天使 飛風練
「奇襲に失敗しました、殺害対象は今だ健在です。作戦開始地点への到着時間までにはまだ余裕がありますので、戦闘を続行、殺害を試みます」
俺の本体が、そう発しつつ微かに土埃の付いた純白のローブを外し、ローブの中に隠し持っていた二本の直剣がその姿を現す。
全く飾り気の無い剣は、それゆえ愚直なまでに鋭く、その危険さを実感させる。
「戦うしかないか……」
目的地への道に本体がいるため無視して逃げることはできない、その上ここが山道であるため、道から外れて回避することもできない。外れた場合は崖、多分死にかける高さである。幸いなのは、馬車が二台がすれ違っても楽々通れるように作ってあるためか、戦闘には支障無い程度の道幅であるということか。
本体が剣二本を同時に振りかぶる。と思った瞬間には本体は既に踏み込んでおり、唐竹割りに振り下ろされた剣が眼前まで迫っていた。
「くっ!?」
咄嗟に盾で受け流すことができた。滑り落ちた剣二本は俺の左側の地面へと叩き下ろされる。
盾が少し大きくなっていて助かった、今までの丸盾では咄嗟に二本同時には受けられなかっただろう。
本体は、振り切った二本の剣を右に引き、横凪ぎに再度振るう。
「『風爆』っ」
バックステップとあわせて風を起こし、剣域からなんとか逃れる。しかし、次の瞬間には、本体は振り切った剣を左に引き、更なる攻撃の体勢をとっていた。
「止まれよっ!『氷壁』」
盾に括り付けられているブーメランから、盾経由で魔力を引き出し、氷の壁を生成する。
ガチンと言う音とともに、本体の剣が3分の2ほどまで氷の壁を切り抜く。
「そんな!?氷の壁なのに!」
「これが、転移恩恵か。面倒な」
ぱきぱきと、氷の壁にヒビが入っていく。そして、耐えきれなくなった氷の壁は、ばらばらと砕け散っていった。
「殺害対象の危険度を上方修正、対魔法戦闘を開始」
次の瞬間、本体から、ただただ純粋な魔力が、荒れ狂う潮流のように溢れだした。
「な!?」
「くっ」
本体の純粋な魔力が空間を満たす、それは次いでの攻撃のためにブーメランから引き出し留めていた魔力を押し流してしまう。
「なんて強引な魔法封じだ」
膨大な魔力を頼りに力ずくで魔法を吹き飛ばす魔法封じ、単純なゆえに打開策は無く、本体の魔力が切れるまで待つしかない。
「多分やりあっている間は切れないんだろうな」
これで魔法は使えない、単純な体術のみで戦わなくてはならない。
「戦闘を続行します」
本体は、二本の剣をぐっと、後ろに引いた。
突き……か?まさか。
とりあえず右にずれて、本体の正面から外れる。
と同時に突きが予想していた場所に突きだされた。そのまま、本体は、二本の剣を先程と同じように右に引いた。
右からの横凪ぎ。盾で上に逃がせるな。
思った通りの軌道でやってきた剣を盾で上に受け流す。
こいつ、ただ尋常じゃない速さで剣を振っているだけだな。振っている最中は見れないが、前動作でどう来るかが分かる。
本体は、斜めに流れた剣を肩に担ぐようにして引き、袈裟切りに振り下ろす。
少し、右に避けつつ、剣を当てて流す。ついでに、剣を振り切って無防備だった体を蹴り飛ばす。しかし、本体は、微動だにすることなく、横凪ぎへと移る。
「っ!」
蹴りの直後で対応しきれなかったため盾で受けた、しかし、盾の上から車か何かが衝突したような衝撃で、数メートルほど吹き飛ばされてしまった。
「はっ、盾で受けるのもまずいのか。受け流すか、避けるかだけけとはな、その上軽い攻撃なら止まらないときた。まずいな本当に」
そうこうしている合間にも、本体は剣を後ろに引き絞り、両手突きの体勢をとっている。
今度も右に避けてかわす、それと同時に返しで横凪ぎ、これなら、ダメージを与えられ……
「レン!体!本体!」
っ!?
