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アレから始まる恋物語  作者: 藤原 暦
第一章
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アレから始まる恋物語 第三話

「唯川くん……、もう我慢できないよ」


 瞳を潤ませ藤咲雅はそう漏らした。


「私、……したいの」


 彼女の髪は少し乱れ片目が隠れていいて、赤らめた耳元が見えた。

 僕と視線は合わさずに、肩を丸めてときおり震えている。


「唯川くん、来て……」


 彼女は平坦な胸に手を置いた。

 僕はやれやと頭をかく。

 何か別のことをねだられているようでハラハラする。


「藤咲、トイレの前までは付き合おう。そこで待っているからしてくればいいよ」


 校門を出て学園公園にさしかかった頃、急にもじもじとし始めたので訊いてみると、どうやらトイレに行きたくなったらしい。ずいぶん我慢していたようで、もう限界だと語る。

 トイレの前まで同行し、行っておいでと促した。

 彼女は頭をわずかに縦に振って、歩き出す。

 しかしトイレを通り過ぎようとする。


「まて藤咲、きみはどこに行こうというのだ。トイレはこっちだ」


 咄嗟に肩をつかむ。


「ひゃうっ」、びくっと大きく揺れて変な声を上げた。

「お願い、外で。中は嫌ぁ」


 もんもんとこみ上げる何かを必死にこらえて諭す。


「トイレの中が嫌なんだな、分かるよ。公園の公衆トイレって清潔感が薄いところもたくさんあるもんな。だけど安心していい。ここのトイレはキレイだ。一日に一回、きちんと清掃されているからな」


 おしっこ我慢してたせいでスイッチが入っているのか、さっきからなまめかしい雰囲気にたじたじだ。

 結局、彼女に気圧されて奥まで来てしまった。

 この前、アレまみれになった茂みだ。


「私がするところ、見たいんでしょ?」


 茂みの向こうにしゃがみ込んだ藤咲が言った。

 僕にも心の準備という物が必要だ。急に言われても困る。

 そんな僕をしり目に、藤咲は体をくねくねさせた。しゅるしゅるっと、布がこすれる音が聞こえる。

 茂みに隠れて肩から上しか見えないが、何をしているかは想像がついた。


「今きみは、パンツを下ろしたんだね?」


 藤咲は頷く。


「見ても、いいよ?」


 許可は下りているが、情けないことに一歩が踏み出せない。

 いや待つんだ僕。今まだ僕は直接見ているわけじゃなく、茂み越しだ。茂み越しに女の子のアレを見ようとしているだけなんだ。ぎりぎりアウトだ。ただ、一線を超えるとそれはもうアウトだ。完全アウトだ。よく考えるとどっちもアウトだ。

 答えを出せずにいると、藤咲の様子が変わる。嬌声めいた声をこぼす。


「んんっ、ふあぁ」

「今きみは、ためにためたものを解き放っているね?」


 顔を直視するのが恥ずかしくなってしまい、目をそらす。

 目の前で彼女の趣味を見せつけられ、僕の中で生まれつつあった不思議な感情がはっきりと、鮮明に現れる。

 鼓動が激しくなり、息が苦しい。

 間違いない、これは、この感じは……。

 僕は茂みでアレをしている藤咲に――


「ゆ、唯川くん、終わったよ」


 藤咲の声で我に返る。

 彼女もようやくスイッチが切れたようで安心する。


「じゃあもう行こう、誰に見られるか分からない」

「ちょっと待って、今気付いたことがあるんだ。この前も思ったんだけど、私、おしっこを我慢すると体中が熱くなってきて、その、心の奥底にある、外でしたいっていう欲求が抑えられなくなってるんじゃないかなって」

「なるほど、我慢しなければいいってことか」

「で、でも、我慢するのってその、す、すごく気持ちいいと思わない? 尿意が高まるにつれて全身が火照ってきて、何か底知れない微かな快感と共についつい我慢したくなって、さっきみたいになっちゃうんだけど……」


 まじめな話をしているんだけど、男子とおしっこについて語ることはさすがに恥ずかしいのだろう。次第にうつむき加減となり肩を丸める。


「開放感は認めるけど、僕はそれほどでもないかな」

「やっぱり私って、変だよね。ごめんね、こんなことに付き合わせて。は、恥ずかしいなぁもう……」

「前にも言ったけど、僕は変だなんて思ってないよ。理解できないからおかしいと決めつけるのはちょっと違うと思う。おしっこを我慢しないことについては、是非試してみよう。どうしても耐えられなくなったらちゃんと僕を呼んでくれよ? どこへでも駆けつけるから」

「うん、ありがとう。そうだね、頑張ってみるよ。そ、それにしても唯川くんはそこまで、お、おしっこが好きなんだね。このままじゃあ、僕の顔にかけてくれよなんて言われちゃいそうだ」

「待ってくれ藤咲。僕は万が一きみがたまらなくなってしまって、外でアレをする時に安全を確証できればそれでいいんだ。変なプレイを要求することはないよ」

「うん、分かってる。唯川くんも一緒に我慢してくれるってことだよね。私たち、ちょっと変わってるけどお互いに頑張っていこうね」


 誤解されているのは間違いないが、ある程度信頼されているというのも確かだろう。

 とりあえず僕の望んだベクトルへと話は進んだ。つまり、どう思われようとも、彼女がアレをするときに側に居られればそれでいい。

 最大の懸念事項が解決し、ほっと胸をなで下ろす。


 そのとき、


「What are you doing?」


 不意に流暢な英語が響く。

 振り返るとそこに、少女がたたずんでいた。

 僕はその少女に見覚えがあった。


「く、クリスなのかっ?」

「ハロー、やっぱりやまてじゃない。四年ぶりくらい? お久しぶり。冴えない顔は相変わらずね」


 セミロングの茶髪を靡かせ、大仰に肩をすくめる。

 そう言い放つ彼女は有栖川ありすがわクリス。アリスだかクリスだかよく分からない。四年前、親の都合で海外に行ってしまった僕の幼なじみだ。身長は一六〇センチメートル程で、スレンダーなラインを持ちつつも、胸元の主張はささやかではない。

