修行
今現在、俺はギルドの裏手にある修練場に倒れ伏している。
あの後メリッサに、臓物を抜き取り、血抜きしたフォレストウルフをギルドまで走って運ばされ、その後この修練場で腕立てや腹筋等を、体が動かなくなるまでやらされたためである。
「なぁ、メリッサ。オーバーペースじゃないのか?これ」
「いや、家の道場のトレーニングメニューの『ハードモード』に準じてやってるからまだ大丈夫だよ。教えてもらってないけど『エクストラモード』とか『ヘルモード』ってのがあるって言ってたし」
これよりまだ上があるのか、どうなってるんだその道場は。
「それよりも、回復した?じゃあ、はいこれ、私が以前使っていた物なんだけど、手入れはしてあるから」
そう言って渡されたのは、ブロードソードとラウンドシールド。ブロードソードは、一本全てが鉄でできており、柄の部分に麻布が巻かれた物。ラウンドシールドは、持ち手と縁が鉄で補強されている木製の盾だった。
「これは?」
「君の護身用の武器だよ。槍とか斧とか使いたいんだったら言ってね、買ってくるから」
「いや、いい。これで十分だ」
いくらメリッサ本人がいいと言っても、これ以上の借金はできないだろう。
「そう?じゃあ、まず慣れるために300本振ってみようか」
▽ ▽ ▽
正直言って飽きた。
自分に感情は存在しないと思っていたが、飽きたというこの感情だけはなぜかあるみたいだ。
筋疲労による、身体的な苦痛は存在しない変わりに、ただ淡々と変化なく振り続けるだけの作業が続く。
辛い。
そうだ、勤勉を上げればこの苦痛から逃れられるのではないだろうか。
そう思い、勤勉を100に引き上げる。
体中に力が溢れる。
いままで苦痛だった作業が楽しく感じてくる。
それ以上に、もっとやりたいという感覚が湧いてくる。
「あれ?動きが良くなった?」
「メリッサ、もっとだ、もっとやれるぞ」
「駄目、これ以上はオーバーペースになる。少し休んで、そしたら今度は実戦練習をやるから」
「分かった」
300本を振り終え、少し体をほぐして休む。
▽ ▽ ▽
「はい、もう一回休んで」
メリッサとの実戦を終え、休みに入ろうとする。
その一瞬、足の反応が無くなり、がくんと地面に膝を付く。
「レン!?大丈夫!?」
急いで体の痛みを調べる。
すると、体の奥底、骨の中心から熱を持ったようなじんわりとした痛みを感じた。
よく見ると、腕も震えている。
「分からない、体の骨の辺りが痛いんだ」
「骨?もしかしてレンお昼食べてない?」
「昼飯か?いや、食べたが」
「あれ?じゃあステータスを見せて」
なぜステータスなのかは分からないがとりあえずステータスを開く。
name:飛風練
age:0
種族:人間
ステータス:蓄積魔力2017/2017
筋力100 体力100 頑丈100
器用100 俊敏100 柔軟100
精神100 魔力100 魔回100
スキル:清掃3 剣術2 盾術2
魔法:なし
「おかしい、蓄積魔力が減ってない」
「何がおかしいんだ?」
「説明は後、とにかく神父さんの所に行くよ!」
メリッサに抱えられて神父のもとへ急ぐ。
「神父さん、レンの診察をお願いします!」
扉を叩きつけるように開いて、メリッサはそう叫ぶ。
「わかりました、メリッサさん。レンさんをここに」
椅子に座らせられる。
「それで、どうしたんですか?」
「レンが骨が痛いって言ってて、もしかしたらエネルギー不足かな、と思ったんですけど。でも蓄積魔力が全く減って無かったので」
「蓄積魔力が減っていない……ですか」
「なぁ、さっきも聞いたがそれは何なんだ?」
「蓄積魔力は空腹を示す値になるの」
「魔素は体に貯まったエネルギーでもあるんです。それが無くなれば空腹になって動けなくなります」
そう言いつつ神父は淡い青の光を纏った手で俺の体を触る。
「これは……単なる空腹です。それで体がエネルギーを補うために骨を溶かしているのでしょう」
「でも神父さん!」
「はい、レンさんの体は魔素をエネルギーとして利用できない特異な体質のようです」
「そんな……つまり、いつも空腹ってことですか!?」
「いえ、魔素としてエネルギーを保持するのでは無く他の方法で体に貯めているようです。ですので今回は単に、速いスピードでエネルギーを消耗しただけとしか考えられませんね。私と一緒にお昼を食べましたし」
「速いスピードでエネルギーを消耗……あっ、レンもしかして勤勉を使っていた?」
そういえば勤勉を100にしていた事を忘れかけていた。
「あぁ、使っていた」
「そうでしたか……メリッサさん、干し肉を買って来てください。少し早めですが晩御飯にしましょう」
「分かりました、急いで買ってきます!」
「神父さん、俺は?」
「あなたはそこで横になってなさい。少しでもエネルギーの消耗を抑えるんです」
「そうか」
とりあえず言われた通り横になる、ついでに怠惰を100にする。
しばらくするとメリッサが帰ってきて、晩御飯の支度が終わった。
「それでは、いただきましょう」
「「いただきます」」
「それで、今後の事なのですが。もし、トレーニングを続けるようでしたら、逐一エネルギーを補給しつつ行うようにしてください」
「分かった」
「トレーニングは続けていいんですね」
「はい、魔素をエネルギーとして利用出来ないだけで、三食食べれば普通の人と同じくらい動けますよ」
「そうですか、分かりました」
これからは、休憩の度にエネルギーの補給をすることに決まった。
そして翌日、俺は酷い筋肉痛で動く事が出来なかった。