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敵対空陣地の急襲、及び第36歩兵大隊『アーヴァレスト』救援作戦・2

 一晩を野営地で過ごした後、敵前線の偵察命令が出た。

 この戦線は低草の草原地帯なので、身を隠す所も少なく敵の対空兵器が隠れていれば簡単に見つけられる。基本的には安全に飛べるだろう。

 そう言う意味じゃ、ここいらに俺たちの敵はいないようなものだ。

 相手部隊が攻勢に出てきてると言っても、飛竜部隊が屯しているところに丸裸でのこのこ行軍する部隊はそうない。本格的な攻勢に出てこない限りは防御陣地に籠もっていることだろう。

 実際、敵野営地や要害にはしっかりと対空陣地を築いている。見張り台や土塁には対空用のバリスタが軒並みこちらに標準を合わせて来た。さながら俺たちはハリネズミに飛び掛かる狼のようだった。倒せないことは無いだろう。でも、こちらも無傷とはいかない。それ相応の犠牲は覚悟しなければならないに違いなかった。


「……これは骨が折れそうだ。アスカ、お前ならやれるだろ」


 前線基地に戻ってから上機嫌そうに笑っている隊長は、きっと昨日の酒が抜け切れていないんだろう。苦笑しながら俺も言い返した。


「敵歩兵部隊のみならやれますけど、要害の急襲はさすがに無茶ですよ。あれだけ守りを固められてたら、まず近づけない」

「私もそう思います。何よりバリスタが危ない。向こうの技術力はウチよりも遥か上を行ってますし」


 マリアも同じような感想を持っていたようだった。

 それに、工業力は敵国の方が先を走っている。敵国の兵器の方が自国の武器よりも性能が良いということはザラにあったし、それを鹵獲してこちらで転用するということも普通に行われる行為だった。


「貴様らも一端の口を利くようになったな。昨日の今日で調子に乗ったか?」


 そんなわけあるか。

 前の砦を急襲した件だって、ほぼ死にかけた。あれで調子の乗れるやつが居たらそれこそ死ぬ。


「我々の部隊は国王陛下直属の部隊。とは言っても実際に国を回しているのは取りまきの大貴族らだ。無能どもの御機嫌を取らなければ、自由には動けずにどこぞの最前線で消耗するだけだぞ。貴様はそれがお望みか?」


 背後のマリアが「……違うし。お父さんはもっと有能だからそんなことしないし」背中をツンツンと爪を立てて突いてくるがこの際は無視する。

 口には出していないが、多分、それが俺の顔に出ていたんだろう。


「いくら無茶だろうがなんだろうが、我々の上官が『やれ』と言ったらやるしかない。そして、成功しなければならない。それすらも忘れたのか?」


 当たり前の言葉過ぎて返す言葉なんかは当然ない。俺に残された選択肢は、このまま非礼を詫びて引き下がるしかない。


「命令に従えないのであれば龍から降りてどこへでも行けばいい。その代わり、貴様の故郷は二度と戻らないかもしれんがな」

「味方部隊が敵軍と交戦中! およそ南方へ20kmの大平原戦区。大隊旗の紋章から察するに……味方部隊は第36大隊、『アーヴァレスト』です」


 斥候の飛竜乗りが汗だくになって駆けこんで来たと同時に、コノエ中隊長は既に牛革製のフライトジャケットを羽織って帷幕を出ようとしていた。


「敵軍の方が先に仕掛けて来たか……いいだろう。全機発進だ! 味方部隊の援護に向かう! 先鋒は貴様だ。これで済むんだから光栄に思え」


 顔を見ていないが、中隊長はきっと笑っていた。

 背中で語る女性は素敵だと思う。でも、どうなんだろう。その割を食うのは結局俺たちなんだから。まぁ、今回の件は自業自得のような気もするが。





 兵数500ほどの第36大隊『アーヴァレスト』が1500弱の敵軍団と応戦していたという。

 数に勝っている敵連隊は最前線の防御陣地を突破。そのまま直進して昨日泊まった野営地へと突き進んだ。

 野営地で見かけた千人長は兵を3分割して3分の1を陣地防衛に当て、もう3分の1ずつを敵軍左右両側面に回りこませたらしい。

 陣地構築がなされている正面で敵攻勢をしっかりと受け止めきり、勢いを削いでから両側面に迂回させた味方軍勢でハンマーと鉄床の原理で挟撃。それら戦術がパズルのように上手く嵌まった。それがほんの数時間前の話だという。