振り切りかけた剣を強引に軌道を変え、当たらないようにする。
危ない、あれは本当の俺の体だ。あれを殺してしまっては意味が無い。
「本当にヤバイな」
魔法使用不可、防御不可、その上攻撃まで不可能とは。どうすればいいのだろうか。
打開策を考えさせてくれる間もなく、本体の猛攻が再開する。振り回される剣に、メリッサ、花火は近寄ることもできない。
花火の雷魔法なら殺さないレベルでの牽制や捕縛が可能なのだが、今魔法は使えない。
メリッサは弓が使えた筈だか、ここまで俺が肉薄しているうえに、動き続けていれば誤射する可能性は低くない。その上当たりどころが悪ければ殺してしまうかもしれない。
俺が凌ぎ続けるしかないのか。
▽ ▽ ▽
百太刀以上かわし続けているだろうか、崖に追い込まれないように時折大きく避ける以外は、受け流しを多用して、極力本体から離れないように立ち回っていた。
距離をとると、しっかりと振られた剣を対処しなければならない。内に入ってしまえば振り切られる前でスピードの乗っていないものを、いち早く対処できる。
次は突きがくる。
左に動いて避けようとした瞬間、それは起こった。
一瞬体が動かなかったのだ。
避けきれなかった剣の一本が脇腹をかする。
「っ!?レン!?」
「くっ!?『暴風爆』!」
ブーメランの中の魔力を、ブーメランから引き出さずに、ブーメランの中で魔法に変える。
風の爆弾になったブーメランが、細かな破片を飛ばしながら、俺の体を吹き飛ばす。いくつか体に刺さったな。
「かはっ。はぁ、はぁ、はぁ」
しかし、何故動きが止まった?何らかの魔法か?ひとまず起き上がらなくては。
「くっ、はぁ、はぁ」
自分の呼吸がやけに耳につく。呼吸が荒れすぎているような気が……
酸欠状態か
今メリッサ達から俺を見たら青紫色にでもなっているのだろう。しかし、失敗したな。体の防御機構が働いていないことが、こんなことで影響してくるとは。
普通の人間は息苦しさ等で限界を事前に把握できる、しかし、この体はそんなことはなく、限界が来たら動かなくなるのみで、それまでの間は苦痛を感じない点からほぼいつも通りの動きができてしまう。
俺の体はもう動かない、だが本体は何事も無かったかのように剣二本を後ろに引き絞り、突きの体勢をとっていた。
「レン!」
「グルルル!」
メリッサと花火が本体の前に立ち塞がっていた。
「メリッサ!花火!」
「大丈夫、レン。今度は私が守る!」
「ワウ!」
メリッサが構えて、本体が……
ん?
本体が剣を後ろに引いたまま止まっていた。
「自己の移動能力から予測される戦闘限界時間になりました。現在の命令より高優先度の命令を完遂するため、現在の戦闘を終了、移動を開始します」
そう言って、本体はルクレスの砦の方へ、ものすごいスピードで走っていった。
「え?なに?終わったの?」
「みたいだな」
空気中の魔力が流されなくなったので、回復魔法で脇腹の傷を塞ぐ。
「強かったね」
「あぁ」
「私、なんにもできなかった」
「あんだけ振り回されれば近づけなくても仕方ないだろ、その上あのパワーとスピードだ俺だって立場が逆なら近づけなかったさ」
「レンが死んじゃうかもしれなかったのにだよ?」
「最後に立ち塞がってくれたじゃないか」
「それだって、相手が途中で止めてくれたから助かったようなものだし……」
なんだかメリッサが落ち込んでいるな。気にしなくてもいいのだが……
「なぁ、メリッサ。俺がアリア・ベルを殺そうとしたあの時を覚えているだろう?」
「うん。あのまま放っておくとレンがレンじゃなくなっちゃいそうで、必死に止めたあれだよね」
「あの時、怒りの熱に体を突き動かされていた俺が止まったのは、メリッサの暖かさがあったからだと思う。他の誰でもない、あそこまで一緒に着いてきてくれたメリッサ、君だったからこそ、俺は立ち止まることができたんだ。これを役立っていないと言えるのか?」
「それは……」
「あとは、あれだな。毎度俺が倒れたときに膝枕してくれるだろ、あれがないと俺は毎度硬い石レンガ寝ることになるわけだ。役立つというよりは、俺の役得といったほうが正しいような気がするが」
「ふにゅ!?」
顔を真っ赤にしたメリッサの目をじっと見つめる。
「う、うぇぇぇ。あんまり、じっとみないで欲しいなぁ」
「やっぱり、それがいいな」
「どういうこと?」
「笑ったり、恥ずかしがったり。そんな顔した、明るいメリッサが俺は好きだ。君には落ち込んでいて欲しくはない」
「そ、そうなんだ。明るい私が好……ん?んん?んんん!?」
先程以上に顔を真っ赤にしたメリッサがばっと、俺から顔を逸らす。
「どうした?何かあったのか?」
「ふぇ!?な、なんでもないよ!?」
「本当か?なら何故顔を逸らす」
「そ、そんなことないよ」
そう言った後も、メリッサは顔を逸らし続ける。
「さっき、何か不味いことでも言ったか?」
「大丈夫、大丈夫だから!それより、レンの本体が戻ってくる前にここを離れようよ!この状態でまた戦うことになったらまずいでしょ!」
「確かに、そうだな」
「ほら、レンも花火も、出発だよ!」
そう言ってメリッサは駆け出していく。
元気が出たようだからいいが、さっきのはいったいなんだったんだろうか。
首をひねりつつ、俺と花火はメリッサを追って行くのだった。
10/23修正 メリッサさん、「今後は私が守る!」ってなんすか。今守ってくださいよ……




