困惑
少し短めです。
そして、残酷な描写があります。気をつけてください。
狼を射殺したのはメリッサだった。
「レン!」
弓を持ちつつメリッサが駆け寄ってくる。
ひとまず、メリッサが近寄ってくる前に、狼の側に落ちているブーメランを拾うと、ついでにそこらへんの大きな石を両手で持ち、狼の頭を頭蓋骨が砕ける感じがするまで殴りつける。
「え?レン?」
メリッサの声が懐疑的な声に変わる。
「なんだ?メリッサ」
「えっと......今の、何をやっていたの?」
「とどめをさしていた」
「とどめ?あれは死んでいなかったの?」
「いや、たぶん死んでいたとは思うがこうすれば確実なんでな」
「っ......それは、そうだけど」
「そうだけど、何だ?」
何か問題でもあったのだろうか。
「なんでもない、それよりレン大丈夫?」
「一応無傷だ、しかし危なかった。助かった、メリッサ」
「どういたしまして。それにしてもレンは凄いね、フォレストウルフの異常種相手に無傷で生き延びたんだから」
「こいつ、そんなに強いのか?」
「かなり強い方だと思うよ、普通のフォレストウルフに比べて体が大きくて、爪があり得ない位に鋭いんだもん」
「そうか、生き残れて良かった......んだよな?」
少しも感情を持たない心は、死ななくて良かったという喜びも死ねなくて残念といった悲しみも伝えてはこない。
ふと、自分が生きている事に疑問が湧いてきた。
このまま、人形のような存在の俺が生きていていいのかという疑問が。
「レン?」
「いや、生き延びてよかったのかと思って」
「何言ってるの?」
「感情を持たない、痛みを感じる事もない人形のような俺が、只日本という所で生きていたという、たいしたあてにもならない記憶だけを頼りに生きていていいのかと思って。それで周りの人達に迷惑をかけていてもいいんだろうかと......」
「レン、それだけは許せないよ」
俺の淀んだ思考がメリッサの凛とした一言によって断ち切られる。
「メリッサ?」
「とどめを確実にさすのは個人のポリシーだから私がとやかく言うことじゃない。レンが人形みたいに感情を表さないのも私が言える事じゃない。でもレンの命を否定するのはたとえレン自身であっても私が許さない」
「なぜだ、俺は只何もせずメリッサや周りの人びとに迷惑をかけるばかりだろう。いないほうがいいんじゃないのか」
「それは違うよレン、レンのその見方は只、物の増減のみでしか勘定していない。セッカイさんのレンの世話ができて楽しそうな顔が見えていた?ベッケスさんのぶっきらぼうにしつつも君を歓迎する気持ちが見えていた?フツーさんや神父さんの楽しそうな顔は?君は感情を持たないからか他人の感情も見ずに物事を判断しているんだよ」
「......」
「そして私は命を救って貰った恩をまだ返していない」
「命を救った?」
「そう、レンが命をかけてリビングアーマーを引き付けてくれなかったら、私は死んでいた。だから私はレンが死ぬのだけは許せない。だから、レンが自分の命を否定するのなら、レンが感情を取り戻して自分が生きていていいと思えるようになるまで、私はレンの側にいてレンを守るよ」
「俺の感情は、いつ戻るか分からない、戻らないかもしれないんだぞ?」
「戻らないんだったらずっと側にいるよ!」
その言葉に、胸の奥底が震えた。
体の中心に仄かな火が灯る。
あいかわらず感情が動く気配は無い。
しかし、確実に生へのやる気が湧いてきた。
「そうか......生きていてもいいんだな」
「レン、君の存在は迷惑なんかじゃない。それはきっと皆がそういうはずだよ」
「ありがとう、メリッサ」
「お礼はいらないよ、只君に借りた恩を返したいだけだもん」
「そうか、しかし驚いた。感情が戻るまでずっと側にいるだったか?まるでプロポーズの台詞みたいだな」
「ふぇっ!?」
「冗談だ、つい興奮して口走ってしまっただけなんだろ。さすがに一生一緒にいるのはこっちの罪悪感がすごいしな」
「えぇっと、まぁ、はい。興奮して口走ったのは確かだよ。でもレンの感情を取り戻す手助けしたいっていう気持ちは本当だよ」
「感情を?だが、戻るかどうかも分からないんだぞ?」
「それでもだよ。それに、君に記憶が無いことも気になるんだ。もしかして、まだ遺跡に何か君に関する物が残っているんじゃないかと思っていてね」
「また、潜るのか?」
「そうだね、でもその前に......」
「その前に?」
「君の特訓だよ!」
「特訓?なぜだ」
「レン、君冒険者になったんでしょう」
「そうだな、それしかなかったとも言えるが」
「なら最低限、戦闘技術は持ってなくちゃいけないでしょう!それなのに、丸腰で外に出て!その様子だと薬草採取だからって武器も持たずに来たんでしょ」
「あぁ、安全だと聞いて」
「それでも武器防具は持っていくものなの!」
「そ、そうか」
「だから最低限、君が冒険者として生きていけるようになるまで特訓として、私が側で監督するってこと、分かった?」
「あぁ、よろしくたのむ」
メリッサは、俺の言葉に満足そうにうなずくと、次いで狼を指差し、
「じゃあまず、この狼の血抜きからね。血抜きをしないと、どんな生き物の素材でも、すぐ傷んでしまうから冒険者には必須事項なんだよ。今回は私のナイフを貸すけど普通はいつも常備しておくべきものなんだからね」
その姿を鬼教官に変えたのだった。