閑話2 メリーさんの無双
アリア・ベルは、構えたまま慎重に距離を詰めていく。
それに対して、メリーさんは薄く目を開けたまま、にっこりと笑って立っていた。
(ただ立っているだけなのに、ものすごいプレッシャーを感じる……この寒気は、そしてこの震えは……あの時、レンさんに殺されかけた時に感じたものと同じもの……)
ベルを殺そうと、剣を頭上に掲げたレンと、そのレンの殺意に満ちた目が脳裏をよぎり、かたかたと体が震え始めると共に呼吸が乱れ、苦しくなっていく。
「あ、『アイスウィンド』!」
なんとか発動した魔法は、殺意のもとを消すためか、それとも魔法を使うことによって、死の恐怖に飲み込まれそうになった自分の意識を強引に振り払うためか。無数の氷のつぶてが強い風と共にメリーさんに吹き付けられていく。
「んー、こんなに取り乱すなんて、以前になにかあったのかしら」
メリーさんは、氷のつぶてが吹き荒ぶ中を、ゆったりとした足取りで、なおかつ確実に回避しつつベルに近づいていく。
「こっちにくるな!『フレイムピラー』!」
ベルが魔法を発動させようとした瞬間、胸元に鈍い衝撃が加わり、しりもちをつくとともに魔法を止められる。
「ごめんなさいね、炎の魔法は道場が燃えちゃうから、無しでお願いね」
「え、あ、はい」
この時、ベルは驚愕していた。
(メリーさんが話し終わるまで、何をされたか分からなかった。あの衝撃からして掌底なのは確かだけど、その始まりから終わりまでが見れないなんてのは最早、人のなせる技ではないのでは?その上、私に当てる瞬間には魔法を止めるのに必要な最低限の力に押さえたってこと……)
その結論に行き着いた結果、ベルは底の見えない怪物と対峙しているのだとはっきりと認識した。それと同時に、先程まで重なって見えていたあの時の記憶がすっ、と消え、全身の震えが収まった。
「あらら?どうやら恐怖心が薄れたようね、いえ、恐怖心というよりはトラウマの方が正しいかしら」
「そうですね、こんな化け物がここまで手加減してくれているのに気づかないで、死ぬかもしれないなんて思ってたら笑い者ですから」
「なんにせよベストコンディションで戦えるようになってくれて良かったわ、それじゃあ仕切り直ししましょうか」
「はい。行きます」
立ち上がって構え直したベルは、丁寧にジャブを二発放った。
「うふふ、それで?」
難なく払い落とされる。
「氷よ、『アイスファング』」
ベルがその場で右腕を振ると、メリーさんの足元から、氷の爪が突き刺すように成長していく。
「あら、そうくるのね」
メリーさんは、くるりと後ろに宙返りして氷の爪をかわす。
「いいえ、まだですよ」
ベルが残っていた左腕を振ると、氷の爪がもう一本、空中にいるメリーさんに向けて伸びていった。
メリーさんはぐるりと回転すると、氷の爪を蹴り壊し、そのまま何事も無かったかのように着地したのだった。
「なるほどねぇ、どちらかというと魔法主体なのねぇ」
「相手が飛び込んできた時に対処出来るよう鍛練した程度ですからね」
「そう、じゃあ家の武術を習ったら両方できてもっと強くなるわね」
「お姉ちゃんがもっと強くなるって、インフレしすぎじゃないのかな」
リュートがぼそり、と呟いた。
「リュート君、何か言った?」
「いや、別に」
「そう、ならいいんだけど。じゃあメリーさん、続きをお願いします……ってメリーさん?」
メリーさんは、ベルではなく何故か道場の壁の一角をを眺めていた。
「あらら、ごめんなさいね、ちょっと用事が入っちゃったみたい、少し行ってくるわ。貴方達も来る?」
「え?えっと、何個か尋ねたいことがあるんですが、まず、新参の私達がついていっていい用事なんですか?」
「ええ、貴方達なら大丈夫よ、疑問は移動中に聞くからついてきたいのならついてきてね」
「ちょっ」
そう言うと、メリーさんは出ていってしまった。
「どうする、お姉ちゃん」
「あの人の用事というのが気になるから私は行くわ。リュート君はレッサさんとお留守番お願いね」
「え、そんな勝手に」