 眼下に戦場がはっきりと見えている。

 後退中の部隊と後ろ備えが入り混じっていて、ゆるゆると後退中だった。

 その撤退は組織的か、と問われれば答えは違う。ほぼ間違いなく潰走だろう。味方大隊は隊伍を組み直して追撃の構えだ。もっとも、その更に後方では敵部隊は撤退を支援すべく後方部隊が陣地を築いて応戦の構えだった。

 俺たち第8中隊が戦場に辿りついた時には、戦闘は既に決着がついていたといっていいかもしれない。敵軍は日差しの下のミミズように伸びきり干からびている。



「敵の土手っ腹に風穴を開けるぞ! アスカァッ! 号令っ!」

「全機機首下げろ。機銃手、準備いいかっ!」


 背後で音がした。装填しているのだろう。ボルトの入ったカートリッジを機械機構に組み込んでいる。


「よしっ、敵軍の中尻を叩いて敵軍を分断する。全機吶喊っ!」


 思い思いに雄叫びを上げ、飛竜は一直線に降りて行った。

 一列に雲を切り裂いて直滑降である。風がキリキリと肌を刺す。切り裂かれるように痛い。それでも、飛竜と共に滑空を止めることは無い。

 風を受け続けて地上まで十メートルほどまで迫った時、マリアに向けてハンドサインをひたすら送った。連射式のクロスボウが弦をばりばりと鳴らしたのがその答えなのだろう。

 後退中の敵に飛竜の急襲は効果は抜群だった。

 身を隠せるような人の背丈ほどある草木はあれど、飛竜の飛行を遮るような高木や森林はなに一つない。貴族の鴨撃ちよりも容易だった。弦と機械機構が音を立てるたびに、地上からは呻き声が聞こえた。地上への掃射は捗っているらしい。

 俺たちの急襲によって、後続部隊が構築しようとしていた敵野戦陣地はほんの1時間も経たないうちに壊滅していた。

 拠り所を失った戦場に残っている敵軍兵士も武器を捨てて投降するか、後方の要塞へと逃げ込もうとするくらいのものである。歩兵大隊も追撃を止めて被害状況の確認作業に移っている。完勝だった。





「戦い続けろ。貴様も分かってると思うが、私たちが出来ることはこれぐらいのものだ。その先に貴様の故郷がある。きっとそうさ」


 大隊野営地に着陸して、開口一番に中隊長は俺に諭すようにそう言った。

 俺が言い返すそうと口を開いた時には、飛行帽で乱れた髪をかきあげるとジャケットから酒の瓶を取り出して喉に流し込んでいた。


「部隊は野営地外にて待機。面倒になる。アスカ、マリアお前たちはついてこい。連隊長の帷幕に向かうぞ」

「は、はいっ!」

「先に言っておくが、この後に酒が飲みたくなったら私の所へ来い。いくらでも付き合ってやる」


 口を揃えた俺たちに振り向こうとせず、中隊長は意味ありげにそう言って足早に帷幕へと向かって行った。

 連隊長がたむろする帷幕は、野営地全体から取り残されているのかもしれない。そう思わざるを得ないぐらい、中と外は雰囲気が違っていた。

 テーブルにはご丁寧に盛られたサラダ類と肉料理。そして鮮やかな色をしたフルーツは細工を凝らした陶器の皿が用いられている。食器類はきっと銀製だろう。金メッキの燭台に照らされて鈍く光って見えた。

 場違いな品々の脇では無駄に男前な騎士たちが俺たちを冷ややかな目で見ていた。心情は外にいる一般兵に近いのかもしれない。そこは多少安心できた。その中に、千人長の姿もあった。


「第七飛竜強襲中隊、ただ今帰陣致しました。道中で味方部隊が交戦中でしたので加勢、存外の戦果を……」


 肘掛け椅子にもたれていたローレン連隊長は、不機嫌そうに敬礼する我らが中隊長を半ば無視し、俺の背後で小さくなっているマリアの元へと一直線に向けている。

 コノエ中隊長の口の中で舌打ちが小さく弾けたのを、俺は聞き逃さなかった。


「よくぞ御無事でおいで下さいました。そして、このような所へありがとうございます、ささっ、お座り下さい。地上から王女様のご活躍を拝見しておりましたが、やはり、王家の血は争えませんな。諸兄姉方に引けを取らない戦場でのご活躍は、この大戦の歴史に残るでしょう」

