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敵対空陣地の急襲、及び第36歩兵大隊『アーヴァレスト』救援作戦・3


 昨晩は酷かった。それでもなお、連隊指揮の下、満身創痍の歩兵部隊はなおも前進しなければならない。

 例の第36大隊を筆頭に、5000人規模・3個連隊による攻撃だという。

 俺たちも歩兵部隊を支援すべく出撃をし、味方歩兵部隊を援護した。攻勢が順調に進んでいるからだろう。地上すれすれを飛び、味方兵卒の顔を見るとあまりいい顔はしていない。ふざけた話だ。

 下から見ていると、やっぱり「手柄を横取りされている」という感が強いのかもしれない。こればかりは向こうが認識を改め無限りどうしようも無い話だろう。

 攻勢は一週間ほど続き、味方部隊の大多数は敵防衛線を突破していった。敵首都まで300㎞ほどの所まで来たらしい。元の戦線から30㎞は前進した計算になる。

 ワーカーホリックのコノエ中隊長にとっては歓喜すべき連日の出撃があったにもかかわらず、前線基地の帷幕で机に頬杖をつくその顔色は冴えない。


「……面白くないな。上手く運び過ぎだ」

「願ってもない大勝利じゃないですか。部隊の士気も高い。なぜ喜ばれないんですか」

「確かに勝ちはしているが消耗が激しい。こんなのはそう続かないだろうよ」


 我らが中隊長はつまらなそうに職務に励んでいるが、部隊の士気は良いし指揮も軒並み冴えていた。

 飛竜部隊を先行させて敵陣地を歩兵部隊と共同して強襲し、対空陣地を壊滅した後に重飛竜で防衛線を焼き払う。それと同時に歩兵部隊と飛竜が敵陣地に再突入。総仕上げに入る。

 そんなようなことを、この攻勢で出撃回数は週に50回を超えた。日中のほとんどは戦場上空で過ごした計算になる。おかしな話だ。

 到着時の重飛竜2頭も、即席で作った小屋で狭そうにしながら背を伸ばしていた時は状態も悪くなかった。ドラゴン種の特有の赤褐色の鱗は鈍い光を照らしていた。

 ただ、特に重飛竜は出撃を重ねるごとに鱗の色も潤いを失ったらしく、艶消しの塗料で塗りたくったように乾いたような色合いになっていた。俺たちが乗るワイバーン含め、間違いなく疲れている。厩舎の話だと少なくとも一週間は休ませなければまともな運用は出来ないらしい。


「そうは言っても机上の産物だった重飛竜の運用をここまで効果的に使っているのは中隊長だけですよ。これだったら士官学校の教科書にも載るんじゃないんですか? それどころか本国から特別勲章を貰えるかもしれませんね」


 敵部隊を蹴散らし、詳しい数字は覚えちゃいないけど、敵要塞や防御陣地は20近く潰したと思う。

 飛竜らの状態はよくないが、戦果はかなり挙げている。重飛竜部隊の機長らに聞いた話だと、こうして重飛竜が前線で用いられるのは初めてだったらしい。

 そんな条件下にあって、この急ごしらえの即席部隊をしっかりと運用し、無茶だと思われたこの大攻勢を成功に導くというのは並大抵の指揮官には出来ないだろう。


「教科書だの本国からの勲章だのには興味が無い。むしろ、これだけ物事が上手く進むことに不安は無いのか」


 中隊長は無愛想に口を開いた。

 俺の浮かべた間抜け面に呆れたのかもしれない。ため息交じりに茶菓子を口に放ると、そのまま言葉を進めた。


「アスカ、貴様も鈍い男だな。そもそもあれだけの陣地を築き、ガチガチに固めた防衛ラインがああも簡単に突破出来るはずもないだろう。ましてや要塞なんぞは対空兵器の針鼠だ。それがこうも無抵抗に敗れると思うか?」

「……まぁ、そうですけど」

「こちらは確かに前進している。だが、敵の損害はいかほどか? 貴様も空から見ていたのだからよく分かるだろう」


 戦線に作られた敵陣地は重飛竜によって焼き払い無力化した。初めての地空合同の作戦も教科書通りの運用が出来ている。

 唯一と言っていい問題があるとすれば、敵軍兵士の数があまり減っていないことぐらいだった。こちらの損害は500ほど。攻勢当初にいた兵士のうち、おおよそ1割は戦死をし、全体の内の2割は少なからず何かしらの損傷は負っている。

