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敵対空陣地の急襲、及び第36歩兵大隊『アーヴァレスト』救援作戦・4

 地獄へ行ったことは無いけど多分、こんな感じなんだろうと思う。

 それに塹壕で泥を被った死体。バリエーション豊かに兵士が死んでいる。ここでは命ほど安いものは無いだろう。

 俺たち先行する飛竜が敵部隊へと颯爽と斬り込んだことによって、敵部隊の攻勢は一旦は止んだ。その間に重飛竜が着陸。歩兵部隊の収容をしている。

 その全員はぐったりとしながら頭を垂れている。矢傷の無い兵士は一人といない。激戦の跡がそこにはあった。


「中隊長っ! 全員収容完了しました」

「御苦労だった。すぐさま撤退だ。重飛竜、出立せよ」


 残存兵士はおおよそ100人ほどだった。重飛竜2頭に満載すればなんとか飛んで帰れる数だ。

 フリオ大隊長も全身に血飛沫と汚泥を浴びている。ゆっくりと上昇する中、彼の眼は遠ざかる戦場を見つめ続けていた

 空だろうが陸だろうが、それぞれが命を投げ出して戦っている。兵科に貴賎なんてものはない。命を賭けて戦う同士であり同志のはずだ。

 つまらないところで立ち止まらずに、先へと進めばきっと、消えて無くなった故郷の事が分かるかもしれない。

 だからこそ俺は進み続けなければいけない。

 少しでも変わればいい。そうすれば何か変わるんじゃないか。基地への帰途、俺はふとそう思った。





 結果から言えば攻勢は失敗に終わった。得たものよりも失った物の方が多い。当面はまた防御戦に徹することだろう。

 ただ、この結果を受けたからか本国の更なる増援が図られるという。数個連隊がこの戦線に届くという。

 これで飛竜達もゆっくりと羽を伸ばさせることができるはずだ。俺たちの任務だって当面の間は定時の警戒飛行ぐらいのものになるらしい。


「先の戦いでは世話になった。感謝する。あのデカいヤツに兵士を載せて帰るだなんてなかなか思いつくものじゃない。お前さんらの上官殿は流石だな」


 ゆっくりと軍靴を鳴らしながら歩いてきたのはフリオ・カッツ。歩兵大隊の大隊長だった。

 外套を羽織るように着ていて、その下の半身は包帯で巻かれている。激戦の後を隠しようが無い。


「それとだな、お前さんの身の上話を聞いた。色々と大変なんだな。まぁ、気張らずに生き抜けばいいことあるさ」


 コノエ中隊長の行動が斜め上過ぎて俺は言葉にならなかった。

 何がどうなってそう言うことになったんだろうか。何もかもが謎過ぎる。横に居たマリアも不思議そうにしている。

 そんな風に口を開けたまま呆然としている俺の姿がおかしかったのかもしれない。フリオは鼻で笑うと言葉を続けた。


「俺の所の大隊は殆どが口の悪い南部出身の農民兵だが、アイツも中々だな。あれで貴族出身ってんだから驚きだよ」


 やっぱり、彼女に抱く感情はだれしもが同じなんだろう。改めて中隊長の凄さを再認識せざるを得なかった。


「ま、後ろの姫様には申し訳ないが、愛国心で志願した奴なんて方が少数だ。俺だって訳ありで士官学校に入ったからな、誰だってそんなもんさ。同じ苦労持ちってことで、面白い話を教えてやる」


 フリオは顎髭をひと撫ですると、周囲を見回すと口に手を当てて囁きかけた。


「内密にしてもらいたいんだが、捕虜の話だと敵は魔道具による飛竜への対抗策を講じているらしい。何かヒントがあるかもしれないな」


 魔法なんてものは王宮勤めの学者や市井の隅に追いやられている錬金術師のお遊びぐらいのもののはずだ。

 飛行学校時代はそういったオカルトじみた話をこのんでしている連中もいたけど、そんなのは遠い記憶の話だし、そんな話をしていた連中も今となっては隠したい歴史の1ページほどのものだろう。

 小馬鹿にしたような俺の表情を悟ったのだろう。フリオは自らを嘲るように小さく微笑んだ。


「なに、あくまで噂話程度にしてくれ。俺だって信じちゃいないさ。幸運を祈るよ」


 礼を言って頭を下げると、大隊長はこの場を後にした。堂々とした足取りだった。死ぬまで彼は戦場で戦いぬくんだろう。

 そんな背中を見送った俺たちは近くのテーブルについて椅子に腰かけると、カップに湯を入れて紅茶を仕立てた。


「魔道具だなんて、そんなことがあるのか」

「そんなような研究室は王宮にいくつかあったけど、どうなのかな。あくまで噂話なんだし気に止めることも無いんじゃない?」


 まぁ、目の前で肩をすくめているマリアの言葉が間違いなく正しいんだろう。

 戦場には常にそんなような噂話が飛び交っている。バリスタに替わる新兵器だとか、黒魔術による敵部隊への呪詛だとか眉唾ものの話ばかりだ。


「……でもさ、故郷、見つかるといいね」


 去り際、マリアは呟くように言った。

 彼女にとって、それはなんてことの無い言葉だったと思う。でも、なぜだか、その言葉が深く俺に突き刺さった。

 戦い続ければ故郷は見つかる。本当にそうなんだろうか。突如として消えた家々はどこへ行ったのか。肌寒さを凌げる煙突の煙、家畜がのびのびと暮らす牧草地、雪が残る峰。いずれも消えた。ぽっかりと開いた穴を残してどこかへと消え去った。

 コネもツテも何も無い今の俺に出来ることと言えば、結局のところ戦い続けることだけなのかもしれない。

 考えるだけ無駄なんだろう。少し伸びた雑草を蹴飛ばすと、俺は俯き加減に宿舎へと戻って行った。

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