「……いや、いいから。ありがとう」


 矢継ぎ早に言葉を投げかけてくるローレンに、マリアも面倒になったのだろう。近づいてきた顔を押しのけて極めて儀礼的に言い返している。

 露骨に嫌なそうにマリアだったが、当のローレンはそれなりに満足したのかもしれない。「恥ずかしがり屋さんめ」みたいなほっこりとした笑みを投げかけると元の肘掛け椅子に戻って行った。


「確か、コノエ、といったかな。キミも御苦労だった。座りたまえ」

「はっ! 失礼いたします」

「先の戦闘の件はフリオ大隊長からも聞いている。君たちもよくやった」

「はっ! ありがたきお言葉でございます」

「現場には出ていないが、加勢があったからこそ楽に戦いが終わったのだろうな。本国への報告書にも君たちの名前を連ねるように指示しよう」

「はっ! 光栄の至りでございます」


 熱心に頷きながら語りかけるローレンに対し、コノエ中隊長が返す言葉にはやる気が籠もっていない。俺ですら分かるんだから、きっと向こうもそれなりに感づいているのかもしれない。一回り・二回りは年下であろう中隊長にこんな舐めた態度を取られるんだから、金杯を傾ける連隊長が少々不憫にすら思えた。

 しかし、ローレンの顔には微塵も不満そうな気配は無かった。下々の者がいくら不満を持とうがどこ吹く風なのだろうか。これも帝都住まいの大貴族がなせる技なのかもしれない。


「相手の一個連隊は壊滅状態だ。その隙間に我々の連隊をねじ込ませて戦線を突破しようと思うんだがね、どうだろう」

「はっ! 素晴らしき作戦だと思います」

「明後日には重飛竜が野営地に届くと聞いた。君たちの指揮下に入れるよ。手伝いたまえ」


 兵科は違うが、重飛竜については飛行学校で学んだ。

 飛竜の3倍以上の体躯を持ち、かつ喉にある火袋から火炎を吹く。それだけでも相手にとっては脅威だが更にその上には十名弱の射手が載っており、それぞれが地上部隊への支援射撃を行う。

 敵部隊を圧倒出来るだけの火力を持っているが、その飛行速度はかなり遅い。歩兵の一般装備の弩でも弓でも簡単に射ることができるので単騎で突っ込んだ所で敵対空陣地の餌食となる。

 だからこそ地上部隊との連携は欠かせないが、相互の運動が嵌まれば相当の戦功を挙げられるだろう。実際、そうやって勝利を掴んだ戦いも多いと言う話だ。ただ、実際に見たことは無い。

 量産の暁には敵部隊なぞどうということはなくなるだろう。でも、俺たちが乗るワイバーンは戦場でモノになるのに30年ぐらいかかるのに対して、ドラゴン種を育てるのには80年ぐらいかかるそうだ。話しにならない。今あるものを適切に運用する以外に方法は無い。


「飛竜に対して使うのが正しいかどうかは分からないが、虎の子の大型飛竜だからな。大切に使いたまえよ。ま、言われるまでも無いと思うがな」

「はっ! ご期待に添えるよう努力いたします!」

「一杯付き合ってくれ。色々と聞きたいことがある」


 ローレンの言葉に、中隊長の繕い笑顔が一瞬だけ崩れたのを見逃さなかった。


「貴様らは先に戻っていろ。後で行く」


 それでもなお、ローレンは満足そうに微笑み、金杯を傾けながら護衛の騎士らを交えて歓談していた。





 帷幕の中はギスギスとした人間関係をまざまざと見せつけられて息苦しかった。

 でも、その外は同等、いいやそれ以上に息苦しい。

 矢を受けてズタボロのテントには傷痍兵が店先に並んだ商品のように並んでいた。彼らは俺たちの姿を見ても何も思うことは無いだろう。それこそ塩やスパイスと一緒だ。痛みに苦しむ無機物に感情は無い。しかし、比較的マトモな連中は違った。