 だが、敵部隊の損害はそれと同等かそれ以下程度だろう。実際に空を飛び敵部隊を襲撃こそすれども「敵歩兵部隊を壊滅させた」という感覚はあまりない。


「……その、何が仰りたいんですか」

「はっきり言ってやる。これは罠だ。地図を見てみろ」


 そういうと机に味方戦区の地図を広げて見せた。

 攻勢の中心となる第2、第3連隊を核として、戦線中央から西から東へと一直線に敵陣地を蹂躙しており、その脇を固めるように第1連隊が戦線を広げている。

 攻勢当初はなだらかな山なりのラインだったが、中央突破が功を奏して味方部隊の深度は増した。


「確かに全戦線で味方部隊が押し上げていますね。それの何が問題なんですか」

「貴様が歩兵部隊の参謀でなくて本当に良かった。だったら今頃攻勢に出た全部隊は側面からのカウンターによって全滅だろうよ」


 兵数の大部分は敵防衛線を突破すべく中央に寄り過ぎている。きっと、突破した後は部隊を戦線左右に展開して包囲殲滅を狙っていたんだろう。

 空から敵部隊の規律だった退却姿がよく見かけられた。その理論でいくと、防衛線に展開していた敵部隊は既に後方への移転が済んでおり、味方部隊が殲滅すべき部隊はいないことになる。

 それどころか、そのはるか後方では反撃すべく、味方3個連隊と同等かそれ以上の兵数をこの戦線に送り込む準備が進められている可能性も高い。


「……やっと察したか。この攻勢で大事なのは敵部隊をどれだけ減らせるかだ。そもそもこちらの方が兵数は3分の2程度。同程度の被害が出て敵戦線の方が首都との補給路が縮まり、こちらはだいぶ伸びた。どっちが有利かは分かるだろう」


 中隊長はやれやれと言いたそうに紅茶をひとすすりした。至極もっともな話だ。

 包囲殲滅すべき敵部隊はおらず、それどころか逆に突出した味方部隊が包囲の憂き目に会おうとしているのだからどうしようもない話だった。


「もっとも、このまま攻勢を続ければ何かの拍子に大会戦が起きて勝てるかもしれないが、こちらには戦線をそのまま押し上げ続けるだけの体力はまずない」

「……何のための攻勢なんですかね」

「だから面白くない。そろそろ味方部隊は戦線の調整に入るだろう。ここからが本当の戦いになるぞ。休んでおけ」


 胸ポケットからハンカチを取り出すと口を拭った。そして、地図をしまい込んで再び長考に入った。

 歩兵部隊は確かに地獄だろう。多大な犠牲を払って勝利を手にした次の日には血みどろの撤退戦になる。そう言う意味では俺たちは高みの見物なのかもしれない。連中の言ってきたことは納得なんか出来ない。

 でも、その一端は理解できる。だからといってどうということはないのだが。





「指示が来た。全軍戦線を下げるそうだ」


 明朝、帷幕でのブリーフィング時にコノエ中隊長が書類を手にして大声で言った。やはり、彼女の読みは冴えていた。かの連隊長よりの書簡が早馬で前線基地に届いたという。

 戦線の突出部の喉元を突くように敵部隊が反撃に出て来た。それからは布を裂くように戦線は崩壊、退却戦に移行したらしい。


「その、前線の状況はどうなっているんですか」


 マリアが恐る恐る手を挙げて発言した。気にならない方がおかしいだろう。他の飛竜乗りもじっとマリアのことを見つめている。その場に居た飛竜士全員の意見を代弁しているようだった。

 当然中隊長はそれを察していた。抑揚無くつらつらと言った。


「敵の攻勢は凄まじいそうだ。とはいっても想定済みだったそうで、大部分は撤退に成功しているという……だが、幾つかの大隊が前線で孤立している。貴様らも良く知っている連中だよ」

「それって、まさか」

「お察しの通りだよ。本中隊及び重飛竜中隊は前線に取り残された味方部隊、第36歩兵大隊『アーヴァレスト』の救出に向かう。出立は3時間後の午前九時○○分。それぞれ準備を怠るな」


