1、はじめまして
さて、どうしたものか。
僕、いや、私と名乗っておきましょう。
私は今現在、深刻な問題に陥っています。
金欠です。
お金無いです。
旅をする上で、いつかはお金が尽きることは覚悟していましたが、まさかこんなにはやく尽きるなんて。
だって前に資金稼ぎかてからまだ5ヶ月ですよ?
はやいですよね、いくら何でも。
でも、こうやって突っ立ってるだけでお金が手に入る訳でもないですし。
なにか、仕事でもしましょうかね……。
「よぉ、嬢ちゃん。うちの店寄ってかない?」
歩き始めた私に向けての声でしょう。
周りに誰もいませんし。
それにしても、嬢ちゃんですか……。
きっと、この長い髪と低い身長と中性的な服装のせいでそう思われるのでしょう、この街に来てからもう5回目です。
「いえ、私今お金ないので」
「そうか……嬢ちゃん可愛いから、割引きしてやろうと思ったんだがな……」
一瞬、ほんの一瞬だけです。
魔術で背中をへし折ってやろうかという、なんとも恐ろしい思考が。
この身長といい、高い声といい。
どうにかならないものでしょうか。
一人称が私なのと、髪をあまり切らないことにも問題はあると思うんです。
少なからず。
ですが、見た目だけで性別を判断してはいけません。
世の中にはオカマとか、そんな感じの人だっているんですから。
「ん? 1泊銀貨2枚? うーん、いつもなら安いんですけどね……」
今は金欠ですから、それを払う余裕も怪しいです。
財布の中身は……えっと……数えます。
……………………。
銅貨10枚と、銀貨3枚です。
これだと、安い宿で1泊して、ご飯を食べるだけでなくなりますね。
まずいです。かなり。
そもそも、通行料金で銀貨2枚とか、高すぎますよ。ええ。
仕方ありませんね、今日はここに泊まって、どこかで資金稼ぎしましょうか。
「あ、いらっしゃいませ〜。宿泊なら銀貨2枚です」
払いました。
涙が出そうでした。
「じゃあ、この名簿に名前書いといてください」
カウンターに置かれていた羽根ペンに手を伸ばし、私はそれを取らずに指を鳴らしました。
国家が誇る大規模な魔術師ギルドのランクトップ、精鋭魔術師の特権です。
私の場合は、魔法陣も杖も長ったらしい呪文も式もいらない魔術なので、大抵の事は指パッチンだけでなんとかなります。
「なんだ、魔術師の方でしたら、割引きしたのに。あ、精鋭魔術師に限りますけど」
「私精鋭魔術師です。ほら」
身分証明になる白金の懐中時計を見せ、一応名刺にもなるレーティングカードもカウンターの上に起きました。
「れ、レート38.5ぉ? て、ことはトップ中のトップ……」
「で、いくら割引きしてくれるんですか?」
「え、えっと、お支払い金額が、銅貨3枚になります」
随分とお安くなるんですね、高レートなだけで。
レート高い人いくらでもいますよ? 私より高い人見たことありませんけど。
「えっと、さっきの銀貨2枚お返しします。その代わり」
「銅貨3枚ですね、はい」
手際よく渡す私の手に、名前を書き終えた羽根ペンが指示を求めて飛び込んできました。
服にインクが付いたらどうするつもりなんですかね、この羽根ペン。
え? もちろん指パッチンで、もとあった場所に返しておきます。
「あ、お名前、レインっていうんですね」
「それがどうかしましたか?」
綺麗な名前ですね。
そう言われました。
明らかに、店員のアルバイトさんは女性を見る目で私を見ていました。
なぜ私はこうも女性として見られるのでしょう。
そもそも、私一応性別不詳ですから。たぶん。
実際、私よく理解してないんです。
だから、気づいてないだけで私は性別があるのかもしれません。
いつからこんなのかというと、師匠にふざけて性別不詳の魔術をかけられた時からです。
少なくとも、男であっても女であっても基本的に問題は無いのですが。
それでも、自分が何者かわからないのは恐ろしいことです。
さて、この宿屋に3泊はできそうなので、その間にお金稼ぎますか。
まぁ、魔術があるので基本的にインチキ呼ばわりされることはないですが、占いでもやってみましょうかね。
