ちゃんに尋ねた。


「それは、エリヤに頑張れって言ってるんだよ。お月様はエリヤの味方だからね」


 お兄ちゃんはいつもの優しい微笑みを浮かべ、私にそう言った。


「そっかぁ……じゃあ、頑張らないとね」


 そう言って立ち上がると、お兄ちゃんは木の棒を持ってこちらに来た。


「ほら、これを持って。また少ししたら背負ってあげるから」


「大丈夫だよ。私達は足の速さが自慢なんだから」


「良く聞こえる耳もね」


「うん」


 そう言って二人で笑い合うと、私達はまた歩き出す。


 もうどれだけ歩いただろう。丸々一ヶ月は歩いただろうか。それとも、まだそんなには歩いていないのか。


 私の歩みに合わせている為、距離はあまり進んでいない気がする。


「なんで風は歩くのを邪魔するみたいに吹くのかな」


 私は向かってくる風に足を踏ん張ってそう言った。


「それは風がエリヤのことを好きだからだよ。皆、エリヤのことが大好きなんだ」


「ふふ、お兄ちゃんも?」


「うん、僕もエリヤが大好きだよ」


 お兄ちゃんのそんな言葉を聞いて、重かった足が少し軽くなる。


 いつも優しいお兄ちゃん。


 そんなお兄ちゃんだから、私は絶対にお兄ちゃんを守るんだ。


「大丈夫?」


「うん……お兄ちゃん。もし見つかったら、絶対に私を置いて行ってね?」


「分かったってば」


 こちらを見ずに笑うお兄ちゃんの横顔を見て、溜め息を吐く。お兄ちゃんは昔から嘘が下手で、その嘘に気付かないふりをしてあげるのは私の役目だった。


 何故なら、お兄ちゃんの嘘はいつでも私の為だったから。


 いざとなったら、私が自分でどうにかしないといけない。自分で自分を殺すというのは難しいかもしれないけど、お兄ちゃんまで一緒に捕まるのは嫌だ。


 モヤモヤと頭の中で色々と考え込んでいると、お兄ちゃんに声を掛けられた。


「……あ、エリヤ。かなり遠いけど、人の話し声が聞こえる。離れよう」


「あ、うん」


 お兄ちゃんのうさ耳は凄い。私はお兄ちゃんに言われてようやく聞こえてきたくらいだ。


 男の人同士の話し声だが、私達を追ってる人では無い気がする。


「……この声」


「うん、知らない人だね……どうしようかな。道が綺麗になってきたし、もうすぐ街には着くと思うけど」


「でも、街に入る時に……」


「そうだね。奴隷にされかかったから、お金も何も無いし……」


 そんなことを話しながら街道から離れていると、音は少しずつ近付いてきた。


「馬車だね……奴隷みたいな人を乗せてなければ、声を掛けてみようか」


 馬の蹄と車輪の音を聞き、お兄ちゃんはそう口にする。私達は一際大きな木の後ろに隠れて様子を窺った。


 暫くして、二人の男の人が乗った馬車が通り掛かった。


 一頭の茶色い馬が引く、黒い馬車だ。乗っているのは白い髪と髭の歳のいったおじさんと、痩せたおじさんの二人だ。どちらも座っているので体格は分からないけど、白い髪と髭のおじさんはかなり大きい気がする。


「そっちも最近はダメか」


「ああ、ダメだな。有望な奴らは皆王都に行きやがる」


「Aランクが三人か四人いてくれりゃあなぁ」


「贅沢言うなよ。二人でもいいから来たら嬉しいぜ」


「王都には二十人以上いる筈だろ?」


「まぁ、そりゃそうだがよ……」


 そんな会話をする二人に、お兄ちゃんと私は顔を見合わせる。


「……冒険者の人達、かな?」


「そうだろうね……」


 小さな声でそんなやり取りをした次の瞬間、おじさん達は馬車の上からこちらに顔を向けていた。


 木の横から顔を出していた私達は、慌てて木の後ろに隠れ直す。


 目が合ってしまった。間違いなくバレている。


 私が飛び出して時間を稼げばお兄ちゃんが……いや、お兄ちゃんはもっと必死になって私を逃がそうとするだろう。


 一緒に逃げる。それが一番な気がする。


「に、逃げよう!」


 そう言ってお兄ちゃんを見たが、お兄ちゃんは地面に尻餅をついてガタガタと震えていた。


 視線の先には、木の反対側から顔を出す二人のおじさんの姿が。


 その光景を見た瞬間、私もお兄ちゃんと同じように腰を抜かしてしまった。


「え、エリヤ! に、に、逃げて!」


 震えながら、お兄ちゃんが私の前に這って来る。


 その背中にしがみ付き、私は必死に叫んだ。


「お、お兄ちゃんが逃げて……早く……!」


 私がお兄ちゃんを逃がそうと手で押すが、お兄ちゃんは私を守ろうと退いてくれない。


 二人で押し合っていると、おじさん達が口を開いた。


「……おい、ハルト。お前の顔が怖いからコイツらが怖がっとるじゃないか」


「うるさい。お前が鬼のような顔をしとるからだ」


「馬鹿な。優しさの塊と言われる俺が鬼だと?」


「おうおう、おぞましさの塊とは言い得て妙な……」


 おじさん達はそんなことを言い合うと、睨み合った。


 その様子に、もしかしたら怖い人達では無いのかもしれないという考えが浮かぶ。


「……あ、あ、あの! ぼ、僕達、街に入りたくて……」


「あん? 街に入るって……おお、兎獣人か。なるほど」


 ハルトと呼ばれたおじさんは、私達の頭を見て頷いた。


「ほら。仮の冒険者証明書だ。これで入れるぞ」


 ハルトさんはそう言って、白っぽい革の板をくれた。そこには、青い盾と白い剣が描かれており、街の名前も記されている。


「おい、ハルト」


 もう一人のおじさんが咎めるような声を出すと、ハルトさんは鼻を鳴らして立ち上がった。


「仮の証明書があったところで、何も出来ん。本当に、俺にはこれ以上何も出来んからな」


「……はぁ、分かった分かった。落としたってことだな。こんな街道のど真ん中で、何故か証明書を落とした、と」


 おじさんはそう言うと、踵を返して捨て台詞を残した。


「ボケじじぃだな」


「なんだと、こら」


 二人の不思議なおじさんは、そうやって去って行った。


 お兄ちゃんは二人の乗った馬車が去って行くのを見送ってから、白い革の板を握り締めて私を見る。


「……僕、冒険者になるよ」


「あ、危ないんじゃない?」


「大丈夫だよ。絶対に強くなって、エリヤを守ってあげるからね」


 お兄ちゃんは目を輝かせてそう言うと、私に笑顔を向けた。


 強くて堂々として立派な冒険者のおじさん達に、お兄ちゃんは憧れたのだ。


 私は、お兄ちゃんがしたいことを見つけたことが嬉しかった。


「うん。頼りにしてるね」


 私がそう言うと、お兄ちゃんは嬉しそうに頷いた。


 冒険者。魔物と戦う強い人達。その中でも強い人達は、時に英雄と呼ばれることもある。誰でも冒険者になれ、誰もが英雄に成り得る為、皆が一度は憧れる存在だろう。


 それこそ、孤児でも奴隷でも平等に機会はあるのだから。



※イオリはストーカーではありません。

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