 部隊名通り、アーヴァレストで俺たちを射ようとするんじゃないかというぐらいに冷めた視線を送ってきている。それだけ熱心に俺たちを睨みつける元気なことはいいことなのかもしれない。まぁ、馬鹿正直に口に出したら俺たちは間違いなくリンチに遭うことは請け合いだろうが。

 そして、鼻につくアルコール臭が酷い。

 当然、医療用にも使われているんだろう。それに加えて果実酒の甘い匂いが加わると気分は最悪だ。

 このような状況下になっても酒だけは手放せないのか。むしろ、酒があるからこそ、寸での所でここに居られるのか。とにかく雰囲気はよくない。誰かが手を上げて上官に向かえば、きっとクーデターや反乱の類いは成功するのかもしれない。

 マリアが俺のジャケットの裾を掴む力が強くなった。


「……今日はよくもやってくれたな。いいとこどりか。ふざけるんじゃねえ!」


 そんな四方の中から酒瓶片手に言葉を投げかけてきたのは、前に喧嘩を吹っ掛けてきた男だった。


「何の話だ。我々は交戦中の味方の援護をしただけだ。そのような謂れを受ける理由は無い」

「千人長付きの書記官から聞いたが、この戦いの報告書に貴様らの名前が載るらしいな。美味しい所を掻っ攫って行くハゲタカ野郎め」


 向こうは完全に出来あがっている。赤ら顔に相手をするだけ無駄だろう。無視を決め込んで足早に去ってやろうと一歩を踏み出したが、向こうはなおも絡んできた。


「なんなのよアンタたち。確かにこっちには被害は無いけど、それなりに被害を背負うリスクはあったんだけど」

「実際はどうなんだよ。これだけのケガ人を出したって王女様がいるってだけで貰える給金の額が違う。ふざけた話だろうがよ」

「はぁ? そんなの関係無いでしょ!」

「いいやあるね。貴様らの隊長ともどもあのクソ連隊長にいくらで買われたんだ? 大層な値段だったろうな」


 会話にならないし、頭を抱えざるを得ない。さすがに俺も目の前の男の正気を疑った。

 どこぞの傭兵団ならギリギリ理解できるる。所詮はアウトローだ。まともな連中じゃないことは分かる。

 でも、ここに居るのは正規軍のはずだ。言っていいことと越えてはならない一線ぐらいの分別は付いているだろう。もちろん、後ろに隠れるようにしていたはずのマリアもかなり怒っていた。顔を赤くして拳を固めると、ゆっくりとゆっくりと男の方に歩み寄っている。


「……いや、怒るのはよく分かる。でも、堪えてくれ」

「……冗談じゃない。ここまで馬鹿にされて黙っていられると思ってんの? いい加減にして。あんたなんか父上に言いつけて軍法会議送りにしてやるんだから」

「最後の頼みはお父様でちゅか? しょせんは女だな。お前ひとりじゃ何も出来ねえでやんの」


 向こうも酷く酔っているんだろう。どうせ明日の朝になったら何にも覚えちゃいない。頭に来るけど、どうしようもないし関わるだけ無駄だ。

 ひどい侮辱だけど、ちょっと頭を捻れば分からないことじゃない。でも、頭に血が上ったマリアにはどだい無理な話なんだろう。背中から押さえつけようとしているが全く言うことを聞かない。それどころか振り切られそうになっている自分が居た。

 そんな時だった。


「騒ぐなマリア。とっとと帰るぞ」


 中隊長の帰還はこれ以上ないタイミングだった。

 エレガントな容姿に、牛革のジャケットには多数の勲章。向こうもコノエの方が階級が遥かに上と気が付いたらしい。バツが悪そうにはしているが、姿勢を正して敬礼しようとしていた。


「おい、ほら、隊長も来たんだ。帰るぞ。相手にするだけ無駄だ」

「でも、酷いでしょ。こんなに馬鹿にされて黙っていられるはず無いでしょ!」

「……貴様ら歩兵に一つだけ教えてやる。空中から見ていたからよく分かるが、あのまま貴様らのみで追撃をしていれば後方に詰めていた大隊の反撃に遭って形勢は逆転していたかもしれない。感謝しろとは言わないが、この程度の犠牲で済んだことを光栄に思え」


