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アレから始まる恋物語  作者: 藤原 暦
第二章
8/11

アレから始まる恋物語 第七話

 朝。

 今日は曇り空で、午前中から雨が降る予報。

 作り置きの朝ご飯を、レンジで温めて食べる。


「今日は雨らしいな」

「…………」

「帰るまでにはやむといいけど」

「…………」

「響、パンツ丸見え」

「サイテー」


 向かい合って座る、うつむき加減の響。その目元には、睡眠不足の証がうっすらと見て取れた。

 天候と同じく、雲行きの怪しい妹がすねているのは、僕のせい。

 昨日、宿題を見てやるといったのに、僕はそのまま寝てしまったからだ。何回かノックしたみたいだが、一向に出る気配がないため、諦めたらしい。それで響は、宿題を諦めるか、徹夜で解くかの二択になったらしい。

 徹夜しないといけないとか、普段どれだけ授業を聞いていないのやら。

 ただ、律儀に徹夜で解いた、その頑張りにはエールを送りたい。

 ふてくされた妹は、つまらなそうにサラダを口に入れている。


「ごめん、響、何でもするから許して」

「……何でも?」


 鋭いまなざしが突き刺さる。そんな怖い顔しないでください。

 響は少し考えるように、視線をふらつかせた。


「……じゃあ、パフェ」

「パフェ? デザートのパフェ?」

「駅裏の超人気店の、パフェ」

「奢る。奢らせていただきます」

「お持ち帰りで、モンブランとショートケーキと、あと、たくさん」


 あとたくさんって何だよ。

 とりあえず全部了承して、なんとか機嫌を取り戻そうとする。


「お兄ちゃん、できるだけ要望に応えるから、許してください」

「はあもうしょうがないなぁ」


 そういいながらも、口元をほころばせる姿に安心する。

 埋め合わせは高くついたが、こればっかりは僕が悪い。


「今日、学校終わったらすぐね」

「え、部活は?」

「うちは、今日お休み」


 部活にお休みなんてあるのか? 首をかしげる。僕もサボれという訳か。


「遅くなると混んでくるし、夕ご飯食べれなくなるじゃん」


 それもそうかと、納得する。金だけよこせと、いわれなかっただけ、よしとしよう。

 ピンポーンと、呼び鈴が鳴る。響の友達が迎えに来たようだ。


「あ、きたきた。じゃあ、お兄ちゃん、後はよろしく! 学校の後もよろしく!」


 響は颯爽と立ち上がり、鞄を手に玄関へと向かう。

 やれやれと一息ついて、食器を軽く洗って食洗機へ放り込んでから、僕も後に続いた。



 ***



「イチゴとパンナコッタのソフトクリームパフェ!! いいないいなぁ」

「これで990円って、結構するわね」

「あのお店、ケーキもすごくおいしいんだよ。1ピース440円だけどね」

「ああ、気にせずおなかいっぱい食べれる体とサイフがほしいわ」


 放課後、駅裏の人気店の話で盛り上がる、藤咲とクリス。

 今から妹に奢らされる人気店のメニューがいかがなものかと、スマホで調べているところに彼女たちが来というたわけだ。そして、ちょっと貸しなさいと乱暴に、クリスが僕のスマホを奪った。今は藤咲がもてあそんでいる。


「パフェもケーキもおいしそうなのはいいけど、こんなに高いなんて……」


 一人、財布を握りしめて、僕は絶望を隠しきれないでいた。

 高校生のお小遣いで食べられないほど高いわけではないが、気軽に立ち寄れるものでもなかった。

 気の抜ける効果音とともに、僕の携帯が振動する。


「あ、唯川くん、妹さんからメッセージ。『お兄ちゃん早く』、だそうです」

「今度、あたしたちにも奢りなさいよね」

「いいねいいね、奢ってもらおうね」


 可憐なクラスメイト二人を引き連れてカフェとは、心躍るシチュエーションそのものだが、代償は大きそうだ。

 スマホを取り戻して二人と別れる。

 昇降口で、響が手を振りながら早く早くとせかす。


「元気だね」

「へへん。なんせ、お兄ちゃんの奢りだから」

「ゲンキンだね」


 そんな妹と、たわいない話をしながら歩く。

 駅裏には、会社員に人気の、高級志向なお店が建ち並ぶ通りがあり、その一角に、僕たちが目指すカフェがある。

 中に入ると、落ち着いた雰囲気という言葉がよく似合う、インテリアにも凝った作りのオシャレなお店だった。


「お兄ちゃん、すごく高そうなお店だね」

「実際高いな」

「うちは、この、イチゴとパンナコッタのソフトクリームパフェね」


 イチゴとパンナコッタのソフトクリームパフェ。

 ソフトクリームとシリアルとストロベリーソースが層をなし、その上にイチゴとパンナコッタが乗せられている。そこにも、これでもかといわんばかりにストロベリーソースがかかっていた。申し訳程度に添えられたミントも、彩りを飾る。