 向こうで、日本でいう中学校での教育を修業すれば帰ってくる予定だったけど、親の都合で帰る時期が分からなくなっているとは聞いていた。まさか高校二年の途中に帰ってくるとは思いもしない。それに、そんなこと聞いてもいない。


「久々なところ悪いがクリス、おまえいつからそこに居た?」

「四年ぶりだっていうのにずいぶんな挨拶ね。いつって、ついさっきよ。トイレを出たらやまての話し声が聞こえるような気がして、辺りを探していて見つけたのよ」

「僕たちの話は聞こえなかったんだな?」

「聞こえなかったというか、何言ってるのか分かんなくて、気になったからきただけ」


 どうやら僕と藤咲の秘密は守られているようだ。

 ほっとため息をつく。


「そんなことより」、クリスはびしっと僕を指さす。「その子はだれ? 紹介しなさいよ」


 それはそうだ、二人は面識がない。とはいえ僕も、幼稚園から小学校までは毎日顔を会わせていたがそれは四年前の話。雰囲気は残しつつもいろいろと成長した姿に驚く。


「えっと、こちらは藤咲雅さん。中一から同じクラスなんだ」


 ぴょこんと出てきた藤咲は、ぺこりとお辞儀をする。


「初めまして、た、ただ今ご紹介頂きました、藤咲雅と申します」


 本日はお日柄も良く、と続きそうな挨拶にクリスは笑いをこらえている。


「雅、あんたって面白いのね。そういう風に日本人が日本人しているところあたし好きよ。来週から、あんた達と同じ学園に編入することになってるから、これからもよろしく頼むわ。帰国後一番目の友人として仲良くしてちょうだい」

「よ、よろしくお願いします。有栖川さん」

「もー、クリスでいいわよ。さん付けもいらないし敬語もダメダメ。あたしも雅って呼ぶから、雅はクリスって呼んで」

「え、ええっと。クリスちゃん?」

「オッケーオッケー。これでこそフレンドね」


 彼女本来の性格と、海外生活の影響が合わさってとてつもなく強引でフレンドリーな人格になっている気がする。すぐに藤咲ともお友達か。

 クリスは編入の件で学園に来ていたらしい。どうやら、学園内で僕を見つけて驚かせようとしていたらしいが結局見つからず、諦めて帰る途中で偶然ここに来たそうだ。


「それはそうと、あんた達は付き合ってんの? いかがわしいことでもしてたの? もしかしてあたし邪魔してた?」


 いかがわしいことをしていたかどうかというと、イエスではあるが、僕達は別にいかがわしい関係ではなく、いかがわしいことをいかがわしくない程度にいかがわしくしていただけなのである。自分でもよく分からなくなってきた。

 よくよく考えれば、こんな茂みの中で男女がすることといえば、いかがわしいものかもしれない。いや、実際いかがわしかった。


「待てクリス。僕と藤咲はそんなんじゃないんだ。ちょっと訳があって、ここで調査をしていただけだ。なあ、藤咲」

「うん、ちょっと、調査してただけ」

「へぇ、調査って、なんの調査? 部活動?」


 調査という言葉を強調すれば訊いてくるのは当然か。ちょっと失敗したなと思いつつ、次の手を考える。


「そう、部活の一環でね。僕は新聞部なのだけど、最近この公園付近でオカルト的な噂があってね、それを調査していたんだ」

「あら、あんたまだそういうのが好きだったの? 小学校の時も新聞部だったわよね。ということは雅も新聞部なんだ?」


 しまった、話題を部活に振ってくれたのはありがたかったが、藤咲は新聞部じゃない。ここはもう、クリスが知らないであろう日本語に頼るしかない。


「藤咲は文芸部なんだけど、今回は特別に傍聴人として同行してもらって、形而上学的知見から助言をもらっているんだよ」


 僕だって形而上学の意味をよく分かっていないのだから、クリスにも当然分からないだろう。これで僕と藤咲が一緒にここにいた理由については説明できる。


「ボーチョーニンっていうのはオブザーバーのことよね。ケージジョーガクっていうのは何かの学問のこと? よく分からないけど、雅は専門家というわけだ」

「そうそう、そうなんだ」

「なるほど。それでこの水たまりを調べていたってわけね」


 クリスは藤咲由来の水たまりを指さす。

 藤咲は口元をわずかに振るわせた。


「それで、何か分かったの? この水たまりについて」

「その水たまりが、水たまりであることしか……」

「大変そうね」


 そう言ってまたオーバー気味に両肩を上げた。

 気付けば日は沈みかけ、空はオレンジ色に染まっている。


「日が暮れそうだ、そろそろ帰ろう」


 僕の提案にみな賛同し、三人で雑談をしながら駅へと向かう。

 クリスには藤咲とのことを隠してしまったが、彼女に知られたとしてもあのおおらかな性格だ。見ない間にずいぶんと変わった趣味を見つけたものだわ、と一蹴される程度で終わったことだろう。

 なんとなく後ろめたさを感じつつも平然を装い、四年ぶりの再会をかみしめた。

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