アリア・ベル
「悪魔だと?なんの話だ?アリア・ベル、君は何を言っている」
「そういえば、名乗っていませんでしたわね、私はタリア教の幹部アリア・ベルでございます。以降お見知りおきを」
タリア教、その単語に心臓が跳ねたような思いがした。
「それで、悪魔の話でしたね。悪魔とは、我らがタリア様が遣わしてくださった天使様を、堕天の道へ誘おうとする者達のことです。貴方達が解放したその黒の棺の中には、悪魔の中でも特に上位の悪魔、原初の悪魔が封じられていました。さぁ、今ならタリア様から許していただけます、その者を戻し、黒の棺に関わる事を止めるのです」
アリア·ベルのその物言いに、心が何かざわりと震えた感じがした。
「いきなり現れて何を言っておるのじゃ、そもそもこの国は現在鎖国中である、お主どうやって入り込んできた?」
「我らがタリア様の命を邪魔する者は暫く眠っていていただきましたが、なにか?」
「お前!」
モンシーロがいきりたって襲いかかろうとする。
「待て、モンシーロ」
「しかし、アゲハ様!」
「迂闊に動くでない」
アゲハ、モンシーロ、メリッサは警戒したように軽く戦闘体勢をとる。
「なにも警戒なさらないでもいいのですよ?そこの悪魔を黒の棺に戻していただければいいのです。そうすれば私はすぐにでも帰りましょう、ですが全てを聞いたうえで邪魔をするというのだったら、悪魔として認定し、殺してしまっても構いませんが」
「確かタリア神教って、殺人は重罪だったんじゃないの!?」
「なにを仰います、悪魔は悪魔ですよ?人として扱う必要が有るわけ無いでしょう」
また、ざわりと心臓が震える。
これは……このドロドロとまとわりつくような熱い感情は……
そうだ、『怒り』だ。
その単語を認識した瞬間に、心の奥底に沈んでいた激情が、まるで炎を飲んだ竜巻のように体中を駆け巡る。
「ぐっ、あああああああああああ!!」
身の内を掻き乱すような衝動に流されるまま叫ぶ。
「レン!?」
メリッサの心配そうな声すら今は煩わしい。
「下がってろ、あいつは俺が殺る。憤怒最大出力」
全身の血管に熱湯が流れるような、力が満ち渡る感覚。
「そうですか、残念です。貴方を始末したら花火くんを私が引き取り……っ!?」
アリア·ベルの言葉も聞かずに一直線に走り込んでの最短最速の刺突。ギリギリ反応したアリア·ベルは氷の壁を作ってそれを受け止める。
「悪魔がぁ!タリア様の邪魔をするんじゃないですよ!」
激昂したアリア・ベルは炎の球を4つほど呼び出し、その全てを俺にぶつけようとする。
「お前が、お前等が!俺達を悪魔などと言うな!」
盾の裏からブーメランを引き抜いた俺は、水の壁を生み出して炎の球を防ぐと、持っていた剣の魔力を炎に変換し、氷の壁を貫く。
「ぐっ!?」
いきなり突き抜けてきた剣に反応しきれなかったアリア・ベルの左腕に剣がかする。ただ、炎の魔法によって熱せられていた刀身が傷口を焼いたために、出血は少なかった。
俺は、空になったブーメランを投げ捨てると、突き刺さった剣をその場に残して、新たにブーメラン2本を巾着から引き抜き、それぞれを雷と土魔法に割り当てる。周囲の砂に魔力を浸透させている合間に、紫の雷を釣瓶打ちしていく。
「くっ!このっ!」
アリア・ベルは雷を何度かその場で回避すると、低姿勢になってこちらに突っ込んできた。そのスピードはなかなかに速い。
だが対応が遅いな。
俺が右腕を振ると、部屋全体の床の砂がバレーボール大の塊に纏まり、腕の動きと同期して飛び回った。
「ぶっ飛ばせ、『砂槌』」
砂の塊が不意をついてアリア・ベルの脇腹にのめり込む。
「がはっ!?」
強く壁に叩きつけられたアリア・ベル、しかし彼女はよろよろになりつつも立ち上がる。
「くっ、悪魔……なんかに……」
「俺達は悪魔なんかじゃない!」
もう一度、砂の塊を叩きつける。
「勝手にこの世界に呼ばれて!」
さらに、砂の塊を叩きつける。
「体も奪われて!」
砂の塊を叩きつける。