 いつもだったら適当に受け流すか、完全に無視を決め込んでこの場を去って行ったはずだ。

 でも、明らかに違う。

 顔を赤くして言い放つと懐に入れていた酒瓶を人呷りしている。いつにも増して良い呑みっぷりだった。

 もう、完全には酒が入っている。俺たちに手の付けようは、まずない。

 もちろん相手の男にも火が付いた。それどころか、周りで楽しげに見ていた他の兵士達も同じようになぜだか怒っている。隊に対しての侮辱と捉えたんだろう。

 こうなったら本当にどうしようもない。俺も覚悟を決めて足首に備えていたナイフを引き抜こうとしゃがみ込んだときだ。


「ウチの部下の非礼を許してくれ。こいつも酒が入っているんだ。お前さんの所の中隊長殿もそうだろ?」


 頭を抱えながらやってきたのはフリオ・カッツ。野営地の大隊長こと、千人長殿だった。


「あ、まぁ、はい」

「勝利後の野営地はどこもかしこも酒の席みたいなもんだからな。特に激戦の後はそういうものなのさ」

「臭いこと言っってんじゃねえよ髭面。貴様の部下だろ。まともに管理も出来ねえのか」


 そう言うアンタ自身は自分の管理ができていないじゃないか。さっきまで切れかかっていたマリアですらもそうだ。呆れるしかない。

 多分、同じように千人長殿も思っていたんだろう。呆気にとられながらも、苦笑してため息をついた。


「しかしまぁ、最前線で血反吐を吐くのはこいつら一兵卒であり、俺たち現場指揮官だ。そうやってお高く止まっている飛竜乗りが格好良く見えて仕方が無いのさ」

「お褒めにあずかり光栄だ。こちとら配属が土臭い歩兵部隊じゃなくてよかったよ。こちらも失礼する」


 どちらが大人か、と聞かれれば迷いなくフリオ千人長と答えるだろう。というか、普通はこうなるんだろう。部隊を挙げて、彼女の禁酒策について考えなければならないかもしれない。


「……用が済んだのならさっさと帰ってくれ。お前たちのお陰でこちらの褒賞は半分だろうな。なんたってお前さんらには王族が付いている。そこのお嬢さんがそうだろう?」

「ふんっ、マリアは関係ない。お前らの上官殿がそう仕向けているだけの話だ。妬み・嫉妬の類いは新兵の時に捨てて来い、愚か者め」


 まともに取り合おうとせずに、再度角瓶を大きく呷ると思い切り吐き捨てた。

 目は据わっている。フリオもやれやれと言いたそうにため息をついた。


「そう言う訳じゃねえ。俺たちだって国からの給金で食ってるんだよ。戦いになれば褒賞は弾む。それが単独での戦功なら尚更だ。現場の兵士は貧民ばかりだからな。故郷の家族を養わなければなんないからな」


 冷静に応対していたフリオもこれにはキレたんだろう。泥を撥ね上げながらコノエの元に歩み寄ると、思い切り胸ぐらをつかみ上げた。

 もうどうにでもなれ。俺はそう思った。マリアもそうだろうし、喧嘩を吹っ掛けて来た男だって同じだろう。赤かった顔を青くさせ、右往左往だ。


「そんなものは我々も一緒だ。下らない話を吹っ掛ける暇があったらさっさと寝ろ。そして明日の攻勢にでも備えておけ」

「お高く止まってんじゃねえぞ飛竜乗りが。だったらお前らは塹壕の中で泥と味方兵士の死臭に埋まって朝を迎えたことがあるのか? 」

「ちょ、千人長、落ち着いて下さいっ!」


 シャツを掴まれ、宙に浮きかかってもウチの中隊長の目は据わっており、しっかりとフリオの両目を睨みつけている。


「はっきり言ってやる……お前らは不愉快そのものだ。」


 そう言い残すと、コノエを突き飛ばして踵を返して行った。

 さっきまで喧嘩腰だった兵士らだったが、怒るフリオを見たからかどうにも申し訳なさそうにこちらを見続けていた。数人は何度も軽く会釈をしている。申し訳なかった、ということなんだろう。


「……戻るぞ。明日も早い」


 あれだけの放言の割に、コノエは何かをやり返すという訳でも無く、あくまでも乱れた襟元を正しただけだった。

 それから再度、コノエは酒瓶を大きく呷ると、袖元で口を拭い小さく舌打ちをしてから野営地を後にした。俺たちも、それにつき従うほかなかった。

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