逃亡
「ひとまず、地上に戻るか」
「そうだね、ここにいても意味がないし」
黒の棺があった部屋から離れ、地上へ向かう。
「しかし、失念していたな。メリッサが俺を黒の棺から出せたように、誰かがホムンクルス達を解放してもおかしくはないんだよな」
「今までは黒の棺に封印されていて、七大遺跡に確実にあると分かっていたから探し出せていたのに……動きまわっている人を探すとなると、砂漠の中に落ちた髪の毛一本を探す位大変だよ」
「ワウー?(ご主人様ー、かえるいるよー?)」
「っと、考え込むのは地上に戻ってからだな」
視線を戻すと三匹の蛙がこちらを見ていた。メリッサの弓、俺の雷魔法、花火の電撃で一人一体ずつ処理する。
ホムンクルスを解放していないため、出口に通じる階段の前でフロアマスタークラスのモンスターと戦うこともく、簡単に地上へ戻ることができた。
出口への階段を上る途中、違和感を覚えた。入ってきた時より少し騒がしいような気がしたのだ。
「ねぇレン。なんだか騒がしくない?」
「そうだな、何かあったのだろうか」
出口をくぐると、そこには防具を着こんで戦闘体勢に入っている冒険者や、荷物を担いでいる商人などが入り乱れていた。
「やぁ、君達、戻ってきたんだねぇ」
本棚の位置を教えてくれた女性がまた話しかけてきた。
「すまないが、何が起こっているのか説明してくれないか?」
「いいよ」
のんびりとした話し方から切り替わり、深刻そうな表情になった。
「いまこの国はタリア神国に攻撃されているんだ」
「えっ!?」
「……なるほど」
「ここに残っていた兵士達が応戦してはいるんだけど、完全な奇襲に統率が取れなくて防衛線はボロボロさ。そもそもルクレスの砦で撃退できるはずだったんだ、そうでなくても相手はかなりの消耗をしているはずだった。でも、今ここにいるタリア神国の兵は消耗が一切みられないんだ、何がなにやらだねぇ」
ルクレス砦が落ちたのか……俺の本体が逃げたのもそっちの方向だったな、ということは……
「君達は新顔だったよねぇ」
「ん?……あぁ、そうだが」
「なら北側の門はまだ包囲されていないらしいから、そこから逃げるといい」
「お前達はどうする気だ?」
「私達は戦うよ、慣れ親しんだ国が無くなって欲しくはないからね」
「そうか」
だから、戦闘の準備をしている冒険者達が多いのか。
「ねぇ、レン、どうする?」
「『どうする』というのはここで戦うか、ということか?」
「うん、だって」
「やめておいたほうがいいよ」
女性から待ったがかかる。
「敵の戦力と、冒険者も合わせた上でのこちらの戦力では数が違いすぎるからね。戦いは個ではなく数が物を言う、君達が加わった程度で勝てる戦いじゃないよ」
「なら!なんで皆戦おうとしてるんですか!」
「だってさ、黙ってやられる訳にはいかないでしょ。一矢でも報いたいのさ、ここのやつらは。そんな思いが、君にはあるかい?」
空気が張り詰めるような、凄まじい重圧に、メリッサが思わず後ずさる。
「だから君達は逃げて、っていったのさ。それに、町の人達が逃げるのを護衛できる人も必要だしね……っと、そろそろ皆の準備が終わるみたいだ、それじゃあ私は行くから。君達もうまくやりなよ」
そう言って、女性や他の冒険者はぞろぞろと外に出ていった。
「レン……」
「言われた通りだ、俺達に出来ることは何もない。それに、俺は記憶を取り戻さなくてはならない。メリッサが行くと決めても、俺がメリッサについていくことは出来ない」
「うん」
「その上で、俺はメリッサについてきて欲しいと思っている」
「……うん、分かった。逃げよう、レン」
「いいんだな?」
「うん」
何だか、割りきったような顔をしてメリッサは力強く肯定する。
「多分、ここで戦いに加わるのは、良いことをしたいっていう自己満足なんだと思うんだ。その上で、私はレンともっと一緒に旅していたいから……だから、逃げるの」
「そうか、ありがとう」
「そうと決めたらすぐ移動しよう!ここでゆっくりしすぎた気がするよ」
「そうだな、北側の門が塞がれてないと良いんだが」
ひとまず、施設の外に出る。西の空は、赤々と照らされ、黒煙が吹き上げていた。
「ここらはもう逃げ出した後か、人一人いないな」
「北は、あっちだね」
数時間ほど走っていると、北門が見えた。
北門からは、逃げ出した町人の群の最後尾が見えた。
「お前ら!逃げるのか!?ならさっさとしろ!この門はもう閉めるぞ!」
壁の上の兵士からそう声がかかる。
「間に合ったか」
「そうみたいだね」
扉が閉まり始めた北門をくぐり外へ出る。
外へ出てふと左を見たとき、それは見えた。
「タリア神国の軍勢か、もうここまできたのか」
「どうする、レン。さっき逃げる人達の最後尾を見たばかりだよ、このままならすぐに追い付かれちゃう」
「そりゃ妨害するさ。メリッサはフラッシュを、俺は氷らせる」
六角柱を二本引き抜き、両手に持つ。始めに、左手の六角柱から魔力を引き出し、それを変換していく。
「魔力よ、留まりて水の壁となれ『水壁』」
一面を塞ぐ水の壁、しかしこの状態では足止めすることは出来ない。だから、今度は右手の魔力を使う。
「魔力よ、あの水壁を冷やせ『氷壁』」
水の壁が徐々に冷気を放つ、やがて水の壁は膨張していき、凍りついて水の壁になった。
「メリッサ、今だ」
「分かった!」
メリッサは目を閉じて集中し、眩い閃光をその両手の中に産み出すと、それを勢いよく放り投げた。
「この手に閃光を!光輝け私の魔力!フラッシュ!」
光の玉は、放物線を描いて飛んでいき、氷の壁の向こうで弾けた。
これで時間稼ぎにはなるな。
「よし、移動するか」
「うん」
と、移動しようとした瞬間、どこからともなく香の香りが漂ってきた。
「なんだろう、この甘い匂い。なんだか、お腹が減って……く……る……」
そう言って、メリッサが倒れた。隣を見ると、花火も力が抜けたように地面に伏している。
そして、氷の壁とは別の方角、岩棚のうえから四人の白ずくめが降りてきたのだった。




