治療
古びた遺跡の入り口を抜ける。
遺跡の周りは開けた土地になっていて、その周囲を大きな木々が囲む。
見上げると空は清々しいほどの蒼をたたえていた。
鬱蒼と繁る森の中には、一本だけ道が存在している。
「あれが近くの町に繋がる唯一の道だよ」
「そうか」
言われなくてもそれしかないような気もするが、情報は情報なのでありがたく受け取っておく。
「ほら行くよ」
「あぁ」
二人で薄暗い道をゆく。
歩いていて疑問が起きる。
「なぁメリッサ」
「なに?」
「何故探索者とすれ違わない、そこそこいるものだと思っていたのだが」
「それはお昼だからだね、朝から夕方まで潜って夜は町で寝るのが探索者のスタンダードだから」
確かにそうだった。
うねった木々のトンネルを抜ける。すると、石レンガで積まれた防壁が見えてきた。
「あれが遺跡の町フラットだよ」
メリッサが歓迎するかのように言う。
やがて、人が二人通れる程度の小さな門が見えた。
「メリッサ、門が小さくないか?」
「こっちは遺跡位しか行くところが無いでしょ、だから小さな門で充分なんだよ。それに大きな魔物が入り込めないから、あれくらいがちょうどいいんだよ」
「なるほど」
そうこうしているうちに、門の前まで着く。
門兵がこちらへ駆け寄ってきた。
「メリッサさん。御無事で何よりです。二日間も戻られないので、私大変心配致しました」
「ごめんね、ちょっと罠みたいなものに引っ掛かっちゃって」
「そうでしたか。命はお大事になさってください。それで、その方はいったい......?」
「彼はレン。えっと......罠にかかって服も記憶も無くしてしまった人......だよ」
「レンですか。その様な名前の方は通っていないようですが」
門兵はステータスの枠のようなものを出して、そう声をあげる。
「彼は記憶を失ってるからね。もしかしたら別人の名前を覚えていたのかも」
「そうですね。服も名前も失っていらっしゃったんですものね......服も?では、その服はどなたの......?」
なにかに気付いたように、門兵がカタカタ震えだす。
「私のだけど?」
メリッサはさらりと答える。
その声が彼に届いた瞬間。俺は門兵に鋭い眼光で睨まれる。まるで、恨み殺さんとするような目。
時間が止まったようだった。
「ねぇ、どうしたの?」
何も気付いていないメリッサの声で、時が進みだす。
「すいません、少し呆けておりました。メリッサさんはギルドカードの提示を、レンとかおっしゃる方は仮入町証をお渡しいたしますので少しお待ちください」
そう言って門兵は門の近くの詰所らしき場所へ走っていく。
彼が戻ってくると、その手にはカードが握られていた。
「こちらのカードは、仮入町証です。このカードは一時的に貸与されます。ギルドでギルドカードをとるか、役所で住民証をとった場合、近くの門に返却をお願いします。また、この町を出る際にも返却のお忘れが無いようにしてください」
聞き終えた俺は、カードを貰おうとカードをつまむ。しかし、びくともしない。門兵はカードに力を入れて離さない。
顔をあげると、門兵のにこやかな笑顔の中で目だけがどす黒い闇をたたえていた。
「もうひとつ説明いたしますと、このカードを持って犯罪行為を犯した者は、通常の者より重い刑罰が与えられます。特に女性に性的な行為等!なされませんようにお願いいたします」
「わかった」
それだけを言うと彼はカードへの力を弱めた。
門をくぐる途中後方から、呪詛のような言葉が聞こえてきたが、あれはきっと気のせいだろう。
「まずはどこへ行くんだ?」
「まずは、お医者さんでしょ!君、両腕折れているんでしょ!」
痛みを感じようとしなければ感じないため、忘れていた。
メリッサに連れられて、大通りから、一本入った道をいく。
メリッサは、一つの教会の前で立ち止まる。
「ここが病院か?」
「正式な病院ではないけど、ここのほうが腕がいいんだよ」
そう言いつつ、メリッサは両開きの扉を押し開ける。
「こんにちは、神父さんいます?少し、診てもらいたいんですけど」
メリッサの声が、教会内に響く。
「メリッサさんですか、珍しいですね」
奥から歩いてくる神父らしき男。
「私じゃないよ神父さん。この人を見て欲しいんだ、本人が言うには両腕が折れてるらしいんだけど......」
「そうですか、では奥にどうぞ」
神父はそう言うと、奥へと歩き始めた。
後について、俺とメリッサも歩く。
案内された先は、しっかりとした診療室だった。
「それでは、そこに座って、両腕を見せてください」
言われた通りに座って、両腕を見せる。神父さんは、両手に淡い青の光を纏って、俺の腕をさわる。
「これは......あなた、何なんですか?」
「何なのってどういうこと?神父さん」
「この腕ですが、折れていると言うよりは、ひびが入っているといったほうが正確でしょう。しかし、こんな状態であれば確実に並みの冒険者なら気絶しています。上級者でも、平然とはしていられないでしょう。そんな折れ方をしていて尚こんなにも平然している。一つ聞きましょう。あなた、痛みを感じていないのでは?」
「神父さん、なにを......」
「あぁ、そうだ。感じようとしなければ、痛みを感じない」
「え!?」
驚きを隠せないといったメリッサ。
「じゃあ、まさかあの時右腕の刺し傷を忘れてたって言っていたのって......」
「あぁ、本当に忘れていた」
二の句を継げないメリッサ。
「まぁ、メリッサさん。お話は後でもできます。今は、治療の方を最優先したいのですが」
「は......はい、お願いします」
メリッサが、頭を下げる。
神父は深く息を吐くと、俺の両腕を掴んでぴんと伸ばし、呪文を唱え始める。
「天より我らを見守りし我らが女神タリア、その女神よりいでし万物の素となる魔力よ、彼の者の傷埋め、その傷癒す為の支えとなれ、ヒール」
緑の柔らかな光が両腕を包む。腕が温かくなっていく。
しばらくすると、発光が止む。
「終わりました」
「どうなんですか、神父さん」
心配そうに尋ねるメリッサ。
「腕の傷と、ひびの隙間に魔素を流し込んで接着してみました。傷は一日、腕は一週間もすれば、本物の骨に変わっていることでしょう。ひとまず、三日間はここで入院して安静にしていてください」
「三日も動けないのか?」
「だめ!神父さんの言うとおりに寝ていないと!」
俺の声にいち早く反応したのは、神父ではなくメリッサだった。
「ふふふ、メリッサさんがここまで世話を焼くなんて、めずらしいですねぇ」
「だ......だって、この人私が見ていないと死んじゃいそうだったから......」
「そういわれるほどの何かをしたのですね、君」
「そうらしい」
「そうらしいって......」
神父は、あきれたようにため息をつく。
「とにかく、君は三日間神父さんのお世話になってるんだよ!」
メリッサの一声が場をたたむ。
そうして、俺は三日間教会のベッドで眠ることになった。