結果発表、そして旅立ち
負けた。
腹の前で止められている拳がその事を物語っていた。
クロニコは拳を収めるとともに闇魔法を解く。闇で閉ざされていた練習場に光が戻る。
それによって勝負が着いた事を理解した観客達が騒ぎ出す。その観客の歓声をぼんやりと聞きながら、俺は只佇んでいた。
理解ができない。
最高の状態で完璧な一撃だった。そこに至るまでも全力を発揮できていた。
しかし、この拳はクロニコには届く事は無かった。
「理解が出来ない、というような顔をしていますね」
クロニコの声に思考を引き戻される。
「やはり何かしたのか」
「単純な事です、私が得意とする魔法を思い出してください」
「闇魔法と空間魔法……空間魔法か?」
「そう、空間魔法は空間を操作できる。最後にレンさんに使ったのは『歪む世界』と『拒む世界』と名付けた魔法です。さらに詳しく説明すると、歪む世界は魔力を通した空間を拡張させる魔法で、その巾着袋にも使っている魔法なんですよ」
「『拒む世界』は?」
「あれは空間を力づくで固定して壁を造る魔法ですね。黒壁と併用すると効果てきめんですよ。先程の戦いでは、レンさんが最後にぶつかった壁がそれです」
あの壁が空間魔法だったのか。
「それでですね、試験の結果なのですが」
体が固まる。そうだった、俺は負けたのだった。
これでは試験は通らな「合格です」……い?
「合格?今、合格と聞こえたような気がしたんだが」
「えぇ、合格ですよ。あなたは強者です」
「負けたんだが」
「負けましたね、でも合格です」
「何故だ」
「何故って?そもそも私が強いと思えればOKの試験ですよ?あの小さな雷を当てた時点で合格でしたって」
「は?あそこでもう終わっていたのか?」
「えぇ、そうですがなにか?」
「なにか?じゃない、それじゃぁ俺が全力を出した意味はなんだったんだ」
「意味はありますよ、対人戦の経験になったじゃないですか。レンさんには対人戦の経験が足りてないんですよ」
「それが今回の負けの原因だと」
「えぇ、最後まで油断してはいけないのですよ」
「そうか、確かにな」
「ということで、負けたレンさんにはこれを差し上げましょう」
クロニコは服の懐から黒く艶やかな玉を出してこちらへ渡す。
冷たいとも硬いとも言えない微妙な感触、なんなのだろうこれは。
「それは、もしもの時の魔導具です。レンさんが旅先で困った時は、これに魔力を流してから地面に置いてください」
「これを使えばどうなるんだ?」
「それは使ってみてのお楽しみです」
「そうか。いただいておく」
巾着袋に黒い玉を入れる。
「……私ができる事はこれくらいですかね」
「そうか……本当に世話になった」
そういってクロニコに45度の最敬礼をする。
この世界では意味が通じないかもしれないが、礼を表すのを俺はこれしか知らない。
数秒ほどたって顔をあげると、クロニコが柔らかな笑みを浮かべて立っていた。
「また会う時を楽しみにしてますよ」
「今度会う時は全く違う俺になっているかもしれないがそれでもよかったら」
どちらともなく手をだして固く握手する。
「さぁ、行ってきなさい」
「あぁ、行ってくる」
クロニコに背を向ける。その視線の先には、スキンヘッドたちが立っている。
「あんたたちも世話になった」
「お、おう」
「急に改まってなんだよ、気持ち悪い」
「いつもは傲岸不遜なくせして」
「寂しくないったらないぞ!」
スキンヘッドたちの声を後にして、俺は練習場を去った。
▽ ▽ ▽
「で、あんな別れをしておいて直ぐに再会するのか」
翌日、フラットの町の門の前には神父や商店街の人々の他にクロニコやスキンヘッドたちを含めた冒険者が集まっていた。
「メリッサ嬢とのお別れはしていませんし」
そういえばそうか。
「わぁ、みんな居る。レンってすっごい人気だったんだね」
結局、メリッサは自分の人気に気づかないのか。
「ほらレン、挨拶挨拶」
挨拶は昨日したんだが。
「集まってくれてありがとう……でいいのか?」
「次ー!次ー!」
「メリッサさんも一言!」
「おらレン!さっさとどけ!」
「えぇ?私!?何も考えて無かったよ!?」
「大丈夫ですよ!」
「かわいい!」
「見てるだけで和むわぁ~!」
おい、感情がだだ漏れしてるやつがいるぞ。
「えっと、レンの為にこんなにも人が集まってくれて嬉しいです。この町を離れるのは寂しいですが、いつかまた戻って来れる日を楽しみにしています」
一瞬の沈黙。
そして歓声。
「メリッサさんさようなら!」
「レン、メリッサさんを泣かせるんじゃねぇぞ!」
「二人ともお元気で!」
盛大に騒ぐ冒険者達の中から神父が出てくる。
「元気な姿を見せてくれること、お待ちしておりますよ」
「あぁ、行ってくる」
「行ってきます」
神父と固く握手をして門の前から去る。
彼らの歓声はしばらく歩いても聞こえ続けていた。
▽ ▽ ▽
「なんというか、知っている町を離れるってのは不安になるよね」
町を出てしばらくした森の中でメリッサはそう溢した。
さっきまでの歓声とはうってかわり、周囲には木の葉が擦れる音だけが響く。
「不安か、確かにあんなに賑やかな所から二人だけになったらそうかもしれないな」
「ねぇ、レンも不安?」
「不安というよりは寂しいという感情のほうが近いと思う。メリッサがついていてくれるからな、不安にはならないさ」
「えへへ、ありがと」
メリッサは恥ずかしそうに笑顔を浮かべる。
その笑顔を見て、心臓の奥が少しだけ揺さぶられたような気がした。




