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「……ごめんなさい。わ……別れてください」
静かで落ち着いたカフェに向かい合わせで座る私の決死の覚悟で出したその言葉に、私の前に座る恋人が歪んだ笑みを浮かべた。運良くとでも言うべきなのか下を向いていた私にはその笑みは見えなかったが、ブリザードが吹いていることくらい分かる。
寒いっ! 気温1〜2度は下がったよね!?
答えを待つ美雨はブルブル震えるしかない。
「美雨。どうしてか理由を聞いてもいい? 嫌いになった?」
表向きうっとりするような秀麗な顔で何故か甘く囁く恋人に、私は心臓がバクバクしていた。
しかしそれは決してときめきなどではないことは、断言できた。
ここで嫌いになったと言おうものならどうなるか、想像力の乏しい美雨にも分かる。それは言ってはいけない言葉だ。
「嫌いにはなってないよ」
ただちょっと同性からの嫌がらせに疲れただけで。少しゆっくりしたい。
「ほんとに? なら良かった。繋がなくて済むね。」
繋ぐってどういう事だ。なにが良かったのか。この時の美雨には分からない。
本能的に安全そうな言葉を選んでいるだけだ。
あぁ、何で私はこんな人の告白を受け入れたのか。
意識のどこかでそんなふうに考えつつも、にじり寄ってくるとてもイケメンな恋人に冷や汗が背中に流れる。目が笑ってない! 告白された時はこんな男ではなかったはず。お前は誰だ、と言いたくなる。
「忠告しておくよ。美雨。僕の告白を受け入れたからには覚悟しておいてもらわないといけないからね」
にこにこと何も知らない女の子がいれば黄色い悲鳴でもあげそうなくらいに美しい微笑みを向ける恋人様。しかし美雨にはもうそれがケダモノの捕食前の微笑みとしか思えなかった。
「僕の事が、嫌いになった? 周りの同性が怖い? そんな理由で別れてなんてあげないからね。周りがうるさいなら結婚してしまおうか。別に美雨一人を養うくらいのお金ならあるし。」
どうしてそうなる!! 突っ込みたいがそんな場合ではない。結婚!? どこから出てきた!! 私は別れ話をしに来たはず……
「ねぇ……美雨。逃がしてあげないよ」
美しいお顔でそうのたまった恋人様に、逃げ道なんて与えられるはずもなく。追いかけ回されることになる。
それはもうトラウマになった。
ーーーー
背中にびっしょりとかいた汗に不快感を露わに顔を歪めたリィアデルは真っ青だった。
「な……なんて夢を見たのかしら……」
久方ぶりに見るその夢は、6歳の時に前世を思い出した内容とほぼ同じで『美雨』であった時の殺される数ヶ月前である。そもそも、あれが始まりだったように思う。
「なんでこんな夢を見たのか……想像出来るところが恐ろしい」
絶対に、昨夜の夜会での事だ。
アレが原因と言わずしてなんと言おう。
久々に恋人様に似た瞳を見てしまったからこんな夢を見たのだろう。
だが今世では、絶対に近寄らないし恋人にもならない。そもそもあの瞳の持ち主はこの国の第一王子殿下である。私のような平々凡々の女に興味など示すはずもない! 彼には王太子妃候補が何人かいたはずである。そう思い至ったリィアデルは、ホッと胸をなでおろしてべたついた寝間着を着替えることにした。
父から呼び出しを受けたのは、そのすぐ後だった。