ベルもメリーさんの後を追って道場の外へと出ていった。
「……これ、男女逆なんじゃないかなぁ、普通」
そんなリュートの呟きは誰にも聞かれることはなかった。
▽ ▽ ▽
場所は変わって、コキョ村はずれの森のなか。
神密部隊の隊長は目を覚ました。
「ここは……」
「隊長、お目覚めになられましたか」
部隊員が隊長に声をかける。
「何故俺は寝ていたんだ?たしか、女を襲う指示を出して……そうだ、女のような何かを浄化しようとして……女……そうだ、女みたいな魔物に……」
隊長の脳裏に倒れる前の記憶がフラッシュバックする。
女だと思っていたものに襲いかかろうとした瞬間、冷気とも取れる寒気が走っていき、まばたきした瞬間に二人、次のまばたきをした瞬間にもう二人倒されていた。そして、みるみるうちに部隊員が倒されていってしまった。
「魔物だったのか!?攻撃だ!攻撃しろ!」
隊長の指示に、女に向かって一斉に魔法が乱れ飛んだ。しかし。
「何故だ!何故当たらない!?」
ゆったりとした動きのはずなのに女に魔法が当たることはない。
「ゴーストの魔物なのか!?」
「うふふ、どうでしょうね」
その声が聞こえた瞬間、鈍い衝撃とともに隊長は意識を失った。
「あんな魔物が生息しているとは……部隊の被害状況は?」
「死亡者0、全員が気絶させられていました」
「死亡者0だと?」
その数字に隊長は逆に恐怖した。
「いったい何をされたんだ……寿命でも吸われたのかもな」
隊長の言葉に隊員は苦笑いを返すとこう言った。
「寿命を吸われたにしても今のところは全員無事です。作戦は実行できます」
「そうか、では仕切り直して。これより作戦を開始する、全員移動開始!」
「村に何かするつもりかしら?」
隊長の号令に次いでメリーさんが尋ねる。
「なっ!?ゴースト!?また!?」
「うふふ、どうも」
「いや、どうもじゃないよね」
「2体目!?」
「あれ、この白装束……もしかして」
「攻撃だ!攻撃!」
魔法がメリーさんとベルに向けて飛んでいく。
「氷よ『アイスシールド』」
ベルは、氷の壁を生み出し、魔法を防ぐ。メリーさんはゆったりと全てを回避していく。
「メリーさん!こいつら山賊じゃない!」
「あらら、そうなの?じゃあ倒しちゃいけないのかしら」
「いや、まず倒して!」
「そう?なら頑張っちゃうわね」
メリーさんがそう言った瞬間、隊員が二人気絶した。
「くっ、散らばれ!一人でもいい!村に向かえ!」
「「了解!」」
隊員は攻撃を止めて辺りに散らばっていく。
「させない、『アイスソーン』!」
氷の蕀が三人の隊員に巻き付いて動きを止める。
「メリーさん!そいつらを逃がしちゃ駄目……って言うまでもないか」
ベルが声をかけようとした時点でメリーさんの周りには八人近くの隊員が気絶していた。
「メリーさん、近くに気絶していない人はいる?」
ベルは、氷で捕らえた隊員を気絶させていくついでにメリーさんへ尋ねる。
「その人達で最後よ、って……あら?一人町の方に行っちゃったみたいね」
「え!?大変だ!」
「大丈夫だと思うわよ」
「メリーさんには大したことない相手かもしれないけど、あの人達は人殺しの手練れ達なんです!一人でも逃がしたら村にどんな被害が出ることか!」
「んー、それでも大丈夫だと思うの」
▽ ▽ ▽
なんとか逃げ出した隊長は、村の入り口近くに隠れていた。
「ここまでこれたのは私だけか?まぁいい、私一人でも村人全員浄化出来るだろう」
隊長が様子を伺うと、マーモさんがこちら側に向けて歩いてきていた。
「自警団か、不用心だな」
隊長は、ナイフを取り出し、身を潜めた。
どんどんと近づいてくるマーモさんに隊長は少し違和感を覚えつつも、ナイフの届く圏内に入った瞬間マーモさんに襲いかかった。
「すまんな、あの人の相手をしているとその程度止まって見えるんだ」
マーモさんは、ナイフを突きだした手を取ると、力の流れのままに投げ飛ばす。
綺麗な一本背負いをされた隊長は、起き上がることも出来ず気絶させられた。




