常識
入院二日目。教会のベッドで横になっている。
病室の壁の窓から見える、蒼い空。顔を病室に戻すと、金髪の女性が立っていた。メリッサである。
「なんでいるんだ?」
「なんでって、来ちゃ駄目なの?」
「いや、迷惑じゃないのか?」
「大丈夫、私が放っておけないだけだよ。君は、体を大事にしないからね」
「関係の無い君が負担を負う必要は無いだろうに」
「ここまできて関係ないって言うのかい?」
不機嫌そうなメリッサの声。
「関係ないとは思うが、一緒に戦った仲ではあるな」
「むぅ......、まぁ今はそれでいいよ」
不満はあるが、許されたらしい。
「しかし、どうしてここに」
「これを君に届けようと思ってね」
そう言って取り出したのは、メリッサの物とは違う、少し大きめの背嚢。
渡されたそれを開けてみると、男用の服が下着も含めて2セット入っていた。
「いつまでもあんな格好じゃいられないでしょ」
今は、借りた服を着ているからいいが、確かにあの上半身露出をコートで隠すスタイルは変態の所業である。その為の着替えということか。
「ありがたい」
「どういたしまして。それと、君はほとんどのことを忘れているみたいだから、少し常識の教師をしに来たんだ」
「教師?」
「そう。とりあえず、ステータスを開いてみて」
ステータスか、確か開き方は......思い出した。遺跡でやったやつだな。
「開け、俺を写す鏡、その姿かの者に現せ、ステータスオープン」
手に薄い青の枠が現れる。
「そう、これがステータスを開く魔法。でもこれは展開表示なんだよ」
「展開表示?」
「今の状態のステータスは、私にも見えるんだよ」
「見えない表示方法があるのか?」
「もちろん。ステータスはその人自身の戦い方やらなんやらをあらわしてるんだよ、そんなものが見える状態でしか出せないのは問題でしょ?」
「そうだな」
「それで、非展開表示ってのがあるんだよ。やり方は、さっきの呪文から『その姿かの者に現せ』の部分を抜くだけだよ」
俺は、一回ステータスをしまうともう一度呪文をとなえた。
「開け、俺を写す鏡、ステータスオープン」
今度は、透明な枠が浮かび上がる。
「どうだい、でてきたかい?」
「あぁ、成功だ」
「じゃあ次はこの国の貨幣についてかな」
「貨幣か、確かに気になる」
メリッサは、小包から親指程度の、三枚の貨幣を取り出す。銅貨、銀貨、金貨。
「メリッサ、これの呼び名は?」
「呼び名?ただ、金銀銅貨って言ってるけど」
「単位が無いのか?」
「単位は無いよ、100枚で一つ上の貨幣に上がれるけどね」
「なんとも不思議だな。それに、この貨幣は、わりと小さめだが偽造はされないのか?」
「貨幣には、国が専用の道具で魔素を籠めているからね。偽造できないのさ」
「そうか。そういえば、魔素とはなんだ?」
「魔素はね、万物の元となる物とされているんだ。魔素は、思いに反応してその存在を変えるんだよ」
「思いに反応して存在を変える?」
「人間が魔法を使う時、空気中にはその人の思いの波が出ているんだ。それに反応した魔素がその姿を変える。火なら火に、水なら水に、風なら風に、土なら土に。それに、物質そのものも魔素を持っているから、魔素に干渉すれば、物質を操ることだって出来る」
「それが魔法か」
「その通り」
「なるほど、よく分かった。素晴らしい講義だ」
「えっへへ、ありがと」
「それでだ、メリッサ。更に負担をかけてすまないと思うが、俺の働ける仕事はないか知ってるか?」
「えっと、えっと......えーっと......」
深く悩みこむメリッサ。
「ないのか?大工なんかは?」
「今は防壁の際まで家が建ってるから、新しい工事は数が少なくて大人気だよ。経験者じゃなきゃ雇ってもらえないと思うなぁ」
「そうか、君への借金はしばらく返せそうにないみたいだな」
「無理に返さなくてもいいんだよ?」
「そういう訳にはいかんだろう。早く働いて返さなくては」
「で.......でも......」
「退院しても三日間は力仕事等の腕に負担のかかる仕事はいけませんよ」
声の方を見ると神父さんが立っていた。