 何人かの口からため息が漏れた。俺たちがであった騒動の事は部隊無いじゃ知らない奴なんかいなかったし、「こっちから殴りこみに出よう」だなんて話もあったらしい。


「とはいっても、馬鹿正直に大隊が闘う場所に陣取った所で我々も巻き添えを食らって全滅も止む無しだろう。作戦がある。この通りに動けばいい」


 そういうと、中隊長は黒板に戦場地図を描き、作戦の説明を始めた。

 彼女の言葉が進むにつれ、帷幕内に立ちこめたさきほどの憂鬱な感情は遠くへと吹き飛んだだろう。いつも通りのいかれっぷりに呆れただけなのかもしれない。


「……以上だ。正直に言うとあの大隊は私も好きではない。だが、私情は捨てろ。目の前で何もせずに死なれるのだけは勘弁だ、それは貴様らも同じだろう……ならば戦うしかない。各々が役割を果たせば全ては上手く行く」


 そう言い残すと、俺たちの返事を待たずして帷幕を後にした。去り際、彼女の後ろ姿は自信に充ち溢れていた。

 そんな後ろ姿を見せつけられただけで、面倒くさそうに向けられていた視線はどこか熱いものへと変化している。俺だってそうだ。言っちゃなんだが、戦うのが“楽しみ”だと思える。そんな心強さが、彼女の背中にはあった。





 作戦の概要はこうだ。

 まず飛竜数頭が敵歩兵部隊を急襲。重飛竜は敵部隊への攻撃を加えながら強行着陸。それからは後続の飛竜が重飛竜を援護。その間に歩兵部隊を重飛竜に積載。重飛竜一機につき、ざっと30人は乗れるはずらしい。それからは対地攻撃を加えつつ歩兵部隊を安全地帯まで輸送。それを数度繰り返すのだという。

 結局のところ、いつも通りの無茶な強行作戦だ。

 そもそも重飛竜と通常の飛竜が連携して作戦行動をとること自体、前例がほとんど無い。それもぶっつけ本番で成功させなければならないんだから、また何とも言えない。

 空は曇り。高度を上げ過ぎると雲の欠片が槍のように突き刺してくる。寒いし痛い。

 即席の街道には味方部隊がうずめいていた。顔までは見えないが重い顔をしているのだろう。足取りはいずれも重たそうだった。


「アーバレスト発見っ! 距離は東方におよそ5kmほど。陣地を構築して交戦中!」


 先行していた斥候が隊長機に向かって大きく叫んでいた。

 確かに東の方川沿いで大きな煙が上がっている。

 

「一番機は貴様だ。敵陣を切り裂き、敵の出鼻を挫いてこい」


 中隊長の声が凛と響いた。

 敬礼すると、答礼して大きく後衛へと退いた。


「……マリア、今度は振り落ちるなよ」

「冗談は大概にして。アンタもしっかり操縦しなさいよ」


 マリアは背中越しにクロスボウの機械機構をガチャガチャといじっている。その間に肘で背中を小突かれた。

 それからすぐ、眼下に味方部隊が見えた。

 味方部隊はざっと100人弱。向かいあう敵部隊は5倍ほどだろうか。川沿いの小高い丘に陣取る大隊に対し、敵部隊は渡河しつつ攻めよせている。

 あの大隊長の防衛陣地はよく出来ていた。自然の障害物を利用しつつ、鋭角に連なった塹壕と重クロスボウを組み合わせて鉄壁の陣地を築いていた。敵勢の渡河地点も予測済みだったんだろう。ちょうど火力塹壕を利用して十字砲火を浴びせていた。

 だが、防ぐにも敵の総数は遥かに多い。仮にこの攻勢を防いだとしても、次の攻勢、その次の攻勢を受ければ到底持たない。自領地まで辿りつくことは不可能だろう。

 俺は大きく右手を振り上げた。


――全機、我に続け


 息を大きく吸った。

 そして、大きく吐くと同時に手綱を思い切り振りおろした。

 すぐさま地上へと急降下し、その5秒後には地面スレスレを飛んでいる。肌がキリキリと痛む。

 あの時、俺達に喧嘩を吹っ掛けて来た男の顔も見える。救援は予想していなかったんだろう。喜び云々よりも驚きの方が強かったように見える。

 ざまあみろ。今から助けてやる。

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