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アレから始まる恋物語  作者: 藤原 暦
第一章
6/11

アレから始まる恋物語 第五話

「二人だけでしたい話って、何かな?」


 放課後、屋上で藤咲と対峙する。

 ここは、彼女がアレまみれになった翌日に連れてこられた場所でもある。秘密の会話をするのにはちょうどいい。


「面と向かっては言いづらいんだけど、大事な話なんだ」

「だ、大事な話なんだ? って、もしかしてアレのこと?」

「いや、今日は違う。藤咲に伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「え、ええ? 唯川くんが私に伝えなきゃいけない、アレじゃ無いことって何? ドキドキしてもいいのかな?」

「うん、実は僕もドキドキしてるんだ」

「えええ? 私、困っちゃうな、どど、どうしよう、どうしよう」


 意を決して、彼女との距離を詰める。


「藤咲」

「は、はい!」


 目線がぶつかる。

 しばらくの沈黙の中、瞳をきらきらと輝かせつつも、スカートの裾を引っ張りながら時折視線をそらす彼女に僕は言った。


「……クリスがノーパンかもしれないんだ」

「なんだ、そんなことか。びっくりしたよ、変な期待しちゃったよ! ドキドキを返せよ! って、あれ? 今なんて?」

「ノーパンだよ、ノーパン! クリスは紐パンでも縞パンでも紐縞パンでも無く、ノーパンかもしれないんだ」

「や、やっぱり帰国子女はレベルが違うんだねっ、私には到底まねできないよ」

「それは関係ないと思うけど! それに藤咲のアレ好きも引けをとらないからね」

「女の子にアレを見せてくれなんて言っちゃう唯川くんだって大概だよ?」

「三歩譲って僕は女の子のおしっこが好きだとしよう。でも、直接見せてくれなんて言った覚えは無いっ!」

「譲るの三歩でいいんだ! もうそれ自白だよ、九十七パーセントそうだよっ」


 ここで僕らは気付く。これ以上アレについて話してはいけない。お互いに傷つけ合うべきじゃ無い。アレをなめ合う、じゃなくて傷をなめ合う訳じゃ無いけど、お互いに理解して乗り越えていくべきなのだ。


「藤咲、もう止めよう。きみの言うとおり、今日はアレの話は無し。すまなかった」

「いいよ、私こそごめん、ちょっと興奮してた」

「じゃあ、ノーパンの話に戻るけど……」


 笑顔をゆがませた藤咲が遮る。


「ふと思ったけど、私たちの会話って、おしっことかノーパンとか、そんなのばっかりだよね」

「藤咲、それ以上考えてちゃいけない」



 ***



「グッモーニング、やまて」


 いつものように軽快な口調で有栖川クリスは教室に入ってきた。ざわついている雰囲気を察したのか、早速僕に訊いてくる。


「なんだか騒がしいけど、何かあったわけ?」

「おはようクリス。昨日、開かずのトイレのハナコちゃんが出たらしいんだ」

「何それ、オカルト話にしては可愛らしいネーミングね」

「ハナコちゃんの声を聞いた人によって、泣き声だったとか、うめき声だったとか、あえぎ声だったとかまちまちでね、共通しているのは声が可愛いということで、ちゃん付けで呼ばれるようになったんだ」

「さすが新聞部、詳しいわね。で、開かずのトイレっていうのは?」

「旧校舎一階奥にある、使用禁止になっているトイレのことだよ。施錠されたのはかなり昔で、そこの鍵がもうなくなってしまって誰も入れないんだ。使用禁止になったのは単に老朽化で水道管が壊れたからなんだけど、それにこじつけた怪談話も多いね。誰かのいたずらだと思うんだけど」


 クリスは興味深そうに聞いていた。

 程なくして担任が教室に入り、ホームルームが始まる。

 今日のクリスも、別段おかしいところは見当たらない。やはりこの前見たアレは僕の見間違いだったのか、それとも休日にしかやらないのか。

 その疑問は、四限目の途中で晴れることになる。

 授業中、席を立った彼女は担当の教師にトイレに行きたい旨を伝え、教室を後にした。

 ふと時計を確認する。クリスが席を立って一〇分程が経過している。トイレにしては長すぎる……のか? よく分からない。僕は彼女がパンツを脱ぎに行ったんじゃないかと疑ったのだけど、それにしても長いか。

