サイドストーリー メリッサからみた彼2
〈side:メリッサ〉
私は今、レンが躊躇いもなくフォレストウルフの頭を叩き潰しているのを見ている。
先ほどまで殺されかけていた事に対する憎悪の色すら見せず、ただ透き通った無表情のまま大きな石をふり下ろしている。
私はアレが怖くなった。
人の形をしたまま、人の心を見せず、ただ淡々と物事をこなす。まるでからくり人形のようだ。
それでも彼は人間だ、人間のはずなのだ。ひとまず、無事かどうかを確認しなければならない。
特に、彼は痛みを感じない体だ。もし内臓なんかの目に見えないところに傷をつくっていた場合、彼は見逃してしまう可能性が高い。
彼の答えは無傷。つまり一発もあたっていないということ。
ささやかな安堵とともに、異常種化したフォレストウルフに無傷という彼の生存能力の高さに驚愕する。
運ではないだろう。私が矢を射る前にフォレストウルフはふらふらしていた。あれはレンが何かをしたに違いない。
そして、そのダメージがあったから私はあのフォレストウルフに矢を当てられた。
フォレストウルフが脚にきていなかったらあの矢は確実に避けられていただろう。
そのことを称賛してみる。
しかし、レンの顔色は明るくない、彼の顔に、ほんの僅かに戸惑いの色が浮かぶ。
戸惑い......全く動くことの無かった彼の顔が初めて歪んだ気がする。
「レン?」
「いや、生き延びてよかったのかと思って」
「何言ってるの?」
その言葉の意味が一瞬理解できなかった。
「感情を持たない、痛みを感じる事もない人形のような俺が、只日本という所で生きていたという、たいしたあてにもならない記憶だけを頼りに生きていていいのかと思って。それで周りの人達に迷惑をかけていてもいいんだろうかと......」
それは人間らしくない彼から漏れた、不安という唯一の人間らしい感情だった。
その言葉とともに彼に感じていた恐怖心も氷解する。
彼は人間だ。自分に感情が無いことを気にし、周りに迷惑をかけまいとする優しい人。
頭を叩き潰したのは、感情と常識の記憶を失っている彼が命を守る為に選んだ最善の策。
そう分かったのなら、私は彼の間違いを訂正するだけでいい。
「レン、それだけは許せないよ」
「メリッサ?」
「とどめを確実にさすのは個人のポリシーだから私がとやかく言うことじゃない。レンが人形みたいに感情を表さないのも私が言える事じゃない。でもレンの命を否定するのはたとえレン自身であっても私が許さない」
レンは、私の言っている意味が理解出来ないのか、自分の存在意義の無さを語る。
でもそれはこちらの感情を無視した物質の増減による決め付け。彼の存在意義は彼が思っている以上に存在する。
反論できず押し黙るレン。
「そして私は命を救って貰った恩をまだ返していない」
そうだ、私はまだ彼に命を救って貰った恩を返していない。
それどころかついさっき人ではないと思ってしまった。
それに対する贖罪をしなくてはならない。
なら彼の感情を取り戻す手伝いをすればいいのではないか。実際、彼が失っている記憶と感情はどこか不自然で、何かによって抜き取られたみたいだ。
それもこれも、全てはレンが封じ込められていたあの黒い物体に隠されているのではないか。
そう思ったからこそ、彼の感情を戻す、そう宣言した。
そして、私がいない間にレンが死んでしまわないように、彼を鍛える事にした。
少し厳しめで。