旅芸人なんてのも、いいかもしれません。
あそうしてあれこれ考えてるうちに、もう外は真っ暗です。ちくしょう。
歳をとると、時間の感覚が早く感じますね。まだ18ですけど。
今夜は、久々に出番の空飛ぶクッションに枕になってもらいましょう。
少し固めのベッドに横になりながらクッションを取り出すと、見事に魔力が切れて、手のひらサイズに縮まってました。ちくしょう。
〇
おはようございます、レインです。
朝食は抜きで、路地で資金を稼ぎたいと思います。
どうやって稼ぎましょうか。
旅人であるが故に定住することがなく、定住しなければいけないような仕事もできません。
さらにさらに、私大抵の事は魔術で済ませるのでアルバイトなんてできません。
幸いこの街には魔術師が少ないようなので、手品か占いでもしましょうか。
お、丁度いいところに私のお財……いえ、お客様が。
「ちょっとそこのお兄さん? 貴方今、恋人ができないことに悩んでますね?」
「えっ? なんでそれを……?」
「私、占い師ですから。見れば分かるんですよ」
もちろん嘘ですよ? 占いなんて、これっぽっちもできません。
大切なのは、どのタイミングでバレずに魔術を使うか、ということと、単純な話術です。
つまりは、信じさせればいいんです。
「なんなら、私が占って差し上げましょうか?」
「えっと、料金は……?」
抜かりありませんね、いつから有料だと気づいていたのでしょう。
まぁ軽く金貨1枚程度は貰っておきましょう。
はい、金貨1枚です。
「じゃあ、僕の恋人はいつ出来るのか教えてよ」
「わかりました、占ってみましょう」
懐から杖を取り出す振りをして、小さく指を鳴らしました。
誰も魔術を使っているだなんて、思わないでしょう。
まずはこの男性の素性を……おや、恋人ができないのが不思議なくらいいい性格してますね。
顔も決して悪くは無いので、ほっといてもそのうちできそうです。
が、それでは占いにはならないので、ちょっと頑張りましょうか。
杖で地面に書いた陣の上に、ただの大きなガラス玉を起きます。
もちろん、水晶玉という設定で。
まぁ、最悪でも形と目的があってさえいれば、魔術的に使えないことは無いですから。
「ふむ、恐らく、3日以内にはできるかと。貴方好みかどうかは分かりませんが、3日以内に運命的な出会いがある、と出ています」
ですが、私は先程言ったように占いなんてできません。
全部、魔術でことを進めてます。
つまり、言ってることはほとんど嘘です。
でも、しっかり当たりますよ? それを本当にすればいいだけの事ですから。
そうです。誰か彼の知らない人を同じ方法でだま……いえ、ゆうど……うん? 占って、くっつけてしまおうという考えです。
いい考えでしょう?
このあと彼らに見つからぬよう、街の別区画に移動して大道芸に挑戦するつもりです。
「このバラのブローチを襟に付けて、向こうの公園の噴水で待っていれば、そのうち運命の人がやってきますよ」
というか、向かわせますよ、運命の人を。
そうとも知らず、彼はいい笑顔と金貨1枚を残して、ご機嫌で公園に向かっていきました。
さて、どんな女性をだ……いえ、占いましょうか。
もう、面倒なので適当に、性格も顔も悪くない女性を連れていきましょう。
先程と同じ手口で、上手くいくといいんですけど。
ちなみにその後、占い師としてかなり儲かったので大道芸はしませんでした。
〇
昼食に、念願のパンプキンパイを食べることができました。
この国及びこの街は、カボチャが名産らしいです。
旅人として、旅先の名産をチェックするのは当然かと。
そういえば、旅を初めてもうかなり経ちます。
1度家族や師匠のところに帰ってもいいかもしれません。
お土産は何にしましょうか。
今まで訪れた街や国のお土産も一応買ってはいますが、正直どれも微妙なんですよね。
「あら? レインさん?」
「おや、貴女はたしか宿の……何しにここへ?」
「はい、今度実家に帰るので、お土産を見に……」
奇遇ですね、私もです。
ところで、貴女には私がどちらの性別に見えてますか?
