ルクレスの砦へ向かう兵
見送りに来た彼らと別れ、また二人と一匹の旅となった。
「そういえば、次の遺跡はどこにあるんだ?」
「次のはね、フレット商業国家が一番近いところだね。大陸の東側、エルフの国からはルクレス山脈の山道に沿って行くのが一般的なルートだね」
「なるほど」
「ルクレス山脈は、タリア神国とフレット商業国家との間を遮るように連なる山脈で、唯一通れるルクレット谷にはフレット商業国家の砦が建っているんだって」
「谷に建てられた砦か、かなり難攻不落の要塞なんじゃないか?それ」
「そうだよ。まぁそもそも、タリア神国が仕掛けた戦争は基本的にどれもうまくいってないんだけどね」
大陸の中央にあるタリア神国、そのタリア神国がよその国に仕掛けたとすると、西のコルド王国を攻めるためにはあの大きな砂漠を越えなくてはならない。
南のエルフの国の場合は多分、大森林によるゲリラ戦法ですりつぶされそうだ。
北は、確かドラコ皇国とかいう名前だったはず、山の中腹に国があったはずだから、進軍が厳しいうえに地の利を取られている。
そして南は山を越えるか要塞を突破するか、か……
素人の俺でも無理な戦争を仕掛けていることがよくわかるな。それほどまでに、教義か何かを押し通したいのだろうか。理解できないな。
「っと、そろそろ森を抜けるな」
木の葉に遮られて暗い森のトンネルから、開けた場所へ出る瞬間、暗がりに慣れていた目がたくさんの光を処理しきれず一瞬ホワイトアウトする。
真っ白になった視界が徐々に戻っていくと、真正面に高くそびえたつ山が存在していた。
「大きいな」
その存在感に、少しだけ足が止まってしまうくらいの山。
「そうだね、イメージしていた以上の壮大さだよ」
「ワウ!ワウ!?」
おっきいよ!あれ何!?といっているかのように、花火も吠える。
「そういえば、花火は森で暮らしていたから山はみたことないのか」
「山はあっても、木々で遮られているから全体を見ることもないしね」
「まぁ、俺も山をこうやって見たことがないというか、その記憶もないから花火と一緒なんだがな」
まだ、取り戻してない記憶にあるかもしれないが、たぶん無いだろう。
「そういえば、レンの元居た世界ってどんな感じなの?たしか、二ホンっていう名前だったよね」
「いま思い出せる部分だけになるけどいいか?」
「もちろん」
「まず、魔法がない」
「え?」
「あっちの世界には魔力とか、魔法なんてものは存在しなかった……はず。完全否定できるほどの確証はないが、一般的な常識はそうだった」
「なら、どうやって魔物と戦……あれ、魔力がないから魔物も存在しないの?」
「あぁ」
「へぇ、平和そうな世界だね」
「いや、魔物のかわりに人間同士が殺しあってる。世界規模の戦争が二度もおこっているんだ。平和とは言い難いさ、俺が転移させられる前は一応、小康状態ではあったけどな」
「戦争かぁ、確かに、私たちの世界だとタリア神国ぐらいしか起こしてないからね」
「戦争の歴史を持つこちらからしたら、こっちの世界を平和といいたくなるんだがな。隣の芝は青いってやつかもな」
「そうかもしれないね」
そんな話をしている間に、山道がそこそこの高さになっていた。そのうえ遠くに見える道の先に銀色の川が流れていた。
「いったいなんだ?」
「こんな近くに川なんてあったかな。しかも、あんな銀の色してるのなんて」
銀色の川……光の反射でそう見えているだけか?水銀が流れ出ている……ということは流石に無いよな。それに、山に向かって流れているように見える。ふつう川は山から流れ出てくるものだよな。
そんなことを考えながらも銀の川へ近づくように進んでいく。
結果、それは銀色の川などではなく、鎧を着た沢山の人間が歩いているというものだった。
銀の川に思えた彼らがいるのが、砦に行くかフレット商業国家に行くかの分かれ道だったようで、彼らは山と山の影へと消えていく。
「なるほど、行軍か。あの先にルクレス砦があるわけだ」
「ねぇ、レン。行軍ってことは、戦争するってことだよね」
「そうだな、タリア神国に動きがあったか、もしくはタリア神国を滅ぼそうと軍を動かしたかだな」
「滅ぼそうと……」
「深く考えすぎるな、メリッサ。これは国家間の問題だし、俺たちはその国家に属する者でも無い。戦争が起こるという事実だけ受け入れるだけにしておけ。そうでなければこれから出るであろう、死人に精神をすりつぶされるぞ」
「う、うん。そうだね、私一人じゃ止められないもんね」
そうして、列の最後尾が山の影へ入っていく。いかに圧勝であっても人死には避けられないだろう、さっき見た人間の命のうちのいくつかが失われてしまう。
駄目だ、考えすぎるな。彼らが死ぬのを考えるなら、タリア神国側の人死にも考えなくてはならない、この戦争で起こる人死にを考えるなら今まで起きた戦争の人死にも考えなくてはならない。どこまでも、止めてはいけない思考に囚われることになるのなら、始めから考えないという罪を背負うほうが楽だ。
そうやって、思考を振り切ろうとしているうちに彼らがいた分かれ道へとたどり着いていた。砦への道は真っ直ぐではないのか、ここからでは山に阻まれて、彼らの背を見ることもできない。
「行くか」
「そうだね」
彼らの行軍した足跡がついた山道を足跡に逆らうように歩く。
と、ここで視界の端に微かな違和感を覚えたため、そちらへ顔を向ける。そこにはかなりの急勾配の山を土埃を巻き上げながら滑り降りてくるフードの人物がいた。
「は?なんだ?」
「なにあれ。あの山を越えてきたってこと?」
そうこうしている間に、フードの人物は斜面を滑り切り、山道に着地するとゆったりとした動きで立ち上がった。
目深に被ったフードがその者の顔を隠す。男か女かもわからないフードの人物は、あたりを見回すと、こちらを見て……
「ワウ!」
御主人危ない!と花火が吠えた。
とっさに体が反応して横へ跳ぶ。
するとその瞬間、さっきまで俺がいた場所に二本の剣が突き出されていた。
「っつ!?『風爆』っ!」
魔力で生み出した空気の塊を俺と相手との間で爆発させて、その勢いで距離をとる。
少し後ずさりしただけだった相手-フードの人物は、しかし風によってフードが外れていた。
「な……ほんとなの、これ」
「あれは……そうか」
「グルルルル」
そこにいた人物は、まったく俺と同じ顔。
本当の俺の体がそこにはいたのだった。