「神父さん。いつからそこに?」
メリッサの尋ねる声。
「メリッサさんが教師になったあたりから、でしょうか」
返す神父さんの面白そうな顔。
「そ......それって、ほぼ最初からじゃないですか!」
「いやぁ、素晴らしい指導でしたよねぇレンさん」
「あぁ、知らない情報を知れたな」
顔を真っ赤に染めるメリッサ。
「よかったですねぇ、メリッサさん。カンニングペーパーまで作ってきた甲斐があったじゃないですか」
神父の一言にメリッサは固まる。
「ずいぶん、熱心でしたねぇ。失敗しないように読み込んでいるあたりは特に」
「ね......ねぇ、神父さん、本当はいつからそこにいたの?」
「さぁ?ただ、メリッサさんの方が後から来たのは確かですね。もしかして気づいていらっしゃらなかったとか?」
神父さんの言葉でメリッサの顔がどんどん赤くなっていく。
「うああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
ついにこらえきれなくなったメリッサは駆け出していってしまった。
「いってしまいましたか」
「あんたが追い出したとも言えるがな」
「だって、あんないじりがいのありそうな人いじらずにいられようか、いやない!」
「反語か、というか本当に神父か?あんた」
「なにをおっしゃいますか、信仰心を持っていて聖書読めればこのあたりでは神父になれるんです!ですから立派な神父ですよ!」
「潔いほどの駄目発言だな」
「それにほら、私治療もできて万能ですし」
「自分で言うなよ、それを」
「まぁ、それはおいといて、本当に明後日にはでていくのですか?」
「おいておける話なのか?......まぁいい、そうだな。でていこうと思っている」
「でも、あなた今、一文もないでしょう?」
「それでも、このままあんたには甘えていられないだろ」
「一週間、仕事ができて、宿の代金が払えるようになるまでここにいればいいじゃないですか」
「メリッサが払った入院費は三日分だ。それを越して、ここに泊まるということはできない。それに、彼女への借金も返さなくてはならない」
「難儀な性格ですねぇ、なら、住み込みというのはどうでしょう」
「住み込みか......いいのか?」
「そもそもが、私みたいな神父がやってる教会ですしね。熱心な信徒さんは大通りのほうのでっかい教会にいきますよ。なので掃除くらいが主な仕事です」
「それは、自分で言っていい内容なのか?」
「大丈夫ですよ、それに、最近は治療師としてのほうが稼げてますからね、こっちのほうが副業なんじゃないかとここ最近は思うのです」
「駄目だなこの神父。しかしそうか......稼げるあても見つかってないしな。よろしく頼む」
「そうですか、それはよかった。それでは明後日から、屋根裏部屋にいってもらいますので、よろしくおねがいします」
「聞いていないが」
「今言いました」
「はぁ、まぁ、こっちは泊めてもらう立場だ。文句は言えないだろう」
「あぁ、その反応、つまらないですねぇ」
「やっぱり神父じゃないだろうあんた」
「まぁ、一割は冗談です。しかし、急患を泊める部屋が二つばかりほしいんです。そのためには、あなたに、屋根裏に泊まっていただくしか......それとも私と一緒に寝ますか?」
「いやいい、俺は男色家じゃない。それに、そういう事情なら文句もないさ」
「ありがとうございます」
「あんたも一応神父なんだな」
「というより、これは医者としてのこだわりのように思えますが」
「そういえばそうだな」
「ふふふ。それでは、話すことは話しましたので戻ります。具合が悪くなったらよんでください」
神父さんは、静かに去っていった。その後姿は、患者を思う、すばらしい人格者の医師の姿に見えた。
「はぁ、あの悪ふざけがなければ素晴らしい人なんだろうがなぁ。さっきのも一割は冗談って......ん?一割?じゃあ残りは本気でつまらないと思っていたのか......あの屑神父め......」
せっかく上がった評価がまた、いっきに崩れ落ちる。
あの神父と暮らしていくことに、不安を覚えつつ、俺は眠りに落ちていった。