 僕の頼んだ普通のパンナコッタとは、ボリューム感が雲泥の差だが、そこは値段相応だろう。

 幸せそうにパフェを食べる響を見て、思わず口元が緩む。


「お兄ちゃん。あと、ケーキも忘れずにね」


 屈託のない笑み。

 そんな響とは対照的に、緩んだ口元が引きつる。

 合計五つもテイクアウトしたケーキを誇らしげに携える響。

 店を出て、ずいぶんと軽くなってしまった財布をポケットにしまうと、響はそのケーキボックスを僕に突き出した。


「お兄ちゃんごめん。友達に誘われたから、これ、持って帰って」


 兄から勝ち取った戦利品も、遊びには邪魔らしい。「帰ったらすぐ冷蔵庫に入れといてよ」、そういって、響は走り去る。

 はあもうしょがないなぁ。

 とはいえ、どうせ他にやることもない。これで貸し借りなしだ。

 僕が歩き出そうとしたとき、後ろから声が聞こえた。


「あ、あのぉ」


 聞き覚えのあった声に振り返る。

 そこにはこの前、近所の商店街で会った、あの少女の姿があった。

 嫌でも運命的な何かを感じた、いや、感じたかった僕の鼓動は高鳴った。


「きみは、あのときの……」

「ボクは、(あま)()って言うです」

「アマネさん?」

「はい。雨の音って書いて、雨音って言うです」

「そう……」


 僕は緊張して、それ以上何も言えなかった。

 それでもなんとか話を続けようと思い、話題を探していると、不意に、雨音さんが迫った。

 何の抵抗もなく、何の抵抗もしない僕に抱きついてきた彼女は、僕の胸に顔を埋めて言った。


「会いたかったんです、会いたかったんです」

「え、ええ!?」


 女の子らしい香りが、ふわっと、鼻をくすぐる。

 一体何が起こっているのか、よく分からなかった。彼女と会うのは2回目だ。初めて会ったときも、特に会話など無かった。今、こうして抱きつかれている理由が、分からない。

 もしかして、誰かと間違えているんじゃないか、そう思った。


「この前は、優しくしてくれたのに、お礼も言えないで、ごめんなさいでした」

「ちょ、ちょっと待って」

「ボク、あの後から、ずっと、また会いたいって思ってて、今日また会えて、嬉しかったです」


 離れてくれと言えない自分が情けなかった。

 この前のことを思い返す。こけた彼女に、一言声をかけて、手を差し出しただけだ。それだけなのに、また会いたいと思うものなのか。会えたとして、抱きつくほどなのか。


「ボク、一目惚れしちゃったと思うです」

「――えっ!?」


 そう言われて、はっと自分のことを思い出す。

 僕も、一度しか会ったことの無い彼女に、また会いたいと思っていた。

 さすがに、会ったからと言って抱きついたりはしないけど、そういうところ、女の子はずるい。こんなことされたら、僕は、きみのことを――


「やめてくれって、言わないですね」

「……嫌じゃ、無いからね」


 僕に抱きついたまま見上げる彼女の可愛さは、近くで見ると、それはもう、僕の語彙では形容しきれないほどだった。


「……じゃあ、ギュッて、抱きしめてくれるますか?」

「今、ケーキの箱を持ってるから」

「持ってても、出来ると思います」

「…………」


 据え膳食わぬは何とかという言葉を思い出す。

 ここは割と人通りの多いところだ。こんなところで抱き合うのはとてもじゃないが、遠慮したいところではある。しかし、可愛い女の子のお願いを断ることは出来ない。人目は気になるが、決意して、彼女の背中に手を回す。

 そのとき、僕の正面の、ちょっと先。50メートルくらい離れたところに、見知った姿を捉えた。

――藤咲雅だ!

 彼女と目が合う。

 彼女は驚いているようだった。

 僕も驚いた。

 そして、何だろう。何か、心の奥が、ずしっと重くなる、嫌な感じがした。胸が締め付けられるような、不安感。

 それでも僕は、雨音さんから、離れられなかった。

 気持ちを落ち着かせたいと、そう思って、雨音さんを抱く腕に力が入る。

 悩ましげな声をあげる彼女といつまでも抱き合いながら、僕は、走り去る藤咲を見送るしかなかった。

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