「その上で悪魔呼ばわりだと!?ふざけるな!」
何度も砂の塊で打たれたアリア・ベルは立っていることもできずに地面に音を立てて倒れこむ。
「かっ、ひゅう」
呼吸もままなっていないアリア・ベルは、俺から逃げようと四肢を動かす。
「叩き潰せ、『砂槌』」
動けないように右足に砂の塊を振り下ろす。
「ぐっ!?あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
もう一度砂の塊を持ち上げると、アリア・ベルの右足はあり得ない方向に曲がり、潰された肉から骨が幾本か飛び出していた。
ゆっくりとアリア・ベルに近づきながら、巾着から剣を取り出す。
「我ら……タリア信徒において……死は……怖くない……タリア様の……身許に……行ける……から……怖くない……怖く……ない……」
冷たく光る剣先を、アリア・ベルの眼前まで持っていく。
「怖く……ない……怖く……ない……」
アリア・ベルは自らに言い聞かせるようにそう呟いている。
剣を逆手で持ち、ゆっくりと頭上まで持ち上げていく。
「怖く……ない……怖く……ない……」
しばらくそう呟いていたが、死を明瞭に認識させる切っ先に一言。
「怖……い……」
という言葉が微かに漏れた。
「いやだ……いやだ……死にたく……ない……怖い……」
アリア・ベルは、一度恐怖を知覚すると、堰を切ったように「死にたくない」と言い始める。
「駄目だ、死ね」
剣を振り下ろそうとした時。
誰かが後ろから抱きついてきた。
「レン、駄目。それ以上やったら、レンが人じゃ無くなっちゃう」
メリッサの体温を感じた瞬間、今まで体を突き動かしていた灼熱が、柔らかな暖かさに変わる。
「メリッ、サ?」
「よかった……届いた」
がっしりと、俺の体を掴んでいるメリッサの体は、微かに震えていた。
「私の声が、届かないんじゃないかと……レンが人を殺しちゃうんじゃないかと思って……でも、声が、思いが届いてよかった」
持っていた剣を、巾着に戻す。
「慈悲を最大出力に。彼の者を癒せ『ヒール』」
効果の上昇した治癒魔法で、アリア・ベルの命に関わりそうな傷を癒していく。
「何……を……?」
「一つ答えろ。お前の言う黒の棺には何が封じられている?お前の知っていることだけでいい、答えろ」
「あれには……タリア様に歯向かう……人達の中で……強大な力を持った者が……封じられて……います」
「棺から出てきた、あいつは人間なんだな?」
「そう……ですが……なにか……?」
外れか……。本当の情報も伝えられていない只の信者だったって訳だ。
「メリッサ達も聞いてくれ」
そう言って俺は、気絶している間に見た記憶と、タリア神国が行ったことを話した。
「嘘です……そんな……突拍子も……無いこと……信じろ……と?」
「騙すなら、もっと信じ易い整った嘘をつく。突拍子も無いのは真実だからだ」
「真実……」
アリア・ベルのだいたいの傷を癒したところで、彼女を俵担ぎする。
「なにを……しているのです……」
「いくら傷をほとんど癒したからってここに置いていったら殺したも同じだろう。だから連れていく。モンシーロ、あんたはNo-25を頼む。と、その前に俺の予備の服を着せてやってくれ」
「ツーファイブってのはさっき出てきたこのガキのことだな?」
「そうだ」
巾着から、予備の服を引き抜き、モンシーロに投げ渡す。
「敵対者を……助けるのですか……?」
「あぁ、俺は悪魔じゃないからな」
「なら……私が信じていた、タリア教とはいったい……」
「あんたが盲信していたタリア教は、それほど高尚な物じゃなかったんだろう」
「私は……何を信じれば……」
「知らん。ひとまずはここを生きて出ることが先だ。俺の予測によれば、アレがあるからな」
▽ ▽ ▽
メリッサとアゲハが敵を蹴散らして行き。すぐさま出口に繋がる階段前の広場に出た。しかし、そこには、二本の鎌を黒く光らせた、大きな蟷螂<ブラックマンティス>が立っていたのだった。




