卒業試験(裏)
「月の無い夜」
そうクロニコが言うと同時に、訓練場の壁も床も天井さえもが闇魔法で覆われ、全てが闇に呑まれてしまった。
「素晴らしい、もっとです。レンさん、貴方の全力を見せてください!」
全力、つまりはブーメランを使えということか。クロニコがそう言うのだったら周りからの文句もでまい、遠慮なく使ってやろう。
巾着袋から二つブーメランを取りだし、中に貯めていた魔力を引き出す。
「輝け」
その言葉とともに目映い光を放つ球が二つ浮き上がる。
浮き上がった光は俺とクロニコ、そして一緒に巻き込まれていた観客達を照らし出す。
俺は魔力が空になったブーメランの内の右手のブーメランをクロニコに投げ、新たなブーメランを引き抜く。
闇の中を飛ぶブーメランは大きく弧を描き……スキンヘッドの腹にぶち当たった。
「うごっ!?おいレン!当たったぞこの野郎!」
「すまない、正直存在を忘れていた」
「忘れていたぁ!?この素晴らしき実況者様を!?」
スキンヘッドが騒ぎ出す。
「おいハゲうるせぇよ!こんなに凄い戦い静かに見させろ!」
「そもそも、お前途中から見いってて実況なんざしてなかったろうに!」
「なんだとてめぇら!それにハゲじゃねぇ、剃っているだけだ!」
それに釣られるように、一時は静かだった観客がまた騒ぎ始める。
五月蝿くなった観客は放っておいて、今度は観客に当てないようにブーメランを投げる。
クロニコ目がけて飛んでいったブーメランは、しかし途中で何かにぶつかったかの様に跳ね返り、落ちる。
「なんだぁ!?レンのブーメランが突如地面に落ちたぞ!」
「ハゲ!そもそもブーメランなんか飛んでいたか?」
クロニコの近くの観客がそう声を上げる。
「ハゲじゃねぇって言ってんだろ!ブーメランも実際に飛んでたんだ!」
妙だ、ブーメランは光球に照らされて見えなかったと言うことは無いはず、それなのに向こう側の観客には見えていなかった。ということはつまり……
「黒壁や黒玉を出す余裕があるって訳か」
この真っ黒な部屋で、更に光を吸収する壁やら玉やらが存在するってのか……かなりのハードモードだな。
だが全力を見せてみろと言われたんだ、ここで足踏みして魔力切れを待つというのは失礼だろう。
相手は魔法の師であるクロニコだ、師に挑むとして、まだ実力が勝っていないんだとしたら危険を犯して挑戦しなければ勝つ可能性は存在しないだろう。
ならば俺がクロニコに勝つためにすべきことは一つ、全力のその先の120%の力を引き出すこと。
俺は四本のブーメランを引き抜き、魔力を引き出して放り捨てる。
今までやったことの無かったブーメラン四本分の魔力操作、それは三本の時より格段に難しい。
「空気よ、溜まりて球を成せ」
詠唱とともに魔力は空気となって、俺を中心とした半径三メートルの球を作る。
これが氷の礫を使わずに黒玉を見破った方法。魔法で生み出した物体の位地を術者は感知できる、だから空気が動かされた黒玉の中には土、風問わず何かが入っているということが分かる。
後はそれを避けるだけ、だったのだが今回は目が効かない為にいつどこから来るかも分からない黒玉に即座に対応できるように神経を集中させて、更に空気の魔法を維持し、なおかつクロニコに近づくなくてはならない。
その綱を渡るような難しさを認識して一瞬魔法が揺らぐ。
その揺らいだ思いを引き締めるように一歩を踏み出す。
慎重に一歩一歩クロニコへ近づいていく。ほんの僅かなような距離がとても長く感じられる。
「おやおや、随分ゆっくりですねぇ。なら此方からいかせて貰いましょうか」
クロニコの言葉とともに空気が揺れる。とっさに体を動かして黒玉を避けようとするが肩に当たってしまう。
「ぐっ」
魔法が崩れかかる。
駄目だ、もっと集中しろ。でなければ勝てない。もっとだ。もっと。もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと。
ぱちん、と何かが頭の中で弾けたような気がした。
今まで押さえるので精一杯だった魔法が、すっと静かになる。空気がドロドロと体中にまとわりついて手足の動きがゆっくりに感じられる。
「―――――――――」
クロニコが何か言ったように聞こえた。いや、見えた。音が間延びして聞こえるせいか何を言っているのかは分からなかったが、はっきりと口の動きを見ることが出来た。
次いで来る黒玉。しかし、先程とは違ってゆっくりと飛んでくる。
どうかわせばいいかが、考えるまでもなく理解出来る。
1つ2つ3つと黒玉を避けつつ前へ進む、進む。
途中に現れた黒壁を跳んで避ける。黒玉を弾き落とす。そして避けつつ進む。
そうしているうちに後一歩大きく踏み込めば届く所までクロニコへ近づくことが出来た。
魔法を解除しつつ大きく一歩を踏み込み、拳を振るう。
拳だけに集中出来ているせいか、先程よりもゆっくりと世界が動いていた。
拳はドロドロと粘つく空気を掻き分けクロニコへ向かう。ゆっくりとだが着実に距離を詰める、クロニコとの間に黒壁は無い。
加速していた思考が徐々に戻りはじめ、拳のスピードが上がっていく。拳が振りきられる。
と、そこで俺は初めて違和感に気づいた。
振り切った拳がクロニコの前で止まっているのだ。
一歩踏み込めば余裕で拳が届くような距離に居たはずなのに、完璧の伸びた腕はクロニコには届いていない。クロニコは一切動いていないにもかかわらずだ。
まるで空間が膨らんだかのような……
「おやおや、相手の前で悩み事とは……」
しまった。危ない間合いに身をさらし続けている状況に今更ながらに気付く。
咄嗟に距離を取ろうとバックステップするが、その途中で背が壁のようなものにぶつかる。
その一瞬は致命的で、気付いた時にはクロニコの拳が俺の腹に寸止めされていたのだった。




