練華
「え、お兄ちゃん?」
黒髪の少女がそうこぼした。この世界では珍しい黒髪だ、人違いをしているのだろう。
「人違いだ、俺は君の兄じゃない」
「そんなわけないよ!お兄ちゃんの顔を見間違えるわけない!思い出して、お兄ちゃん!私だよ!?レンカだよ!?」
「いや、だから人違いだと……」
「嘘……お母さんなら、お母さんの顔を見たら思い出すから、ちょっと来て!」
彼女は、俺の左腕を両手でがっしり掴むと、大通りから路地へと入っていく。
メリッサ達とはぐれている今、こんなことをしている場合ではないのだが……
「なぁ、レンカ。お前の兄の顔は本当にこの顔なのか?」
「うん、間違えるわけないよ。だって……」
どん、と両肩を押し込まれ、壁に押し付けられる。その上、首もとにはナイフが押し当てられていた。
「二十年ちょっと見てきた俺の顔だ」
そこには、あどけない少女の顔など無く、人形のような冷たい無表情だけが存在していた。
「お前は何者だ?なぜ俺の顔をしている」
レンカがそう尋ねてきた。
まさか、いなくなっていたホムンクルスとこんなところで遭遇するとは……運が良いのやら悪いのやら。しかしどうするか、身の安全の確保が優先か?
「おい、何か話せ」
「知っていることはすべて話す、だからそのナイフをどけてくれないか?」
「駄目だ」
駄目か……それはそうだろうな、同じ状況であれば俺もそうする。というより俺なんだから絶対そうするだろうな。
「これから話すことは本当のことだ、それを信じてくれるのなら話すが」
「話次第だ」
そうだろうな。
「俺の体も、お前の体も、本当の飛風練の体ではなくてタリア神国の作ったホムンクルスの体だ。タリア神国はその体に俺たちの魂を七つに分割して封印し、その上から黒の棺と呼ばれる黒い直方体で封をした。俺の魂を埋め込まれたホムンクルス達は、その魂の記憶に適合するようにその体を変化させ、男であれば実際の俺の姿もしくはその子供のころの姿に似た姿に、女の場合は確認できていなかったから分かっていなかったが黒髪日本人風の姿になるようだな」
「は?待て、ホムンクルスだと?俺の格好した奴がほかに五体ほどいるのか?」
「完成した七体のうち男は四体、女は三体だ。男のうち二体が成人で形成され、残り二体は子供の姿で形成されていたらしい。ただ、もう一体の成人のホムンクルスの体格は俺とは異なり大柄で、黒髪にはなっているだろうがそこまで俺とは似ないと思われるらしい」
ゼロワンの知識を基に答える。
「どっちでもいい、要するに俺が七人いるって話だろう?……ってそういえば本当の俺の体はどうしたんだ?」
「タリア神国によって神兵として戦わされている」
「そのまんま操り人形って訳か」
「この世界に召還されるときに何かしらあったらしい。人とは思えないような身体能力をしていた」
「ん?一度戦っているのか?」
「あぁ」
「なるほどな、タリア神国にホムンクルスか突拍子もないが辻褄は合うな」
「どうだ、持ちうる情報は大体話したと思うが。そのナイフをどけて放してくれないか?」
「断る。辻褄は合うが整いすぎてる、あらかじめ作られたシナリオじゃないのか?」
しまったな、あまりにタリア神国を悪扱いしすぎた結果裏を読もうとする思考に入ってしまったらしい。一応真実と嘘を五分五分の割合で考えてくれてはいると思うが確実に信じてもらうのは難しくなった。
「そういえば、お前はなぜこの国にいるんだ?」
「俺は、ホムンクルスの解放と魂の回収をしている」
「魂の回収か、つまり俺の中にある魂も回収しようと思っているのか」
「そうだな」
「なぁ、それで俺の魂を回収した場合今ここにいる俺はどうなるんだ?消失するのか?」
「それは……そうかもしれない」
No.25、リュートは俺自身ではなく俺の記憶を持ったたホムンクルスだった。あれが黒の棺から解放する前に魂を回収した結果だとすれば、ここで魂を奪うとレンカもホムンクルスの人格が前面に出てくるのかもしれない。
「……そうか、それは嫌だな。目覚める前ならまだしも、目覚めてしまって自分が消えるかもしれないというのを自覚した状態で魂を明け渡したくはない。お前を信じ切れてもいないしな」
さて、どうするか。情報は大体話したし、この状態を穏便に解く方法も見つからない。少しずつ魔力を流して風の塊の生成と操作可能なゴルフボールほどになる量の砂は確保したが。
「それとも、俺がお前の魂を回収すればいいのか?そうすればあの時みたいにお前の記憶もこっちに流れ込んでくるんだろう?お前が正しいことを言ってるか確かめられる」
「それは……断る」
俺がいなくなればメリッサは悲しむ、もう彼女を悲しませたくはないんだ。
砂の塊を使って首にあたっていたナイフをはじきあげる。
「しまっ」
左手に保持していた風の塊を俺とレンカの間に差し込み、一気に解放する。
「『風爆』」
風が俺とレンカを押す。すでに壁に押し付けられていた俺と違ってレンカは勢いよく吹き飛び、向かいの壁に背中をぶつけた。それと同時に路地の奥の方から走ってくる音が聞こえたためそちらを見ると、剣を振りかぶった男が走りよってきていた。
飛び退いて距離を取ると、男はレンカの前で立ち止まり、レンカを庇うようにしてこちらに剣を向けてきた。
「レンカ、怪我は?」
「大丈夫、手加減はしてくれたみたいだ」
どうやら男はレンカの連れらしい。こうやってすぐ出てきた所をみると路地の奥で隠れていて、レンカに危険が及んだ時に助けに入るという算段だったのだろう。
「あ、いた!こんなところで何やってるの、レン」
「ワウ!(いた!)」
背後からメリッサと花火の声。
「なるほど、急な抵抗の理由はそれか。守りたい人がいると」
「そうだ」
「え、なんのこと?」
状況を理解しきれていないメリッサが疑問の声をあげる。
「……いこう、シャラ」
「いいのかい?」
「あぁ、だいたいの情報は取れたと思う。次はそれが確かかどうか確かめたい」
「分かった、行こうか」
シャラと呼ばれた男と、レンカはこちらを向き合ったままゆっくりと下がっていき、やがて暗闇に隠れるように消えていった。
「レン、今のは……?」
「いなくなっていたホムンクルスと、その仲間だ」
「え?彼女が?」
「そうだ」
「へぇ、こんなにすぐ会えるとはね」
「問題も浮き上がってしまったがな」
「問題って?」
「魂を一つに集める時、俺かあいつのどちらかが消えないといけないかもしれない。または混ざりあってどちらでも無い存在になるかも知れない」
「それは……確かに問題だね……レンが消えちゃうなんて……」
「どうなるかは分からないがな。覚醒した魂を持つホムンクルスの魂を回収するのは初めてだからな」
ただ、楽観するわけにはいかないのも確かである。何か策は考えておかないといけないな。
「まぁ、レンカの事を考えるのは、この国のホムンクルスを解放してからだな」
「うん、分かった」
「さて、とりあえずは……宿探しだな」
「そうだね……私達もさっきまでレンを探し回っていたから何も出来てないし」
「今度ははぐれないようにして行かないとな」
「そうだね、またはぐれたら次も見つけられる自信は無いもん」
「手でも繋ぐか?」
「え、うん」
了承を得たので、左手でメリッサの右手を掴む。
そうやってドラコ皇国の大通りへと入っていくのであった。