あ、女ですか、そうですか……。
やっぱり、どこへ行っても女性に見られてしまいますね……。
「レインさんの出身地って、どこなんですか?」
「ただの小さな街です。正確にはド田舎で。グランリードっていうところです」
「グランリード……ルフノメア城下町から電車で2時間半の、あの?」
そうです。
ギルドまで片道2時間半かかります。実家からなら。
だから、ギルドの宿舎を利用していましたし、師匠の元での修行も城下町でした。
まあ、もう空はクッションで飛べるので電車なんてのりませけど。
「えっと、貴女……名前をまだ聞いてませんでしたね……」
「あぁ、私はアルテノアです。ノアって呼ばれてます」
「わかりました。ノアさんの故郷はどちらなんですか?」
グランリードのことを知っているってことは、そう遠くはないはずです。
あくまでも予想ですが、恐らく西のウェストグランの辺りかと。
「シャルナです。イーストグランの南部の。」
あら、まさかの逆方面でした。
シャルナといえば、確か空白の魔術師の出身地だったかと。
「に、しても。めちゃくちゃ近所じゃないですか。魔術使えば30分で着きますよ」
「じゃあ歩いたら2時間くらいですか?」
「まぁ、そのくらいでしょうね」
もっとも、歩くことなんてありませんが。
まぁ、魔術師か魔法使い、魔女や魔導士の類でなければ空は飛べませんし、歩くか車か電車くらいしか移動手段がないですからね。
それにしても、ノアさんはどうやってこの街までたどり着いたのでしょう。
シャルナからはかなり離れているはずです。
もちろん、グランリードも。
あ、そういえば。
私が故郷に帰る目的は、師匠に魔術を解いてもらうことです。
はい、それだけです。
この前行った温泉の国では、性別不詳だったせいで大浴場には入れませんでした。
宿の部屋についていた小さな浴槽でひとり寂しくお湯に浸かることしかできなかったんですよ。
あの時は非常に残念でした。
「レインさん、いつ出発するんですか?」
「そうですね……明日の朝にでも出発しようかと。その為にも、今から頑張って観光しないといけません。」
では、また宿で。
お土産のカボチャクッキーとパンプキンパイを魔術カバン(外見小さめ中身大量)に収納し、私はお店を後にしました。
この国はいいですね、私が高レートの魔術師というだけで、半額以上割引してくれます。
ちなみに今旅をしている理由は、師匠曰く「世界を知れ」とのことです。
まぁ、どこの国でも私を超えるレートの人にはまだ出会ってないんですが。
でもまあ、強い魔術師や魔導士には出会えたので、1度街へ帰りたいんです。
魔術を解いてもらうために。
お土産はそのついでです。
さぁ、日が暮れるまでにしっかり観光しないと、損しますね。
頑張って歩……飛ばなきゃ。
クッションで。
私の見た景色は、きっと記憶に残るでしょう。
〇
宿に戻ってきました。
懐中時計を確認すると、現在夜の20時30分です。
調子に乗って観光した結果、夕飯を食べることも忘れてしまいました。
今? 当然腹ペコです。
お昼から何も食べてないですから。ええ。
まあ、明日の朝まで我慢したら、カボチャ料理でも食べて帰れますしね。
「ずいぶんと遅かったですね、レインさん」
「おや、ノアさんは相変わらずアルバイトですか?」
「いえ、今日は客です。でも、部屋が空いてないんですよ」
なるほど、それで中の偉い人に確認を取りに行ってた訳ですか。
まあ、この人なら一晩くらい、一緒にいても大丈夫でしょう。
幸い、女性として見られてる訳ですし、ノアさんも女性です。
あぁ、こういう時不便ですよね、性別不詳の魔術って。ちくしょう。
何が不便って、説明しにくいじゃないですか。
それに、私が女である保証なんて、自分ではできませんし。
「良ければ、貴女の部屋に泊まってもいいですか? 私の分のお金はきちんと払いますし」
「まぁ……まぁいいですけど……」
どうなっても私は知りませんよ。
私が女性であることだけを、今は望みたいです。
女性なら、襲われる心配も襲う心配もないですから。
たまにレズとかいますけど。
さて、部屋はともかく、ベッドはキツイですね。
1人用なのに2人で寝ると、こんなにもキツいなんて。
「明日、一緒に帰りません? 私も魔法使えますし」
「そうですね、そうしましょう」
私魔術だけじゃなくて魔法も使えますし、箒で空も飛べます。
あれはある一部分が痛くなるので乗りたくありませんが。
そう、だからクッション作ったんですよ。
ある一部分が痛くなるなんて、恥ずかしい恥ずかしい。
それにクッションなら寝れますから。
「明日朝早いです。はよ寝ないと起きれませんよ?」
「あっわわ、分かりました。おやすみなさい」
はい、おやすみなさい。
お互いに背中合わせでベッドに潜り、睡魔に身を任せようと努力しています。
現在進行形で。
………………。
……そろそろ眠くなってきました。
私も寝ましょうか、ノアさんみたいに。
では、おやすみなさい。
〇
ノア 「いやぁー、美味しかったですね、カボチャ」
レイン 「ですね。カボチャライスは予想外でしたが」
ノア 「この街はいい街でしたね。また機会があれば来たいです」
レイン 「カボチャ食べに?」
ノア 「はい。美味しかったので……。レインさんも食べに来たいでしょ?」
レイン 「まぁ、来たいですね。あ、お昼頃に、近くの村に降ります。お昼食べて一服したら出発しましょう」
ノア 「りょーかいです!」
〇
今回の街の振り返り
通行料に銀貨2枚取られた。
5回ほど女性と思われた。
宿でノアさんと出会った。
路地で占い師やったら、予測以上に儲かった。
カボチャ美味しかった。
滞在期間:3日
所持金:金貨25枚、銀貨58枚、銅貨159枚
日付け:6月18~21日の朝
記録者:レイン
次の目的地:ルフノメア城下町
目的:師匠に魔術を解いてもらう
こんにちは。冬暁です。
虹色の彗星[旅路]をご覧いただき、ありがとうございます。
この作品は完全に作者のモチベ次第ですので、投稿ペースが遅いです。
できる限りはやく投稿しようとは思いますので、需要はないと思いますが気長に待ってやってください。