 気になってしまい、授業が耳に入らなくなった。

 意を決して、僕も席を立つ。


「トイレ行ってきます!」


 教室を飛び出したはいいが、どうしよう。

 まさか、女子トイレに入るわけにもいかないが、とりあえず一番近いトイレへと向かう。クリスもトイレに行ったのなら、そこへ向かうはずだ。

 教室を出てすぐの廊下を端まで進み、T字路をトイレ側に曲がる。

 理想通り、そこでクリスを見つけた。


「……やまてじゃない、あんたもトイレ?」

「やあクリス。突然悪いんだけど、そのスカートのポケットには一体何が入ってるんだ?」


 不自然に膨らんだポケットを指さす。

 教室を出る前はこんなに膨らんでいなかった。ということは、そこには何かが入れられたということになる。


「何って、ただのハンカチよ。そんなことを言いに来たわけ?」

「気になってしょうがないんだ。見せてもらえないか?」

「あんた、おかしいんじゃないの?」

「それは認めよう。ただ、スカートをめくってパンツを見せてくれよと言ってるわけじゃないんだ。ハンカチくらい、いいだろう」


 パンツという単語に反応して、クリスは眉をひそめる。


「……あんたやっぱり、あのときから気付いてたわね」

「ということは、ポケットの中身はアレなんだな」


 クリスは観念したのか、大きなため息と共に肩をすくめた。

 そして、ポケットの中身を僕に向かって投げる。

 弧を描いたそれを追う。

 手の中に収まって気付く。

 え?

 僕の両手の中で、湿っぽく、ほのかに暖かみの感じられるこれは、クリスの脱ぎたての? 脱ぎたてほかほかの? ぱ、パンツ?

 くすりと笑ったクリスは、「昼休み、屋上に来きなさい」、と言って僕を残してT字路を曲がる。

 心をはためかせつつ、心して確認したそれは、白いレースのハンカチだった。



 ***



「なんで雅までいるのよ」


 昼休みの屋上でクリスは不満そうに言った。


「深いわけがあってね。そんなことより、今きみはノーパンなのか?」

「さあね、どうでしょう。確かめてみたら?」

「聞いたな藤咲、確かめてみてくれ!」

「ちょ、ちょっと何それ? 反則よ反則!」


 十指を小刻みに動かしながら、藤咲がクリスにひたひたと迫る。


「クリスちゃん、観念してもいいよっ。私はクリスちゃんがノーパンでも軽蔑しないよっ」


 小柄な藤咲は素早い動きであっさりとクリスを捕まえた。いや、捕まえたというよりは抱きついたに近い。

 クリスの胸に顔を埋めて、両手が制服の中に入る。


「いい体してるねぇ。ふにふにだねぇ」

「み、雅、やめなさいよっ。ん、んんっ、くすぐったいわっ」

「いい反応だねぇ。スカートの中はどうなっているのかねぇ? おじさんが確かめてあげようねぇ」


 そう言って、藤咲おじさんは右手をクリスのスカートの中に入れる。


「きゃー、クリスちゃん! 本当に履いてないよっ」

「もう分かったでしょう! 離れなさいよ!」


 女の子同士で抱きついていろいろまさぐっているところを見て鼻血が出そうになっていた僕も、平静を装い歩み寄る。


「素直に白状しないからこうなるんだ」

「それで、あんた達はあたしをどうするつもり? やまてだけならなんとか押さえ込めると思ってたけど、こうも口が軽いとはね」

「クリスちゃん、安心していいんだよっ。私も唯川くんも、クリスちゃんサイドの人間だから!」

「え、どういうことよ?」

「私たちもね、クリスちゃんと同じように、人には言えないちょっと変な趣味があるんだっ」


 藤咲は、ここ最近の僕との出来事について語った。

 最初は冗談とでも思っていたのだろうが、僕と藤咲の真剣なまなざしを見て、クリスも納得する。


「あんた、しばらく見ないうちに変わった趣味を見つけたものね」

「クリス、おまえにそっくりそのまま返すよ」

「……もう一度確認するけど、あんた達はあたしを黙認するの?」

「そのつもりだ。それに止めろって言って止められるものなのか? 何か、通常ではなしえないものが得られるんだろう? ただ、困ったときはすぐに知らせてくれよ。僕も藤咲も協力を惜しまない」

「あんた達……、日本人って、変態なのね」

「おまえも日本人じゃないか。そうだ、クリスもおしっこ我慢するのか?」

「あんたのアレ好きはさんざん聞かされたけど、まさかあたしがしてるところが見たいなんて言ったりしないわよね?」

「わー、唯川くんだけずるい。私もクリスちゃんとおしっこについて語り合いたいよう」

「ちょっと待って、何なのあんた達? もしかしてあたしは、とんでもない奴らに秘密を握られたんじゃ無いの?」

「握られたんじゃ無い。握りあってるんだ」

「気持ち悪いこと言わないでよ! み、雅も、スカート引っ張るの止めなさいよ!」


 隠し事が無くなって、胸にぽっかり空いていた穴がふさがったような、何かが満たされる感覚を覚える。それはクリスも同じだと思う。

 僕たちはそれぞれ違うアレな趣味を持っているが、この三人ならば、どんな壁も乗り越えていけるような気がする。

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