初戦
次の層へと続く階段の前の広場にそれは鎮座していた。
階段の前に居座る黒い騎士。しかしその内側にあるはずの体は無く、闇だけが見える。
「リビングアーマー!?何でこの層に?」
戸惑うようにメリッサがこぼす。
「この層には出ないのか?」
「出ないよ、だって11層以降の死者の層の魔物だもんあれ」
「なら、どくまで待つか」
「そうだね、まずは様子見ってとこかな」
物陰に隠れて待つ。しかし、一向に動かない。
「仕方ない、近づいて見てくるよ」
メリッサが一人歩いて行く、しかしリビングアーマーは動かない。
「大丈夫そうかも、来ていいよ」
言われて、俺も近づく。
同時に、リビングアーマーの腕が上がる。
「あ?」
高く上がった剣は俺の方を向いていた。
「危ない!」
体に衝撃、メリッサの強烈なタックルで突き飛ばされていた。
飛びかけた意識を引き戻しつつ周囲を見ると、さっきまで、俺がいたであろう場所に、剣が突き刺さっていた。
「なんで急に!君は下がってて!」
俺の上から、メリッサが飛び出す。
メリッサは、リビングアーマーから俺を庇うように立ち塞がる。
しかし、リビングアーマーはメリッサの事など見向きもせず、左手の盾で押しのけると、悠然と俺のもとへ歩いて来る。
「止まれっ!このっ!!」
メリッサの蹴り、さすがに直撃は許せなかったのか、盾で防がれる。
しかし、リビングアーマーは盾を振って、メリッサを弾き飛ばすと、また俺のもとへ歩き出す。
「狙いは俺か、メリッサ盾はあるか?」
「あるけどどうするの!?」
「奴の注意を引く、君の攻撃を直撃させるしか無さそうだ」
「そんなの、君が危ないよ!」
メリッサの焦ったような声が響く。
リビングアーマーが近い。走って距離をとる。幸いなことに、相手は鈍重だ。
「危険なんて知らん。どのみちこれじゃあじり貧だ」
考え込むメリッサ、そののち。
「あぁ、もう!死なないでよ!」
木製で持ち手の周りを金属で覆った、片手用のラウンドシールドを渡される。
その盾に左腕を通して持ち、右手で支える。
構えると目の前にリビングアーマー。
相手の降り下ろしを左にステップして、ギリギリでかわす。
リビングアーマーは、降り下ろした剣を切り返し、右に切り払う。
俺は、咄嗟に剣を盾で受ける、しかし、受けとめきれず吹っ飛ばされて地面を転がる。
起き上がって見ると、メリッサが剣を振り切って開いた右足に、蹴りを叩き込んでいた。
バキン、と鈍い音がして、リビングアーマーの右足が砕け散り、リビングアーマーが倒れこむ。
咄嗟に、俺は盾を使って、剣の上に乗り掛かり押さえ込む。
しかし、リビングアーマーは腕力だけで俺を空中に放り投げる。
ふっと、浮く体。下を見るとリビングアーマーが突きの体勢を倒れた状態でとっていた。
俺は、必死に盾を構える。
木が割れる音、突きは盾を貫通して、微かに飛び出した切っ先は右腕に刺さっていた。
Tの字のオブジェクトとなっていた俺は、呆けそうになる意識を力づくで引き戻し、盾から左腕を引き抜いて。自ら地面に落ちる。
俺が盾を外すと同時にリビングアーマーは剣を振る。
刺さっていた盾がスポンと抜けて、天井ギリギリまで飛ぶと、盾はカタンとやけに甲高い音をたてて地面に落ちる。
盾に目を向けていた俺が、リビングアーマーに目を戻すとメリッサが脚撃を当てて、剣を持った右腕を壊していたところだった。
「これで!」
右腕が落ちるガタンという音で我に帰った俺は盾を拾いに行く。
右腕と右足を失ったリビングアーマーは、盾を持ち直した俺と、メリッサを見ると、メリッサに左腕の盾を投げつけ、空いた左手で右腕の残りを外すと、右足にはめ、左手で剣を持って立ち上がった。
盾を避けるために距離をとらされたメリッサは、一番無防備だった瞬間を狙えず。
そもそも、攻撃力がない俺には、どうすることも出来なかった。
立ち上がったリビングアーマーは、剣をメリッサへ向けた。
最悪である。今まで彼女の攻撃が通っていたのはリビングアーマーが俺を攻撃した後の隙をついて、攻撃していたから。リビングアーマーが彼女に意識を向ければ、この戦いは、勝てなくなる。
案の定、メリッサは剣を避ける事が必要になり、攻撃に出れていない。
今、俺に出来ることはなんだ?辺りを見回す。アレならいけるか?
勢い良く走り出した俺は、そこに落ちていた、リビングアーマーの右足を持ち上げ投げつける。
「こっちを向け」
リビングアーマーの背中にぶつかって落ちるが、相手は気にも止めない。
今度は右腕を投げる、止まらない。
走っていたのを止めると、俺は盾を左腕から外す。
「こっちに来い、この鎧野郎」
投げた盾はリビングアーマーには当たらず、メリッサとリビングアーマーの中間、つまりリビングアーマーの目の前に落ちた。
落ちた盾が、俺が使っていた物だと見ると、リビングアーマーは、勢い良くこちらへ走り出した。
「レン、逃げて!」
メリッサが悲痛な声をあげる。止めようと追っているが、でがかりが遅れた、いくら相手が鈍重でも間に合わないだろう。
高く、掲げられた剣が体感的にゆっくりと降り下ろされる。
風切り音、
そして、
金属音。
リビングアーマーの剣は、リビングアーマーが投げ捨てた、あの盾に阻まれて体に届いてはいない。
「メリッサ、やれ」
俺の声が響く。目の前のリビングアーマーの背中から、重い一撃の音。
背中側から回ってきたひびが体の前まで回ってきて、つながり、リビングアーマーの体が、粉々に砕け散った。盾の上に、リビングアーマーの残骸がバラバラと落ちてくる。
瓦礫に埋もれた俺を、メリッサが引っ張りだした。
その間も、リビングアーマーが動く事はなかった。